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バンたちが王都カクタスを離れるためには、“庭”に届出をしなくてはならなかった。一応、王都復興のための支援という名目で“庭”の依頼を受けている状態だったからだ。
「と言っても、俺たちにできることはもうほとんど残ってなかったんだけどね。療術師のエーメや黒術の使えるアイならともかく、後は誰にでもできるような雑用と専門的な仕事しかなかったからさ」
とバンは言う。だが、それにしたって交代要員や補佐、予備人員として若いバンは役に立っていたのだろう。そしてそんな役回りを彼は腐りもせずに、自然と受け入れていたのだろうと想像できる。
「バンってば、いい男!」
「えっ? いや、そんなんじゃないよ……」
Dはバンの腕に抱きついて笑った。その反対側にはティナも抱きつき、二人してなぜか得意げだ。そんな彼らを見てやれやれといった顔つきの“庭”の職員だったが、手続きを進めつつ、世間話と言うには少し重い情報を口にした。
「また隣国から賊が侵入して来やがったんだ。今度は未遂じゃねぇ、村がひとつ焼かれた。生存者は数えるほどしかいなかったってよ」
「なっ……」
「もちろん、奴らだって自分たちがクロワの人間だなんて言いやしねぇ。だが、そういうこったろ? あっちは酷い飢饉だったって聞くしな。お前さんたちが向かう方角とは真逆だが、その賊のアジトを探ろうってことで、山狩りをすることになってる。本当はそっちに参加してほしかったんだがな」
ほらよ。と、バンに手続きの終わった半札を渡し、“庭”の職員の男は「上手く行くといいな」と言って送り出してくれた。Dはキョトンとしていたが、バンやエーメたちは沈んだ面持ちになっていた。
「やりきれませんわね。もちろん、襲った人間たちが悪いんですわ。けど、その理由を考えると……。わたしだったら、攻撃の手が、鈍ってしまいそうです」
「そうだよな。でも、だからって、死んでしまった人たちのことを思うと、どうしたって処罰は重くなるよ」
「……考えていたって仕方のないこと。早く向かおう? ソーマの木と、それに諸々引き受けた採集の仕事をしなくちゃ。ワタシたちだって立ち止まってるわけにはいかない。そうでしょ?」
エーメの言葉に、バンたちは顔を見合わせた。
「そう、だな。……行くか」
「よぉし、頑張るにゃあ!」
「お〜!」
◇ ◆ ◇
オーヴォ大陸は卵型をしている。この新しい大陸に、創造王マティアスとその臣下は南側から上陸したと伝えられている。そして、そこからマティアスの建国したケテル王国、そこから派生したクロワ王国、ソルレト同盟が両翼を広げるように開拓を進めていった。
確かな約定があったわけではないが、それらの三王国は大陸を三等分するかのように自分たちの土地に国境を定め、それらの取り組みは上手く行っていたと言える。これまでの間は。
しかし、ケテル王国の右の翼であるクロワではある問題が起こっていた。国王とそれを継ぐ王太子が一時に相次いで亡くなってしまい、誰が新たな王に立つかで揉め、緊張状態が続いているのだ。ほとんど内戦と言って良い有様で、長引く争いに国力は疲弊し、街には失業者が溢れかえっていた。そんなところへ主要穀物に病が流行り、大打撃を被ったのである。
クロワ王国へは王太子であるローレンツの娘、ユリアが嫁いでいる。彼女の夫であるシャティヨン侯爵は建国に大いに貢献した人物で、ユリアとは政略結婚であったが仲睦まじく、一男をもうけ幸せに暮らしていた。だが、クロワの政変と前後するようにして、ケテル王国を訪れていたユリアとその一行が失踪するという事件が起こり、二年経つ今もその行方は知れない。
その出来事はクロワ、ケテル両国に波紋をもたらし、表面上は友好的な二つの国の内部に火種を燻ぶらせる結果となった。
そのクロワを支援するために現在、ケテルのシンティア王妃が王城に滞在している。彼女の無事を危ぶむ声もあるにはあるが、その苛烈な性格と魔術の腕前を知る者たちは黙って首を振る。
『あの女のやることに口出しする方がマズイ』
そんなわけで、ケテルの最大戦力のうちのひとつは今、クロワにある。衰え病み行くケテル、すでにその国の大半が崩れたも同然のクロワ、その二国が沈めば波乱のうちに樹海に埋もれてしまいそうな都市国家の集まりであるソルレト。
この絶妙なバランスは子どもの玩具である「積み木崩し」と同じ位難しく、それよりもっと性質が悪い。この積み木の山が崩れれば、何千何百という命が失われるのだから……。だがその日はもう、近くまで差し迫っているのかもしれない。
“創造王”マティアスの掌中にある宝珠に翳り有り。
すなわち、オーヴォの繁栄にもまた。





