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二十三頁目

 その頃、麗筆の前には長蛇の列ができていた。ホームレスの子どもたちだけでなく、近くに住むお年寄りやら病人たちが「格安で治療してくれる」と聞きつけて集まってきていたのだ。もちろん麗筆にはお金を儲けようという意思はない。ヴァイゼルが勝手に治療費を請求しているのだった。


「先生、膝が痛くてかなわんのです」

「それはお辛いですね。とりあえず応急処置で痛みだけ取っておきますけど、こればっかりはねぇ。お薬も出しておきますね」

「ありがとうございますだ」


 黒術で老婦人の膝関節の痛みを取ってやりながら、麗筆はふと思う。


(あれ、ぼくは何しにここへ来たんでしたっけ……)


 療術士の資格も医者の資格も持たない麗筆だったが、大昔は施療院で助手を務めていたこともあってこういう処置は得意なのである。何だか場の雰囲気に流されて、途切れない患者を次から次へと診ているのだった。


 と、そこへ鋭い声がかけられる。


「そこのお前、何してるんだ!」

「ひゃっ! ま、待ってください、ぼくは悪いことなんてしていません、まだ!」

「まだってなんだよ」


 思わずヴァイゼルがつっこむ。

 柄の悪さなら一級品の男たちは、列を蹴散らしながらやってきた。


「おいこら、誰に断って商売していやがる! 俺たちが何者か、知らねぇとは言わさねぇぞ!」

「集金ですよね、お疲れ様です」

「お、おう……」

「ご挨拶が遅れてすみません。この土地には慣れていないものですから、取りに来てくださって助かりましたよ。さ、ヴァイゼルくん、この方にお金を差し上げてください」

「なっ、なんで……!」

「へぇ、物分かりがいいじゃねぇか」

「いえいえ、当然のことですよ」


 ゴロツキのリーダー格がニヤリと笑う。ヴァイゼルは嫌々ながら集めた金を差し出した。麗筆は愛想の良い笑みを浮かべてそれを見守っていたが、彼らが小金を確認したタイミングで交渉することは忘れていなかった。


「ああ、でも、少しはお目こぼしくださいね。ぼくはここの彼らにも場所代を払わなければならないんです」

「ふん、まぁ、そうだな。おら、半分返すぜ。また明日もやるつもりなら金を用意しておけよ」

「は~い」

 

 袋の中身は確かに重さ(・ ・)が半分だけ減っていた。

 ゴロツキたちに手を振って、にこやかに見送る麗筆。彼らが完全に見えなくなってから麗筆は空を仰いでため息を吐いた。


「ふぅ。国の役人じゃないかと思って焦りましたよ。話の通じる相手で良かったですねぇ」

「……ずいぶん、手慣れてるんだな」

「慣れているわけではありませんよ。ただ、ああいった手合いが要求してくることを知っているだけです」

「そういうのを慣れてるっつーんじゃね?」

「心外です。ところで……Dはどこへ行ったのでしょう?」

「…………」


 白髪の青年魔導師の問いに返す答えを、浮浪児の頭は持ち合わせていなかった。





◇ ◆ ◇





 トリッシュのいる孤児院はDが想像していたよりもかなり大きかった。田舎の小さな小学校くらいあるのではないだろうか。庭と畑と鶏小屋の他に贅沢にも丸太でこしらえた遊具まである。それに孤児院も三階建てだし、オンボロというわけでもない。


「さぁ、院長先生にご相談しましょうね、ディーちゃん。とっても良い方だからきっと力になってくれるわ」

「うん!」


 トリッシュに案内されながら、Dは自分を見に集まってきた子どもたちを観察した。


(男の子も女の子も、可愛い子が多いな~。廊下からお部屋がよく見える。まるでウィンドウ(・ ・ ・ ・ ・ )ショッピ(・ ・ ・ ・)ングしてる(・ ・ ・ ・ ・)みた~い!)


 無邪気で素直そうな小さい子どもたち、Dに対して無関心を装う少し年長の子どもたち。今は自由時間なのか、彼らは机の並んだ部屋で気ままに過ごしていたようだ。そしていずれも十三、四まで、つまり今のDの肉体と同じ年頃までの男女しかいないのだった。もちろん、「孤児院」なのだから子どもばかりなのは当然だ。それでまったく何の問題も無いし、そこに疑問も無い。


 ならば。

 何がそこまでDの嗅覚に訴えてくるのか。


 一般的に言って孤児院など「善意」で成り立っているような施設がこんなに綺麗なわけがない。視察が入っているようにも見えないのに、全員が全員、ちゃんと清潔にしていて制服を着ているなんて考えられない。つまりここは綺麗すぎるのだ。


 目をキラキラさせて辺りを見回すDを、トリッシュは優しげな微笑みを浮かべて見ていた。目的の院長室へ辿り着く前に、件の院長先生その人が客を連れて廊下の向こうからやってきた。トリッシュが頭を下げる。


「おやぁ? 見知らぬ子がいるなぁ」

「はい、院長。買い物帰りにこの近くへ置き去りにされた子どもを保護したのです。今からお話しに行くところでした」

「そうだったのかい。では、また後で」

「はい」

「あ……、あぁ……!」

「あれ~? また会ったね、おに~ぃちゃん!」


 来客中だと知り手短に説明するトリッシュ、そして鷹揚に頷く院長。しかし、離れようとする二人を引き留めたのは、院長の客である男だった。


 一度見たらなかなか忘れられない容姿である。

 曲がった背筋にワカメみたいなうねった黒髪。オルキダに行く前にDが気まぐれで助けた痩せぎすの中年男だった。

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Dちゃんが出演しているコラボです、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
この作品だけで独立して読めます。

『Trip quest to the fairytale world』
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