第37話 苦肉の大火計――三連!? 黄蓋、呂蒙――そして――!?
孫権と劉備の連合軍……いや、劉備勢力はいまだに小規模なので、ほぼ介入はない。あるとしても、孫権陣営に諸葛亮孔明が身を置いているくらいだろう。
というわけで主な相手は孫権軍で、水上戦も既に始まっている。ただし、三国志的に最大級の運命の大戦と言える規模とは、今の段階ではとても思えない。
そう、むしろこの状況こそ、軍師としての私の狙いだ。〝負けイベント〟に等しい戦いの規模が大きいほど、軍の被害も大きくなる。ならばこの戦は、敵の狙いや策略を、全て最小限の効果に抑えるのが一番。
もちろん敵側の攻撃だけでなく、自陣で出来ることも全て行った上で、だ。
『――甄嘉さま! 我が軍の船と船とを鉄鎖で繋げ〝連環〟致しましたところ……船上に慣れぬ兵の船酔いが劇的に抑えられ、また水上戦が安定したとのこと! 見事な計でございます!』
陣幕を張って待機していた私こと甄嘉に、私兵が報告してくれる。
そう、私は船と船を繋ぐ〝連環の計〟を献策した――三国志を知る者にとって、これはむしろ不安要素と感じるのが大多数だろう。
けれど実のところ〝連環の計〟自体は悪い策じゃない。曹操軍の敗因の一つには、不慣れな水上戦を強いられたことがあり、連環は足場の安定に大いに有用なのだから。
また確認のため、私は兵士に問いかける。
「報告ありがとうございます。それで……烏林の陣営に多数設置した医局は、役に立っているでしょうか?」
『は、はい! 甄嘉さまのご明察どおり、危惧なさっておられた風土病への対応は万全……船酔いなどによる体力低下も抑えられているおかげで、そもそも発症者の数も想定より少ないほどです。兵の士気も現状、上々とのこと!』
「そうですか……それなら何よりです。引き続き、ご精勤をお願いしますね」
『な、何と恐悦なる御言葉ッ……ィ喜んでェ――ッ!!』
快い……というか元気な飲食店のような返事はアレだけど、やる気満々なのはありがたい。
と、このように――〝連環の計〟は非常に有用なのだ。船と船とを繋ぐことへの、最大の不安……そう、火計を起こさせない限りは。
つまるところ、この運命の大戦を乗り切るために必要な条件を、私は理解している。
三国志史上、最大級の運命の大戦。
〝赤壁の戦い〟――――だなんて。
させない――壁を赤くなんて、させない。
つまり〝火計〟を、絶対に阻止する――これが最重要事項だ!
(そのために……〝火計〟への注意は、曹操様にもお願いして、全軍に徹してもらってる。小さな種火さえ燻らせず、完全に消し去る……この長江の断崖を、赤くなんて染めさせないから!)
敵軍も……取り分け〝敵の転生者〟もいるなら、最大の効力を発揮する〝火計〟を全力で成し遂げようとするだろう。それを防ぎきれるかが、私の勝負所だ。
劉備勢力にも居るはずだし、孫権勢力に〝転生者〟が居たとしてもおかしくない。
とはいえ女軍師の私のように、戦場に出張ってきているとは限らないし……仮に相手も戦場に出られる〝個人ルート〟を選んでいたとしても、基本的にヒロインは武力が低い扱いなので、あえて前線には出ないはずだ。
だからまあ、興味はあるから少し残念だけど、相手の〝転生者〟と対面することはないだろう……。
何て思っていると、新たに敵軍から大きな動きが起こった。
『――荀攸殿の指示により、全軍に通達! 敵船団から、何やら不審な荷を積んだ船が……水上にあって信じられぬ速度で接近しておるとのこと!』
(! 早くも、来た……いや、うぅん……開戦からそれほど経ってないのに、早すぎないかしら? 不審な荷といい、これ多分……黄蓋の〝苦肉の計〟よね?)
