流れる噂
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──流れる噂
人狼──。
それは文字通り人と狼の特徴を持ったクリーチャーだ。
その生態についてはのちのち記すが、パワーもスピードも有する危険性の高いクリーチャーである。
そいつの弱点と言われていたものは、この手のサブカルに詳しい人間なら想像ができるかもしれないが銀の銃弾だ。
人狼は銀の銃弾を撃ち込めば死ぬ。そういう噂が流れたことがあった。
ただ、それは全くのでたらめ。
実際には人狼には軽くて威力のない銀の銃弾より、従来の鉛弾が効いた。
ダンジョンのクリーチャーは人間の都合が名前が付けられているが、その命名元となったおとぎ話の化け物たちとは異なる性質を持つことはよくあるのだ。
「さて、人狼相手か……」
人狼を相手にはスラッグ弾、あるいはライフル弾が必要だ。
それも口径5.56ミリNATO弾のような小口径ライフル弾は有効ではない。
最低でも7.62ミリNATO弾ぐらいの威力は必要になるだろう。
「弾薬については今ある分でどうにかなる。しかし、今回の仕事のオーダーはエリアボスの殺害ではなく調査ってところが重要だ。俺たちは五十嵐を護衛しながら、エリアボスである人狼と戦うことになるだろう」
人狼をただ殺すだけと護衛しながら相手をするのでは話が違う。
それは攻勢に出るか、守勢に徹するかの違いだ。
攻勢ならば主導権は自分たちの側にあるが、守勢では主導権は敵にある。
「短期決戦が得られないとなると、継戦能力が必要だな……」
そうなるとアサルトライフルは選択肢からずれてくる。
「ここはあれで行くか」
俺は使用する装備の目途を立てながら、自宅に向かおうとした。
「旦那様。今日のお夕食はどうしましょうか?」
そこでサタナエルが俺に身を寄せてそう尋ねてくる。
「毎日作るのも大変だろう? 金も入ったし、適当に外食で済ませるか」
「ふふ。ボクは旦那様と一緒であればどこであろうと構いませんよ」
「そうかい。洒落たところじゃなくてもいいんだな?」
「もちろんです。旦那様とならば地獄の果てでも、天国の彼方ででも」
「じゃあ、定食屋で済ませるか」
俺たちは食堂街に向けて進む。
そして、入ったのは行きつけの大衆食堂だ。
「佐世保?」
「皇か。お前も夕食を?」
「そんなところだ」
俺たちが食堂に入ると先に中にいた皇が手を振ってきた。
「佐世保。あんたのこと、噂になっているぞ」
「噂?」
俺は皇が唐揚げ定食の唐揚げをつつきながら言うのに首を傾げた。
「20階層のドラゴン殺しがあんただってメガコーポ以外にも特定され始めている。『ドラゴンをソロで殺った凄まじい探索者がいる』ってね」
「じゃあ、俺のこれからのあだ名は切り裂き魔じゃなくて、竜殺しか?」
「そうやって笑い話にできるとは思わない方がいい。有名税ってやつがこれからは発生するってことだからな」
「クソ。分かってるよ」
これから売名目的の連中に絡まれたり、妙な因縁を付けられることがあるだろう。
それが有名税というやつだ。
「だが、悪いことだけじゃないだろう。稼ぎのいい仕事も回ってきたぞ」
「へえ? メガコーポ絡みかい?」
「一応はそうなるが、がっつりメガコーポと関わり合いになるものじゃない」
あくまで今回の仕事は五十嵐からの個人的な依頼だ。
「さて、何にする?」
俺はサタナエルたちに尋ね、サタナエルは定食の中では一番安い焼き鮭定食、マルキダエルは生姜焼き定食を頼んだ。で、俺は鯖味噌煮定食。
「マルキダエル。報酬の半分をお前にやる」
「おお! 寄越せ!」
「待て。そこから衣食住にかかった金を引く。で、これだ」
「むむむむ」
渡された報酬の額にマルキダエルはあまり納得していない様子だった。
一応報酬の800万円は半分に分けたのだが、そこからいろいろと引いたからな。
だが、俺の方も自分とサタナエルの両方を養わなければならないので余裕はそこまでないのだ。
「でも、よしっ! 金が入ったから俺の服を買いに行くぞ! 俺に合うカッコいい服を買うのだ!」
「ああ。このあとでな」
「うん!」
マルキダエルは俺の言葉に頷くとがつがつと生姜焼き定食を貪った。
「ところで、皇」
俺は皇に尋ねる。
「ダンジョンのエリアボスに異常が起きてるって話、聞いたか?」
「……うちのクランでも調査中だから、はっきりとは言えないが妙に強いエリアボスが出たって話は聞くな」
「やはりそうなのか」
「10階層や20階層にドラゴンが出たんだ。驚くべきことでもないかもしれないが」
皇はそう言いながらサタナエルの方に静かに視線を向ける。
そのサタナエルはにこにことしたまま、焼き鮭を箸で上品に身と骨を分けて小さく口に運んでいる。
そんなサタナエルは所作がいちいち丁寧で見惚れるほど綺麗だと思える。ドラゴンだったとは思えないほどに。
マルキダエルの方はドラゴンが人間になったと思えるような荒っぽさなのだが。
「あんたの嫁は何も知らないのか?」
「嫁言うなし。で、サタナエル。お前はダンジョンの異常は自分とは無関係だって言ってたよな?」
皇はそう尋ねるのに俺は一瞬渋い顔をすると、それからサタナエルに尋ねる。
「ええ。ダンジョンとは、すなわち地獄とは宇宙のように広い海です。ボクたちはそこに存在する小さな魚。魚が一匹増えても、変化しても海はそう大きくは変わらない。そうでしょう?」
「ダンジョンは広大な海か……」
サタナエルのたとえに俺は腑に落ちないものを感じながらも、反論できることもなかったので黙り込むしかなかった。
「いいや。大きな海でも小さな生き物が影響を及ぼすことはあるぞ」
皇がそこでそう指摘する。
「南アフリカ付近の海にサメの肝臓を狙って襲うシャチが出たことがある。僅かな数のシャチだったが、そいつらに大量のサメが虐殺されて沖に打ち上げられた。明らかに異常事態ってやつだ。そうだろう?」
「お前、よくそんなこと知ってるな」
「前にドキュメンタリー番組を見たんだ。サブスクで」
「へえ」
俺はその手の番組など見ないので、そんなことがあるという事実を知らなかった。
「そうですね。そう言われてしまうとボクの出現はダンジョンに僅かながら影響を与えたかもしれません」
サタナエルはそう言い、困ったように微笑む。
「お前が地獄に戻れば解決するのか?」
「どうでしょう? 変化は不可逆のものかもしれません。それに何より──」
俺が尋ねるのにサタナエルはぎゅっと俺の腕を握る
「旦那様と離れる気はありませんよ。ボクはあなたのお嫁さんですから」
「はいはい」
俺はサタナエルの言葉をそう聞き流し、鯖味噌煮で飯をがっつく。
ここの鯖味噌煮は味噌の甘辛さが食欲を引き立てるいいものだが、今はどうも隣にいるサタナエルが気になってしまう。
飯が喉に詰まりそうだ。
「アツアツだねぇ」
皇はそんな俺たちの姿を見てそう言うのだった。
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