拡張現実
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──拡張現実
「じゃあ、またな、皇」
「ああ。また今度、佐世保」
食堂での夕食を終えてから、俺たちは皇に別れを告げてマルキダエルの装備を購入しに商業地区に向かう。
「マルキダエル。服も装備も自分の金で買えよ」
「当然!」
俺が忠告するのにマルキダエルは胸を張って頷いた。
「ああ。装備と言えば、だ。サタナエル、お前のためのARデバイスを買っておこう。いざというときにお互いを確認できる連絡手段が欲しい」
「まあまあ。それは旦那様が常にボクと繋がっておきたいということですか?」
「違う。断じて違う。お前が野放しにされるのを避けるためだ」
ふふっと悪戯を思いついたように笑いながら言うサタナエルに俺は首を横に振った。
俺とサタナエルがつるんでいるのはもう誰もが知っているだろう。
ここでサタナエルがどこかにふらりと消えて、それから白いドラゴンが暴れたなどという事件があればどうなるか。
サタナエルにARデバイスを与えるのは首に鈴をつけておくという意味でもあった。
「マルキダエル。お前だけで服は買えるか?」
「任せろ!」
「……いや、やっぱり心配だから付いていく」
こいつ、商品金払わずに持っていきそうだしな……。
俺たちはまずはマルキダエルの服選びのために、衣料量販店へ。
しかし、サタナエルの時と違って俺や皇が服を選ぶことはないので、どんな格好になるのかは神ならぬ、悪魔のみぞ知るという。
「ここがいいな!」
マルキダエルが選んだのは、サタナエルがダンジョンに潜る際に使用する装備を購入した店だ。
作業着や迷彩服、プロテクターが売られている探索者向けの店である。
「どういうのを選ぶんだ?」
俺はちょっと心配になってそう尋ねる。
「貴様と同じのだ!」
そう言ってマルキダエルは俺の装備している迷彩服を指さす。
これはマルチカム迷彩のある程度の耐久性がある装備だ。
サバゲーで使うような安いレプリカの迷彩服でダンジョンに潜る人間もいるが、俺はこういう装備はちゃんとしておきたかった。
「これ、高いぞ?」
「ならばこそだ! 最上級の品こそ俺に相応しい!」
わははっと笑ってそう宣言するマルキダエル。
それからやつは売り場に突っ込んでいくと、がさごそと商品を物色し始めた。
「……本当に大丈夫か?」
「さあ?」
俺の呟きにサタナエルは小首をかしげてそう返した。
マルキダエルが売り場に突っ込んでから1時間ほど。
店員を呼び止めたりして、マルキダエルがようやく買い物を終えた。
「どうだ、佐世保!」
戻ってきたマルキダエルの格好は……まあ、思っていたよりまともだった。
上半身にオリーブドラブのタンクトップを身に着け、その上からマルチカム柄の厚手の迷彩服を身に着けていた。
上着ははだけさせ、完全にボタンを留めていないのはやつの粗雑な性格ゆえか。
「まあまあ似合っているんじゃないか?」
「サタナエルよりもか!」
「それは知らん」
「ぐぬぬ!」
俺があっさりと首を横に振るのにマルキダエルは犬のように唸っていた。
「さて、次はARデバイスを買うぞ。こっちも金がかかるが……」
ARデバイスは安いやつでも7、8万円。
さらにハイエンドモデルだと……100万を越えることもある。
それらを売っているのは洒落たARデバイスメーカーの直営店ではなく、薄汚れた商業地区にあるただの家電量販店だ。
ネット通販にも対応しているのだが、ネット通販だと運送途中に強奪されたりすることがあるのがここら辺界隈なので。
高い買い物は自分で店に足を運び、自分の手で商品を持ち帰るに限る。
「ARデバイスコーナーはこっちだ」
無数の電子機器が並び、ぼそぼそと商品を見ながら呟く人間たちで満ちた薄暗い店内で、俺たちはARデバイスを販売しているコーナーに入った。
ARデバイスにはメガネ型のものとコンタクトレンズ型のものがある。
