五十六頁目
「良し、まとまったな! Dちゃん、俺たちはレイヒさんを探す依頼を受けようと思う。だからもう少し話を詰めさせてくれ」
バンがまとめに入った。もちろんDは頷き、依頼について話を続けた。
「ティナには意地悪を言ったけど、依頼の途中リタイアにペナルティは付けないから安心して。前金で全額、全員で金貨を千二百枚、もしくはそれ相当の物品で。依頼内容は麗筆の発見、期限は十日。十日を超えて見つからなかったら、捜索は打ち切って」
「え……良いのかい?」
「だって、それ以上拘束できないもん」
「お金なら気にしなくても構わないよ、緊急事態なんだし」
「ううん、それはダメ。いくら知り合いだからって、そんなことしちゃダメだよ、バン。それにきっと、ティナに任せて十日も見つからないなら、私の手にも負えないことになってるかもだもん」
Dの言葉には他の全員が頷いた。特に褒められた形となったティナは胸を張って自慢げだ。
「……続けるね? 麗筆を見つけて、保護して欲しいの。きっと消えてはいないわ。そうだったら、わかるもの。それで、もしトラブルに巻き込まれていたら助けてあげてほしいの。それについては追加で報酬を支払うつもりだけど、金額は解決後に相談で構わない? 余裕があったらユーリとの対決も手伝ってほしいな。こんな感じでどう?」
Dの出した条件に文句の付け所はなかった。バンが確認のためにティナを振り返ると、猫目の探索者も黙って首を縦に振った。ティナに異論がないならエーメもそれに従う。それに、アイは元からこちらの依頼の方を積極的に受けたかったので問題なかった。
歩き続け、夜が明ける頃には無事、最寄りの町まで辿り着くことができた。宿の戸はすでに開き、白んだ空の下、歩きの隊商が次の町へと出発していた。Dはエーメの白術で手首を治療してもらうと、バンとがっちり握手し、言葉を交わして別れを済ませた。
「私は先に王都に行かなくっちゃ。麗筆のこと、お願いね」
「ああ、任せてくれ」
「気をつけてにゃ~」
「……またね」
「いってらっしゃい」
睡眠も休息も、摂ろうと思わなければそのまま不眠不休で動けるDは、宿の入り口で見送ってくれる四人に手を振り、国王マティアスのいる城への道を歩き出した。目的地は王都に間違いないが、Dにはそれより先にやらなくてはいけないことがあった。
◇◆◇
山あいの道を進み、少し外れた崖の方へと足を進める。周囲に誰もいないのを確認し、Dは大きく息を吸った。
「ポ〜チ〜さ〜〜〜〜ん!!!」
木霊が彼の名前を遠くまで運んでいく。
Dは麗筆の手玉に取られて唸っていたシン族の狼青年のことを頭に思い浮かべた。シン族は鼻が良い。それに加えて、麗筆の血を舐めさせることによって魔術的な繋がりを濃くしてあるため、彼には麗筆の居場所、つまり今は麗筆の体を使っているDの居場所が正確に把握できる、はずだ。
Dはしばらく待つことにして、それ以上叫ぶことなく山の方を眺めていた。もうすっかり日も上り、新緑がツヤツヤと輝いている。何事もない平和な一日の始まりに見える裏側で、とんでもない出来事が起こっているというのに。
やがて、獣の遠吠えがひとつ聞こえたかと思うと、鳥たちがいっせいに羽ばたき飛び去っていった。ガサガサッと下生えを掻き分けて何かが急速に近づいてきている。
「もしかして!」
「呼ぶのが遅い」
「えええ……?」
Dはふるりと体を震わせた。ニメートル越えという高身長、人間の頭蓋骨すら余裕で握りつぶせそうな大きな手。それに加え筋肉の厚みも相当ある。この藍色の人狼は、ただ目の前に立っているだけでも伸し掛かるような威圧感を発していた。
「ええと、ええと、何から話したらいいのか……。麗筆がね、困ったら貴方に助けてもらえって、言ってたから……」
「あいつはどこにいる?」
「えっ、あの、私が麗筆じゃないってわかるの?」
「……匂いは同じだが、瞳の色も違うし、顔つきが別人だ。事情は聞いても良いのか」
「すご〜〜い! 麗筆のこと、よく見てるんだね〜」
「……そういうのじゃない」
Dは人狼にも事情を話すことにした。無言で腕組みをしていた人狼は、すべてを聞くとひとつ頷いて口を開いた。
「それで、我は何をすればいい?」
「わぁお……話が早い。ありがとう、ポチさん! じゃあ、王都まで連れてってもらえない? そこで用事を済ませたら、ぶっ飛ばしたい相手がいるから、殴るの手伝って」
「なるほど、そういうスカッとする手助けなら望むところだ」
言うが早いか、人狼はDの腰を引っ掴むと胸の前に抱え込んだ。Dはポチの腕をお尻の下敷きにして、足をプラプラさせるような格好に落ち着く。
「わあっ」
「しっかり捕まっていろ。舌を噛む」
助走距離は二、三歩。それでもひとまたぎが五フィートもある。打ち上げるようにして崖から飛び出す人狼、真下は何百フィートと距離のある緑の海だ。風を切りながら斜めに落下していく感覚には、Dも思わず声を上げていた。
「わ~~おっ! すっご~い!」
「ほう。お前は怖がらないのだな」
麗筆とは真逆の反応に、感心したようにポチが唸った。
「うん! だって、すっごく気持ちいいもん! 飛んで、王都の方まで!」
「任せろ」
人狼は風のように駆け抜けていった。





