二十四頁目
せむしの男ガランはこの孤児院の常連である。院長にとっては少々面倒だが金払いの良い上客といったところだ。彼の買い求めるのは決まって青い瞳の少女で、新しい女の子が入ったと知らせればやって来て、気に入れば買うし、そうでなければただ帰っていく。
買われた少女は可愛らしいドレスで綺麗にラッピングされて彼の元へ行き、二度と帰っては来ない。
まぁ、それは何もガランに限った話ではない。ここで買われた少年少女は誰も戻ることはないのだ。まだ年齢が二桁にも届かないような幼い子どもがここの主な商品で、彼女たちは大抵、一夜の遊び道具として買われていき、口封じも兼ねて消される。
中には「無垢な子どもを甚振って殺すのはたまらない快感だ」と言って、そのためだけに何人も買っていく客もいる。そこにこの国の重鎮も含まれているというのだから、人は見かけによらないものだ。彼らはその地位を守るために大金を支払い、そして己の悪行が漏れぬよう、この孤児院を裏から表から手を差し伸べて守ってくれる。子どもは無料でいくらでも手に入るし、まったくボロい商売である。
今もまた、彼の目の前には置き去りにされたという捨て子がいる。あまり見ない髪の色だ。銀ではない、雪のような白。そして深い深いサファイアブルー。何よりその美しさと言ったら!
(しかしこれはまた、えらい上物だ! 一体どれくらいの値がつくことか……!)
人の好さそうな仮面の下で、院長は下卑た笑みを浮かべていた。どこへ売りつけてやろうかと、まだ手に入らぬ金貨を数えていると、すぐ斜め後ろに立っていたガランが喉から引き攣れるような声を出した。
院長はギクリとした。少女を目に留めたその瞬間、彼の頭からははガランや他のことがすっぽりと抜け落ちていたのだ。
「あれ~? また会ったね、おに~ぃちゃん!」
「まぁ、お知り合いなの?」
「うん、別の町で会ったの~」
言葉にならない声を上げるガランに、白い少女が話しかけた。トリッシュのさらりとした問いかけにも屈託なく笑って答えている。ガランの容姿や雰囲気に呑まれて大人の男ですら目を背ける者がいるというのに。よほど人間が出来ているのか、頭のネジが外れているのか。置き去りにされたばかりだと聞くのにこの態度、余裕……圧倒的に後者のように思えて院長はそっとため息を殺した。
(物怖じしないのなら好都合、か。この男の所にだけは行きたくないと毎回娘たちが泣き叫ぶんだからなぁ……。もう少し客を選んで値を吊り上げてもいいんだが、まぁ、この男なら言い値で買うだろう)
何より、術士に逆らうことほど恐ろしいものは無い。院長はわざと明るい声を出し、ガランをよいしょする作戦に出た。この少女には何としてでもガランの所へ行ってもらわなければ。
「ガラン様とお知り合いだったとは! この方は身寄りのない少女たちに仕事を与えてくださる方でね。彼のお屋敷で礼儀作法を身につけた子たちは、偉い貴族様の所で働けるようになるんだ。どうかね、せっかくだから彼の下で君も働かせてもらっては」
「ええ~?」
少女が薔薇色の唇を尖らせる。
そこへトリッシュが、少女の目線より低く腰を落として優しく諭した。
「いきなりの環境の変化で戸惑うのもわかるわ。でも、あなたを面倒見ていたひとたちは、ここへ挨拶もせずに行ってしまったのよ。あなたが暮らしていくための、ほんの少しのお金も渡さずにね。それにディー、もうそろそろあなただって、働き始めてもおかしくない年齢じゃないかしら?」
「でも~、私まだここに来たばっかりで何も見てないのにぃ……」
「まぁまぁ、今すぐ決めなくたって良い。そうだ、ガラン様のお屋敷を見学に行くというのはどうかね? 積もる話もあるだろう」
「ん~~。わかった、遊びに行く~」
院長もトリッシュも、Dの言葉にホッと胸をなで下ろしながら笑顔を作った。こちらは送り込んでしまいさえすれば後はどうとでもなる、ガランは失敗などしない。そう、彼はたったひとくち飲んだだけでたちどころに命を奪う劇薬を持っているのだ。
ほんの一瞬で死に至り、毒による苦しみで美貌を損なうこともない。彼だけが調薬できる秘薬だ。あまりたくさんは作れないらしく、いくら頼んでも分けてもらうことはできないのだが、噂では彼の毒はかなり値段が張るらしい。
ガランはDの前に進み出て、おずおずと片手を差し出した。その掌には銀細工にサファイアをあしらった百合のブローチが載っている。
「グ、グレイス……こ、これを……」
「ん~? 私、グレイスじゃないよ? Dちゃんだよ?」
「ディー、良いの。今はそのまま受け取って」
トリッシュがDに囁く。
「いいの~? ありがと~!」
Dが笑ってそれを受け取ると、院長は今度こそ安堵のため息を吐いた。ガランはご執心の娘を必ず「グレイス」と呼ぶ。初恋だか何だか知らないが、青い瞳の少女を買っては殺して人形を作っているのだ。まったく、薄気味悪いことこの上ない。一度彼の「工房」を訪ねたことがあるが、見知った顔の娘たちがぼんやりとした表情で並んでいる様はたいそう不気味だった。
「行っておいで、ディーちゃん。楽しんでくるといい。帰ってくる頃には、トリッシュが部屋を用意しておいてくれるだろう」
「わ~い、ほんと~?」
「ええ、そうよ。くれぐれもガラン様に失礼のないようにね」
「は~い」
Dはガランと共に彼の屋敷に馬車で向かった。それを見送ったトリッシュは微笑んで言った。
「あの子が素直に行ってくれて良かったですわね、院長。これでもし誰かがあの子を探しに来たとしても、わたしたちのせいにはなりませんし」
「そうだな。今日はなんとも幸運な日だ」
院長も微笑み、良く晴れた空を見上げた。





