桜
光と桜並木を歩く。
そういえば、光と手をつないだことがない。
雅巳とはいつも手をつないでいたな。
光といるのに、そんなことを考えている。
光に早くちゃんと言わないと。
「美桜、ちょっとここに立って。」
光が桜の前で言う。言われるがままに立つ美桜。
カメラを構える光。こうして光に撮られるのは、久しぶりだ。
どんな顔すればいいんだっけ?考えてしまう。
それが光に伝わったのか
「好きな人のこと考えて。」
さらっと光は言う。雅巳のこと、光の前で考えていいのかな。
こういう迷いもすぐ光は感じ取る。シャッター音が聞こえないからわかる。
桜を見て、雅巳、と心のなかで呼んでみる。
心のなかに桜のピンクと、何かわからないものが溢れた。
風が吹いて、桜の花びらが舞う。
それは体に入ってきて、私の中を流れていくようだ。
光のシャッター音が聞こえた。それでいいよ、と言われているよう。
雅巳、今何してるかな。…仕事だよね。今日早く帰れるかな。…ご飯何つくろう。
「美桜、もういいよ。」
好きな人からちょっと脱線したのが、ばれたみたいで恥ずかしい。
まだ続く桜並木を歩きながら、美桜は言う。
「光。私、やっぱり雅巳が好き。」
「うん。」
「ごめんね。」
「…」
うん、が聞こえないと不安になる。
許してほしいと思っている自分に呆れた。
「…わかってたから、平気。」
光を見上げる美桜。光はいつもと変わらない顔をしている。
…そうだよね。光は全部わかっている気がしてた。
「一瞬でも俺を選んでくれて、嬉しかった。」
うん、のかわりに、美桜はうつむく。
「村田くんには悪いことをした。
早く返さないと、と思っていたんだけど
美桜と離れた自分が、どうなるのかわからなくて。」
ゆっくりと話す光。
「強制的に離れてみたら、全然平気でびっくりした。
意外と自分って強いんだなって感心した。」
そう言って少し笑う。
「美桜と会わなければ、そんなこと知らなかったな。」
「…光はすごい人だよ。尊敬してる。」
「うん。」
「…今までありがとう。」
私は、光と会わなければ、
自分がこんなに情けなくて弱いって、知らなかった。
いつも私は誰かに守られて、頼って生きていた。
でも、頼れる人がそばにいるってすごく幸せなことだ。
光が、ひとりで生きようとしている人だから、わかったこと。
光に会えて、本当に良かった。
「美桜。写真撮ってる?」
「あまり撮ってない。」
「撮りなよ。美桜の写真は好きだ。
素直で飾らなくて。美桜そのままだ。」
そうだね。見たそのまま撮るからね、私は。
だから、光みたいに芸術的にはならない。
「美桜が撮る人は、みんな笑っていて羨ましい。
俺にはあんな顔は出せない。」
「…光のこと、もっと撮りたかったな。」
「向き不向きがある。」
「そうかな。笑わない光を笑顔にしたかったよ。」
でもいつも嫌がって、逃げられた。
「美桜に見られると、緊張して笑えない。」
「え?そうなの?」
「美桜の大きい目で見られると、
心の中を全部読まれそうで、嫌だった。」
だから目を見ないんだな。光は。
「汚いところも、小さいところも。
全部見られたら、嫌われる気がした。」
「そんなことないよ。」
「うん。」
いつものように言って
「今ならその言葉が信じられる。不思議だ。」
光は珍しく、言葉を足した。
それは、私が本当のことを言ったからだよ、
と付け足すのはやめて、頷くだけの美桜だった。




