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一方その頃、ユーリに捕えられたDはケテルの王城からほど近い場所にある彼の屋敷に連れて来られていた。
元々ここは、初代国王マティアスが妃と共に子育てのために用意した場所である。子らが成人したため使われなくなったが、その後、結婚した王太子がここで妃と蜜月を過ごした。つまり、この後宮はユーリが産まれた場所でもあるのだ。王太子が公に向けてここの所有権を返上したことから、その権利はユーリに移った。
ケテル王国の現在の複雑な政情を知るには、王を選ぶ儀式から説明した方が早い。初代国王マティアスが提唱した王位の継承は、事情を知らぬものからすればかなり特殊であった。ケテルの要は陽の気を司るアダマンタイトである。この宝珠があればこそ、ケテルの民は魔物から守られて暮らしていける。マティアスはそのアダマンタイトに選ばれた者こそが次の王だと言ったのだ。
民からすれば庇護者である王がアダマンタイトを使いこなせるかどうかが最重要の事柄であったし、荒唐無稽な夜伽話と断じるには生き証人が多すぎた。このオーヴォ新大陸へマティアスと共に移り住んできた第一世代はすでに高齢とはいえ、この国の、いやこの大陸の興ったきっかけの大災厄を忘れてはいない。それに、マティアスがアダマンタイトをその掌に載せたとき、確かにその宝珠は光を放つのだ。
王位継承者を見出す“選定の儀”において、順当に王太子ローレンツがアダマンタイトに選ばれていればここまでの混乱はなかったのかもしれない。
だが、ローレンツは宝珠をわずかに光らせることができただけであり、その輝きはマティアスの十分の一にも満たなかった。長子ローレンツに続き、次男、三男と“選定の儀”に臨んだが、彼らは宝珠を光らせることさえできなかった。マティアスの娘二人もやはり、アダマンタイトに選ばれることはなかったのである。
その後、マティアスの血に連なる者の中から宝珠に選ばれし次代の王は見つからなかった。カリスマ性の高いマティアスが若かった頃はまだそれでも良かった。だが、そのマティアスも齢七十を迎えようとしている。このまま血族の中からただの一人も現れないとあれば、やがて宝珠の加護を失ったケテルは魔物に飲まれて消えてしまうかもしれない。王を支える臣下はこの国の行く末を危惧し、混乱し、いくつかの派閥に分かれて争いを始めてしまった。その争点は、誰がマティアスの後を継ぐのか、にあった。
マティアスの子らが全員“選定の儀”を終え、結果がはかばかしくなかったとことを受け、臣下たちは王に側室を迎えるようにと進言した。だが、こよなく妻を愛していたマティアスはそれを退けた。次に白羽の矢が立ったのは唯一アダマンタイトを光らせることのできた王太子ローレンツであった。しかし彼の長女ユリアもそれに間を開けて産まれた長男ユリウス、つまりユーリも宝珠に選ばれなかった。
その他のマティアスの子らにもまた後継が産まれ、その誰もがやはり選ばれない。王太子ローレンツは長い間、臣下の期待に応えようとしてきたものの、重圧に耐えかねてか後継者作りを放棄する宣言を出したのであった。これにより奮起したのはもちろん、第二王子以下選ばれなかった面々である。己が駄目でも子が、子が駄目でも孫が、そういう思いで次から次へと王の血族を増やしていった。そしてとうとう、彼らが思いついたのが、近親婚であった。
それには流石にマティアスの待ったがかかり、実現することはなかった。また、増えすぎる王族の血に危機感を抱いた者たちの進言により、彼ら王族へ割かれてきた国費には上限が設けられ、大幅に制限されることになったのだった。これには反発も多かったが、“選定の儀”から漏れた彼らへの風当たりは厳しかった。これにより、王太子の嫡子を除き、現国王の孫世代は王族の定義より外れることとなった。
しかし、マティアスの厳命にもかかわらず秘密裏に作られた子どもが、いたのはいたのである。だがそれも、臨月を迎えたある夜、賊によって母子ともに惨殺された。その犯人は未だに見当もつかない。もしかしたらその赤子こそが次代のケテル王だったかもしれないとの思いがありながら、マティアス王の怒りを恐れて誰も口にできないのであった。この事件には政治的な思惑が絡んでいることだけは確かであり、噂によれば第二王子の係累に「選ばれし子」が産まれるのを嫌った第三王子の勢力の仕業であるとか、また近親婚により王が産まれるのを良しとしないマティアス王の臣下による暗殺だなどの見方もあった。
このような混乱した時期にあって、隣国クロワに嫁いでいた王太子ローレンツの娘ユリアがケテルとの国境で行方不明となったことは大きな波紋を呼んだ。アリッサの侯爵夫人となっていたユリアは、祖母シンティアを見舞うためにケテルを訪れていた。そしてその滞在中に、子ども時代に訪れた場所へ馬で遠乗りに行くと言って少数の供を連れて王城を出てから二度と戻らなかったのである。
彼らの痕跡はクロワの街ブレンダンとの境あたりでふっつりと途切れていた。ブレンダンと協力しての捜索も困難を極めた。手がかりを得られぬまま時は経ち、すでにユリア一行が姿を消してから一年余りが過ぎようとしていた。ユーリの放浪も一説にはユリアを探し求めてのものだと言われている。
「……で、そのユリアさんが、どうしてここにいるわけ?」
生気のない、暗い後宮の一室でDは退屈な昔話を聞かされていた。その語り手は、前に一度だけ肖像画で目にしたことのある、ケテル王太子ローレンツの長子にして隣国クロワのシャティヨン侯爵夫人ユリアであった。行方不明とされているユーリの姉である彼女が、なぜユーリの後宮に閉じ込められているのか。一年前に姿を消したはずのユリアの、大きく膨らんだお腹の子は誰の胤によるものなのか。
さめざめと泣くユリアを見下ろし、Dは覚悟を決めてユリアに問うた。
「聞かせて、貴女のお話。いったい貴女になにがあったの?」