基本的にスペックはメガネ型の方がいろいろと高いが、携行性だけはコンタクトレンズ型が優れている。
「どれにする?」
「そうですね……」
サタナエルはボストン型のフレームのARデバイスをかけて見て、俺の方を見る。
「どうです、旦那様? 今のボク、メガネっ娘ですよ」
そう言ってにこりと微笑むサタナエルは一瞬どきりとしたが、こいつは危険なドラゴンなのだとすぐに本能が危険を訴えた。
「……はいはい。それでいいのか?」
「もう少し悩みます」
サタナエルはコンタクトレンズ型には興味がないのか、メガネ型のARデバイスをいろいろと試着していた。
「俺も試していいか!」
「お前は自分で買えよ」
「分かってる!」
マルキダエルの方はメガネ型には興味なさそうにコンタクトレンズ型を眺めていた。
ここら辺は同じドラゴンでも性格の差は明白だな。
「旦那様、これにします」
最終的にサタナエルは最初に選んだボストン型のARデバイスを選択。
「いいんじゃないか。セットアップとかできそうか?」
「ええ。大丈夫ですよ。こういうのは得意ですから」
「そうなのか」
意外だった。地獄にも似たようなものがあるというわけなのだろうか?
「俺はこれにしよう!」
マルキダエルはハイエンド一歩手前の高額なARデバイスを選択。
値段を見たが……おいおい60万ぐらいするぞ、それ……。
そんなにスペックが高いARデバイスなんて使いこなせないだろう。
まあ、こいつは値段が高ければそれで満足してそうだな……。
「では、購入して出るぞ」
俺たちはそれぞれのARデバイスを購入し、店の外でセットアップすることに。
「セットアップの方法、本当に分かるか?」
「ええ。こう、ですよね?」
サタナエルはすすすっと指でARデバイスを操作すると、俺の方にメッセージを送ってきた。アドレス交換の要請だ。
それは煩雑なセットアップが数秒で完了したことを意味する。
「どうですか?」
「驚いた。本当に使いこなせるんだな……」
「ふふ。旦那様とこれからは繋がっていられますね」
「ああ。これで猫に鈴がつけられる」
アドレスを交換して、お互いの位置情報の共有を承諾すれば、いつでもサタナエルがどこにいるか俺は把握できるようになる。
ストーキング被害者がストーカーの位置情報をこうして把握するというのもおかしな話だが……。
「よーしっ! 俺ともアカウントも承認されたぞー!」
マルキダエルの方も遅れてセットアップを完了したようだった。
こいつも早かったな。俺が初めて軍でARデバイスを渡されたときには30分くらい四苦八苦したものなのだが……。
「アドレス交換だ、佐世保!」
「はいはい」
俺はマルキダエルともアドレスを交換。
「しかし、不思議なものです」
不意にサタナエルがそう言う。
「人間たちは本来目に見えないものをこうして見れるようにした。そこに存在するは冷たい数字だけなのに、この薄いガラスの向こう側には賑やかな色がある」
サタナエルが見るのはARデバイスで表示された店舗に広告。
確かに本来そこには何もないのだが、ARデバイスを通じてまるでそこに広告があるよいうに表示されているのだ。
「商業主義ってやつだ。ARデバイスの広告は効果があるからな」
「いえいえ。ボクはあるはずのないものが存在するようになっていることに感心しているのです。虚像がこの装置を通じてもうひとつの現実になっていることに」
サタナエルの言っていることは俺にはよく分からなかった。
虚像が現実になると言っても全くの無からARに映像が表示されるわけじゃない。
そこにはARデバイスに送信されるコードがあり、情報がある。
「拡張現実って言うぐらいだからな。確かにこれはもうひとつの現実なんだろう」
「ふふ。素晴らしいです」
サタナエルはどこか満足そうだったが、俺はあまり腑に落ちなかった。
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