ここで〝苦肉の計〟について整理すると共に、久々のやわらか人物評を挟もう。
――――――★女軍師・甄嘉のやわらか人物評★――――――
『黄蓋』敵対勢力(攻略可能キャラ)
〝苦肉の計〟――孫権軍の総司令・周瑜が火計を成功させるため、黄蓋に鞭打ちして仲たがいしたと見せかけ、偽装投降させる計略のこと。敵陣の奥で、より燃え広がるようにと、細工した船と共にである。
父・孫堅→兄・孫策→現・孫権と、三代に渡って仕えただけに忠義も篤い黄蓋だからこそ、可能だった大計だ。
〝ロード・オブ・三国志〟の黄蓋は……というか孫堅時代からの攻略可能キャラは、曹操軍で言えば程昱殿のようなナイスミドルだらけで、平均年齢がお高めなのは否めない。まず孫堅からして寡夫(※妻を亡くした夫)ってキャラにされがちだし、呉夫人さん涙目……(※実際は旦那より長生きです)
でも結果、孫呉にはミドル好きなコアなファンが多いぞ!
あとこれはゲームの余談なんだけど、〝苦肉の計のために周瑜に鞭打たれた〟というエピソードを強調してか、鞭打ちされている時……。
『おぉぉっしゃ! どんどん打ってこいやァッ!! オラオラどしたぁ!』
『ンーンッ! 今のは良かったぞ、もう一発! ホレ遠慮せず来いやァ!』
とか叫んじゃったせいで一部から「武人系ドMおじーちゃん」とネタにされることもあるわ!
――――――――――――――――――――――――――――
場合によっては勝負を決する大計を、こんなに早く使うなんて……?
……いや、そっか、〝敵の転生者〟も、〝曹操軍にも転生者がいる〟と考えるなら、偽装投降なんて通じないと分かってるはずで――それなら思いがけない用兵をしてくることもあるだろう。
でもこっちだって、不測の事態に備えて、それなりの策は準備している。そもそも優秀な将が相手でも、一隻くらい、近づかせもしない!
「――慌てないで、諸将にも呼び掛けて、迎え撃ちましょう! 所詮は逸り気の蛮勇、たかが一隻程度、総攻撃ですぐに沈めて――」
『あ……い、いえ、不正確な通達、失礼いたしました! 一隻ではありません、蒙衝船が……三隻! しかもそれぞれ、将が率いておるとのことで……巧みな指揮の下、この烏林の陣を標的に、猛接近しております!』
「え? ……三、隻?」
蒙衝――要は突撃に特化した、攻撃的で速度のある軍船だ。それが、三隻? 問題の黄蓋だけでなく、更に二将を加えて?
何か……何か、嫌な予感がする。陣幕を飛び出し、雄大な長江に目を向けると、水面を裂く勢いで飛沫を散らし、今まさに黄蓋の突撃が敢行された。
『うおぉぉぉりゃあッ!! 舐めるなよ中原の青二才どもが! ワシの鉄鞭術でブチのめしてくれるわい!!』
何てこと……ドMがドSに進化した! なんて冗談を言ってる場合じゃない、黄蓋を乗せた蒙衝は、曹操様もいる最も兵力の多い本陣に突っ込んでいった!
黄蓋がどれほど猛将でも、それだけで陥落する曹操軍じゃない。だけど本陣が攻められれば、他に兵を割く余裕は一気になくなる……。
敵は、まだ二将いるのに――そんな危惧が頭をよぎる中、私の耳に、信じられない言葉が届いた。
『我、もはや呉下の阿蒙に非ず――』
(えっ? ……今、何て言った? まさか……ウソでしょ、あれって――)
『主君・孫権の将――呂蒙なり――!』
叫びつつ、呂蒙が蒙衝で突撃したのは、私や本陣とは別の場所――荀攸殿を初めとした軍師が大勢いたはずなので、本来なら心配ない、はず……だけど、でも。
――――――★女軍師・甄嘉のやわらか人物評★――――――
『呂蒙』敵対勢力(攻略可能キャラ)
父や兄ではなく、孫権からの臣下なので、かなり若いほう……だけど最初は勇敢というより、無謀や蛮勇が目立っていた。
けれど主君から学問を勧められたことで、大変化。武勇に知略まで加わり、孫呉でも屈指の将軍として、最終的には大都督(※軍の総司令官)にまで昇り詰める。
〝呉下の阿蒙に非ず〟=〝無学だった以前とは違い、学ぶことで立派になる〟という逸話は教訓として愛されている。成長する人って、カッコイイよね……!
