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ポチの健脚により、王都へは大幅に旅程を縮めて徒歩で二日かかるところをその日の正午には着いた。大手門前で下ろしてもらい、Dは満面の笑顔で人狼を見上げる。
「すごかったぁ~。ありがとう、ポチさん!」
「お安い御用だ。用事はどれくらいで済む?」
「王城までマティアスに会いに行くの。ポチさんも来る?」
「……それは、無理というものだ」
人狼は静かに首を振った。
「どうして? ケテルには差別なんかないよ?」
「そうだな。我みたいな獣人が大手を振って表を歩けるのもオーヴォ創造王マティアス陛下のおかげだ。だが、他の街はともかく王都、しかも城は駄目だ」
「どぉしてぇ~? そんなのっておかしいよ~、ポチさんは誇り高いシン族なのにぃ」
「ポチさんを悪く言うヤツなんて許さないんだから~」と、気炎を上げるDに、人狼は毛むくじゃらの顔ながらどこか眩しいものを見るような微笑みを向けた。
「そうだな、例えるならあれだ、兎は狐を見かけたら警戒するだろう、いや、それどころか逃げるだろう。相手の狐にどうこうするつもりがなくてもだ。それと同じだ。
我たちは強すぎるし、人間たちは弱すぎる。一族の長に危険が迫るなんて万が一にでもあってはならない、警戒は当たり前だ。それに、今の我は名を捨てた男だ、もう、誇り高きシン族ではない」
「ポチさん……」
「まぁ、我もなるべく近くにいるようにする、用があったら遠慮なく呼べ」
「……うん、わかった」
全く納得していない表情のDの頭をポンポンと叩き、人狼は踵を返した。と思えば、足を止めて振り返る。
「気をつけるんだぞ」
「うん、ありがとう!」
と、明るく出発したは良いものの、Dはまずもって城に入れてもらえなかった。兵士に足止めされ、目の前で交差された槍に取りつき吠える。
「も~~! なんでよぉっ、なんで入れてくれないの!? 大事な用があるって言ってるでしょ~!」
「いかんいかん、今は誰も中に入れるなというご命令だ」
「お嬢ちゃん、あんまり我儘を言うと怖いおじちゃんを呼ばなくっちゃいけなくなるよ~?」
「だ~か~ら~、こっちも急いでるし、一大事なの~! いいから、マティアスに会わせなさいよぉ!」
厳めしい顔の中年兵士と、若い柔和な兵士とが交互にDをなだめようとしているが、ムキになったDのひと言が彼らの態度を変えてしまった。
「まさか我らの陛下を呼び捨てにしたか! いくら子どもと言えど許されんぞ!」
「謝りなさい。まったく、親御さんはどこだ!」
「うるっさいなぁ~。私は特別なの〜〜! もう、話のわかる人呼んできてちょうだいよ。ローレンツを呼んで、ローレンツを!」
「貴っ様、王太子殿下まで!! 許さん、そこへ直れ!」
「お、落ち着いてください、子ども相手になにもそこまで……」
城の門前で、しかも少女相手に武器を向けてのやり取りに、これはいったい何事かと内部にいた兵士たちも集まってきた。中年兵士に味方し剣を抜く者、落ち着けと諭す者、それぞれいたが続々と詰めかけてくるのは木っ端の如く使えぬ者ばかり。変わらぬ事態にDの堪忍袋の緒もふっつりと切れてしまった。
「……まったく、人の話を聞かないひとたちね! 吹けば飛ぶ塵のような分際で、これ以上私の前を塞ぐなら、全員殺しちゃうんだから〜!」
ヒュオォと風が巻いた。
晴天がにわかに黒雲に覆われ、真昼だというのにまるで夜が来たように暗くなっていく。兵士たちは目の前の少女が放つ年不相応の凍てつくような殺気に当てられ、ただの一人も動けなくなっていた。青く煌めいていた瞳は怒りで真っ黒に濁り、その白い花のように美しい面には強者の傲慢で残酷な笑みが浮かぶ。畏怖の視線を一身に浴びて小さな化物は嗤った。
「あっはははぁ! ほんの少し威圧しただけでこのザマですかぁ~? きひひひっ、貴方たち人間って本当にひ弱で憐れで可愛い生き物ですよねぇ! さぁ、誰から氷漬けにしてほしいんです? ねぇ? ねぇ? ねぇ~!? 希望者がいないなら、ここで全員死んじゃいますかぁ! きひひひひっ、きっひひひひひひひひひひ!」
詠唱も“力ある言葉”もなしに足元が凍り始めた兵士たちは叫び声を上げ、槍の石突きなどでそれらを崩すのに夢中になった。恐慌状態だ。むしろ下手に逃げて押し合い圧し合いになって死者や怪我人が出なかった分、彼らにとっては動けなくて幸いだったろう。
そこへ、甲冑の騎士を伴って王太子ローレンツが足早にやってきた。彼は細身ながら張りのある声で兵士たちに呼び掛けた。
「狼狽えるでない! その方ら、いったいこれは、どういうことだ? 城の門前でこのような騒ぎを起こすとは、厳しい罰が必要なようだな」
兵士たちの興奮が治まっていく。彼らは口々に王太子ローレンツの名を口にし、霜柱を砕きながら、控えの姿勢で跪いた。それを見て頷いたローレンツだったが、厳しい表情は崩さず、Dに向き直った。
「さて、言い分を聞こうか。小娘! またしても城を騒がせた罪、今度こそ罰を受けさせてやる!」
「あ、オデコのオジサ〜ン、やっほ〜!」
「貴っ様〜〜、本当に縛り首にしてやろうか!!」
ローレンツの特徴的な額に青筋が浮かび上がる。
その場で足を踏み鳴らし、ローレンツは部下に命令した。
「やれ! あの小娘を捕まえろ!」
「べろべろび〜〜! えいっ」
「なっ……!」
Dが左手を振ると、たちまちローレンツたちの足元も凍りつく。呆気に取られたローレンツの顔を見て、Dが吹き出す。
「んふっ、おマヌケさ〜ん。私、もう行くね」
「この〜〜〜〜! 何をしている、早くその氷を砕いて追いかけるんだ!」
「は、はっ! すぐに!」
しかし、Dには彼らを待ってやる義理はない。ローレンツの手を掻い潜り、動けない騎士たちを尻目に王宮の内部へと駆け抜けていった。
「バイバ〜イ」
「くそ〜っ! 許さんぞ〜!!」





