家事
美桜は、村田の家に向かいながら考えていた。
家事をしてお金をもらうという考えは、今まで無かったな。
うちはママと二人暮らしだから、私が家事をするのは当たり前だった。
高校の時に「今日の晩御飯、何にしようかな」ってつぶやいたら
みんなが私を苦労人だと思っちゃって、困ったことがある。
…でも、あの時は食材を持ってきてくれる友達がいたりして、嬉しかったな。
ずっとやってる何でもないことだから、仕事にするなんて思ってもみなかった。
昨日ママにそう言ったら
「美桜が家事しなかったら、居候代で10万はもらってるわよ。
それくらいの働きをしてるってこと、気付いてなかったのねえ。」
と返された。
だから私が就職しなくても、ママはうるさく言わないんだな。
ママがシングルマザーで、私はラッキーだったのかもしれない。
勝手に手に職がついてたんだから。
そんなことを考えていら、すぐ村田の家に着いた。
また村田の家の合鍵を持っちゃったな、と思いながら鍵を開ける。
…やっぱり汚い家だ。ここまで汚す子だったかな。
つきあっている時に、使ったものを元に戻すことだけは、
身につけてくれたはずなんだけど。出ている靴を棚にしまいながら思う。
天気がいいから、まず洗濯をしよう。
ベッドカバーも洗おうと思って、はがすと村田のにおいがした。
懐かしい…けどちょっと強烈。これ、ずいぶん洗ってないんだろうな。
洗濯物を干そうとベランダに出る。やっぱりいい景色。
緑が多いわけでもないけど、ほかの家でごちゃごちゃしているわけでもない。
3階だからかな。いつもより視点が高くて気持ちがいい。今日は暖かいし。
このままここでまったりしたいけど、まだまだやることがある。
今日の晩御飯は、村田のリクエストで魚料理。渋くなったなあ。
何が食べたい?って聞くと、必ずハンバーグって答えてたのに。
目玉焼きも乗せて、って子供みたいな顔で必ず言ってた。
電子レンジで温めてすぐ食べられるように、弁当箱につめて冷蔵庫に入れる。
朝は会社でパンを食べるって言ってたけど、フルーツを切っておいても、
食べられないかな。時間ないかなあ。うーん。難しい。
仕事中にメールで聞くほどでもない。また会って、打合せしたいな。
食事作りを終えて、ソファで一息つく。
…村田はここで暮らしてるんだなあ。なんだか不思議。
私の知らないこの家で、寝て起きてご飯を食べて、毎日暮らしているなんて。
それに仕事が楽しいって言ってた。あんなに授業に出るのが嫌いだったのに。
村田は随分変わったんだな。
私は全然変わらないのに。
和美も大崎君もスーツを着て、ちゃんと会社に勤めてる。
私は大学の時と変わらない服で、無職。
…私の時間だけ止まっているみたい。
はあ、とため息をついて、ふと見たテレビの上に、ホコリが積もっている。
…掃除しよ。今はこの家を綺麗するのが一番大事だ。
こんなところで暮らしてたら、村田が病気になってしまう。
村田は大事な友達だ。ずっとあのまま元気でいてほしい。
…そう張りきって取りかかったが、敵はなかなか手強かった。
ホコリは掃除したけど、モノが減らないから綺麗になった気がしない。
そして、どう考えても床に出ているものが、棚に入りきらない。
だから出しっぱなしなんだな、と納得してしまう。
これ以上がんばると、自分の家の家事が滞りそうなので、一旦諦める。
村田にはメールでことわっておこう。
洗濯物を取り込むために、またベランダに出る。
やっぱりいい景色だなあ。夜はどんな夜景になるのかな。いつか見てみたい。
干したベッドカバーがお日様のいいにおい。村田、気づくかなあ。
村田が気持ちよく眠れて、仕事をがんばれますように、と思いながらカバーをかける。
さて、うちの洗濯物も取り込まないと、と思い、美桜は家路についた。
電車の中で村田にメールをする。
『無事、初日終わりました♪
掃除は少しずつやっていくね』
仕事中にごめんね、と思ったが、すぐに返信がある。
『ありがとう。帰るのが楽しみだ』
良かった、と美桜は心の中で笑った。
村田が家に帰ると、玄関に靴が何も無いことに気づいた。
ああ、本当に美桜が来たんだな。履かない靴は片付けること、ってよく言われた。
それにしても、サンダルも無い。相変わらず潔い片付け方で、笑ってしまう。
早速、美桜の手作り弁当を食べる。
久しぶりの美桜の味。魚料理は体にいいから、とよく無理やり食べさせられた。
なつかしいなあ。未練がましいと言われようが、やっぱり美桜がいい。
あのころに戻りたい。幸せだった俺に、もっと美桜に感謝しろと言いたい。
ヤキモチやいてないで、光の話も聞いてあげればよかった。器の小さい俺。
そりゃ、ふられるよな…。
取り返しがつかない過去が、重くのしかかってくる。
シャワーを浴びようとタオルを取ると、見覚えのある畳み方で置いてある。
…そうそう、美桜はこうやって畳むんだよな。
布団も綺麗にセットしてある。風呂場を見ると、シャンプーが見やすく並べられている。
美桜が確かにここにいたと、何度も確認させられる。
…過去をふりかえって、へこんでる場合じゃないか。
今日、ここに美桜が来てくれたんだ。ここで俺のために家事をしてくれた。
ふふふふ…。服を脱ぎながら笑う村田。嬉しくなってきた。
お金のためかもしれないけど、それでも構わない。
俺は美桜がいるだけで幸せだ。
目の前にいなくても、ここにいた形跡があるだけでいい。
俺って単純なんだよな。これも美桜が教えてくれたこと。
素直だから、すぐ幸せになれていいねってよく言われた。
うん。本当にそうだな。




