五十五頁目
「慎重な子は好・き。バン、前よりちゃんとリーダーできてるじゃない。すっごく頼もしい!」
「そ、そうかい? へへへ」
「話、進めて……」
「あっ、はい。それで、依頼って?」
エーメに釘を刺され、バンは弛んだ頬を引き締める。ティナがそれを見て、くくくっと喉を鳴らした。 Dはそんな彼らの様子を見て微笑み、そして話を切り出すために短く息を吸った。
「あのね、私は今、緊急にやらなくちゃいけないことが二つあるの。一つは、ユーリを追いかけて責任を取らせること。今まで国中を騒がせてきた事件の裏にはだいたいユーリとその一味がいるの。あの屋敷に閉じ込められてる子を助けるためにも、誰かがユーリを止めなくちゃいけない。関わっちゃった以上、その役目は私のものだと思ってる」
「…………」
「もう一つは、崖から落っこちた麗筆の捜索。皆も知ってるでしょう? 麗筆は今、力を失って本の姿になっちゃってる。あの崖の下には大きな河があったの、だからもし、落ちちゃってたら今頃きっと大変なことになってるはずだよ……。
だから、ユーリを探すのと麗筆を探すの、両方同時に進めるためには、どうしても貴方たちの力が必要なの。私を助けてちょうだい」
Dの言葉を、四人は黙って受け止めた。
ユーリを止めるとひと口に言っても、単純にユーリだけをどうにかすればいいわけではない。しかも相手は王族だ、きちんとした証拠を押さえてすら裁きにかけられるかどうかも怪しい。一介の探索者風情にどうこうできる存在ではありえない。
そんな無茶苦茶な依頼に対して、最初に口を開いたのはティナだった。
「って言っても、あちしたちじゃユーリに太刀打ちできないにゃあ? ユーリ探すのは多分そんにゃに難しくはにゃいけど、Dちゃんが来るまでの足止めにゃんかは無理だし、長期間の尾行は危険にゃ。
ついでに言っておくと、ユーリと戦うときにあちしたちにできるのは露払いくらいにゃ。しかもそれは別報酬でいただくにゃ~」
「うん、それでいいよ。むしろ離れててほしいくらいだもん。ユーリと一対一で話ができるようにしてくれるなら、ちゃんと見つけるのとは別に報酬を払うよ」
「ついでについでに言わせてもらえると、報酬は前金で、危険手当ても込み込みでほしいにゃ! あと、ヤバかったら途中で諦めても減額しないでほしいにゃ~!」
「こら、ティナ!」
「だあって、ユーリの周りは危険なのにゃあ! 今回の尾行がバレなかったのなんて奇跡にゃあ!」
ティナのがめつい交渉に、バンが待ったをかけるがティナは負けない。今回の依頼で一番苦労するのは彼女だからだ。Dもその辺りは分かっていて、素直に別口の依頼になる旨は了承した。だが、それはそれ、これはこれ。
「あれ~、途中でリタイアは前金の三倍返しじゃありませんでしたっけ~? 全額先払いするんだから、やり遂げなきゃ破産だよ、ティナ?」
「……にゃ、にゃ~~」
「誤魔化してもダ~メ!」
後ろ手に腕を組んだDが意地悪げに詰め寄ると、ティナはそっぽを向いて猫の鳴き真似をした。じゃれあう二人の側でバンは「言わんこっちゃない」とばかりに天を仰ぎ、アイはじっと考え込んでいる。そんな中、エーメがおもむろに口を開いた。
「勝算は、あるの?」
「あるよ。二人きりにしてくれれば。それに、助っ人にもあとひとりだけ心当たりがあるの。だから、どちらの依頼を受けてくれても構わない。ただ、私がユーリを追った場合、最悪、ティナの言う二件目の依頼は私からキャンセルさせてもらうことになるかも」
「それは、ワタシたちを待たずにユーリに仕掛けるということ?」
「うん、そうなるね」
エーメの確認に頷くD。そこへ、バンがいきなり得心顔で手を打った。
「あっ、そうか。Dちゃんがユリウス殿下を追うなら俺たちが麗筆さんの捜索をしなくちゃだし、逆に麗筆さんをDちゃんが探すなら俺たちがユリウス殿下を尾行して居場所を把握しておかなくちゃなんだ」
「最初っからその話しかしてにゃいにゃ、バン!」
「ごめんごめん」
ティナにバシバシと背中を叩かれ苦笑いのバン。二手に分かれて捜索したとして、落ち合う場所や日にち、どうやって情報を交換するのかなど決めなくてはならないことはたくさんある。それについての話をしようと意見を出し合っていた時、ここで、今まで黙っていたアイが急にDへと向き直って言った。
「正直、ユリウス王子に勝てる気がしません。ですから、二件目の援護の依頼をキャンセルしてもらえるならその方が良いです。ただ、本当に勝算があるのでしょうか。わたしたちが参加しなかったせいで死なれるのは後味が悪いです」
「アイ、アイは知らないだろうが、Dちゃんは本当に強いぞ?」
「バンさんは黙っててください」
「えっ」
「失礼。でも、これは魔術師同士の話なんです。Dちゃん、単刀直入に聞きますけど、すごい魔術を使えるのはレイヒさんの方なんじゃありませんか? 彼がいなくて、あなたに勝ち目なんかあるんですか?」
「…………」
「…………」
アイとDはしばらくの間、無言で睨み合った。
「はぁ……。アイちゃんの言う通り、いっぱい術を使えて、攻撃技が得意なのは麗筆の方だよ。私が使えるのは黒術だけ、自分の手すらくっつけられないもん」
先に折れたのはDだった。
ため息を吐いて視線を落とすと、Dはもう一度アイに向き合う。
「でもね、私には私の戦い方があるの。信じられないかもしれないけど……今の私なら、もうユーリには負けない。絶対に」
「……そこまで言うのなら、止められませんね。でも、お願いですから、死なないで。Dちゃん」
「うん! 約束だよ!」
Dが笑顔でアイの手を取ると、アイは黒い三つ編みを揺らして、くしゃりと笑った。心配と信頼を綯い交ぜにして。