……でも、おかしい。呂蒙の成長イベントは〝赤壁の戦い〟なんて早い段階で、起こるものじゃない。
何か、大きな介入が無い限り――例えば〝敵の転生者〟とか――
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『阿蒙だか呂蒙だか知らぬが、一隻程度、すぐに沈めてくれる! 急ぎ、火矢を……いや、甄嘉殿に禁じられておった……ええい、とにかく矢の雨を降らせい!』
『――円陣! 敵陣に楔は打った、我らは総司令官殿の指示通り、ここで敵を引き付ける! 無理攻めせず、合図の時まで守勢に徹するぞ!』
『! 何という固い防陣、適切な指示……奴め、智将か? おのれ、易々とは崩せぬ……』
やはり――間違いなく呂蒙は成長イベントを経ている。荀攸殿も三国志トップクラスの知力を持つ軍師、なのに撃退しきれないほどの成長ぶりだ。
……こうなってくると、私の置かれている現状は、かなり最悪。
何せ、最後の一隻は――私の方へ突撃してきているのだから。
恐らく三隻の到達と同時に、火計が繰り出されるはず。これもまた〝苦肉の計〟と呼べるだろうか、自爆同然の無謀な突撃に、こみ上げてくる焦燥を必死に押し殺す。
そんな私の目の前で、もはや止めようのない、大計略――
――〝苦肉の大火計・三連続〟が炸裂し、長江の断崖を赤く染め上げた――
(ッ……あんなに警戒してたのに〝赤壁〟にしてしまった……でも、まだ! 陣内の各所には、鎮火のための設備も配置してるし、兵にも対応を徹底してる。私も兵を指揮して〝神算鬼謀〟で消火していけば、巻き返せる……でも、目下の問題は……)
現時点でも大ピンチ、だけど――私の方に突撃してきた将は、誰なのか。
まさか現・総司令官である周瑜、ということは、さすがに無いはずだ。総司令官が危険を冒し、敗北でもすれば、その時点で勝敗は決するのだから。
とはいえ周瑜と言えば、孫呉でも最優秀の総合力で……もし来ていたら、諦めるしかないかもだけど。
いや、甘寧だろうと程普だろうと、私なんかじゃ敵うとは思えない……でも、それでも! ここを乗り切らないと、反撃なんて出来ない――
『――ハッハー! イイねぇ、戦意は衰えてないってか、そうこなくちゃな♪』
「――――えっ?」
一瞬、男声かと思ったけど、違う――それはハスキーな、女性の声だ。
続けて聞こえてきたのは、私を守ろうとしてくれる、私兵達の悲鳴。
『な、なんだ貴様、甄嘉さまに近づこうとは無礼な……ぐえっ!?』
『な、な、何という膂力、歯が立たな……あ、あ、あ……あああ?』
大の男の兵士たちを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ……いや、それは……違う。格闘技とか、私、詳しくないけど……でも、兵士の両足を掴んで、思い切りぶん回すように回転してる、コレって……。
『――オォォォラァァァァァァ!!』
『ヒッ――ヒイイイイイイイッ!?』
ジャイアント・スイング――ジャイアント・スイングだ。
今まさに、豪快に兵士をぶん投げた、大きな影が……燃え盛る陣営を背にして、ハスキーな声を発する。
『ハハッ♪ いたいた、ホントにいたよ……ウチら以外の転生者が♪ ウチは……ああ、何だっけ、ダイ、Die……そうそう、大喬ってーらしいのよ。ヨロシクな♪』
「!? や、やっぱり孫呉にも、転生者が……しかも大喬って、あの!? ……ん? あの、大喬……ん?」
名乗りと共に、紅焔に照らされた、その姿を見て、私は――
「…………エッ」
ちょっと、まともに声も出ないくらい、絶句した。




