いつ
『光と会ったよ。今日晩御飯一緒に食べよう』
美桜からメールが来たのは3時ごろ。
それから仕事が手につかない雅巳だった。
…会って、どうだったんだろう…。
とりあえず、メールしてくるってことは、無事なんだな。
拘束とか、監禁とかは無いってことだ。一安心だ。
で、どうだったんだろう…何度も見ているメールを、もう一度確認する。
ご飯を一緒に食べるってことは、俺のことは嫌いじゃないよな。
でも、やっぱり光がいいの、って言われたりして。
それなら晩御飯なんて食べないよな…。食べるのか?食べられるのか?
いや、美桜は無理。そんなにしたたかじゃない。
ご飯を食べながら、別れ話ができるような女じゃない。
大丈夫。大丈夫…自分に言い聞かせて、定時を待つ雅巳だった。
「おかえり~。」
家の玄関を開けると、美桜が飛んできた。
「ただいま…。」
言っているそばから抱きついてくる。
「雅巳、大好き。」
あ、これは大丈夫だよね。もう、本当に俺ってアホだな。
自分に呆れつつ、美桜を抱きしめ返す。
「美桜、好きだよ。」
美桜の耳元で言う。
「うん…。」
美桜が気持ち良さそうに答える。…これはゴーサインだ。よし。
そう思って靴を脱ごうと美桜から体を離すと、
「じゃ、ごはんの用意するね。」
美桜はキッチンへ向かってしまった。いや、ご飯よりも美桜がいいんだけど。
がっつくのは良くないか。最中にお腹が鳴っても困るしな。
夜は長い、と思いなおし、ニヤニヤしながら上着を脱ぐ。
…しかし、またこうして、笑顔の美桜に会えて嬉しい。
別れてから、美桜に会えることは奇跡なんだと気づいた。
付き合っているときは、当たり前のように毎日会っていたけど、
どちらかが死んでしまったり、病気をしたら、会えなくなる。
たまに会うのも、毎日会うのも、会えるということは
ものすごい奇跡なんだと思う。
今日も奇跡が起きてよかった。
「手伝うことある?」
美桜に聞く。
「大丈夫だよ。もうすぐできるから、座ってて。」
できれば、この奇跡を毎日お願いします。
ああ、欲が出るなあ、俺は。
「お待たせ~。」
言いながら美桜が座る。
「いただきます。」
「はい。どうぞ。」
このやりとり、幸せだよなあ。
そう思いながら、魚をつつき始める雅巳。
「光、元気だった?」
余裕がある男は自分から話を切り出す。
「うん。ちょっと焼けてて、健康そうに見えた。
光っぽくなくて笑っちゃった。」
ふーん…。
あ、だめだ、やきもち焼いてる。
俺に余裕なんて、あるはずがなかった…。
「すごくいい写真をたくさん撮ってたよ。
もうなんか…うん。本当にすごい写真だった。」
美桜が言う。空気を見ているような、ぼーっとした顔。
こういう顔の美桜は、自分の世界に入っている。
妬けるけど、美桜のこの顔は好きだ。戻ってくるのを静かに待つ。
「…私は、光の写真が好きだったんだなって気づいた。
光自身じゃなくて。」
半分、現実に戻ったような顔をして、美桜はつぶやいた。
「そうなんだ。」
現実に戻った美桜は続けて言った。
「ごめんねって謝ったら、わかってたからいいよって言ってた。
私が雅巳を好きなのを知ってて、光は一緒にいてくれたんだ。」
「…そっか。」
何となく違和感を感じつつ、相槌をうつ雅巳。
「光がいなかったら、卒論も卒展も投げ出してたな。
光は、私が泣いても”書くしかない”としか言ってくれないの。
雅巳みたいに、よしよししてくれないんだよ。」
「俺だったら、もうやめちゃいなよって言うなあ。」
「でしょ。光は言わないんだよね。きっとそうやって
自分も追い込んで、いい写真を撮るんだろうな。」
「俺、美桜の写真、好きだけどな。」
「うん。バスケしてるみんなを撮ってたら、すごく楽しかった。」
笑顔で光の話をする美桜に安心しつつ、
雅巳はおそるおそる、聞いてみる。
「…いつから、俺のこと好きだって思っててくれたの?」
何となく抱いた違和感を、取り戻して聞いてみる。
さっき、美桜が俺を好きなのを知ってて、
光は一緒にいてくれたって言ってたよね…。
半年前に光はいなくなったんだから、一緒にいたのはその前ってことで…。
で、卒論の時に一緒にいてくれたって話をしたから…。
「それは、言えません。」
目を伏せながら、食べ終わった食器を片付け始める美桜。
「えー。教えてよー。」
食器を持ってキッチンに行った美桜を追いかける。
「いいじゃん。そんなこと。」
食器を洗い始める美桜。
「よくないよー。すっごい気になる。
何でまた俺のこと好きになってくれたの?」
怒られてもいいや、と思いながら、後ろから美桜を抱きしめる。
「もう。洗い物の邪魔しないで。」
「教えてくれたらやめる。」
「もー。そういう、しつこいところは嫌い。」
「嘘だー。好きでしょ?」
そう言って美桜の首にキスをする。そして離れない。
「…あ!そんなところにキスマークつけないで!」
美桜が暴れる。まだ食器を洗っているから手は使えない。
「教えてくれたらやめるってば。」
また雅巳が首に吸い付く。
「…もう、わかった!あとで言うから!」
じたばたして美桜が言う。
「絶対だよー。」
「うーん…。」
拗ねた顔の美桜。いじめすぎたかな。
「何でそんなに言うのが嫌なの?」
「だってー…。」
段々顔が暗くなってきた。
「雅巳が待っててくれてるってわかってるのに、
強がって、寂しい思いさせちゃったし。」
「それで美桜の大切さに気づいたから、よかったって言ったでしょ。」
「でも、私は全然成長してなくて、何もできなくてさ…。」
「…俺は、美桜のその悲しい顔が辛いよ。
言いたくなければ言わなくていいけど、自分を責めないで。
俺は美桜に会えて、ずっと幸せだよ。」
美桜はすばやく手を洗ってタオルで拭き、振り返って雅巳を抱きしめた。
「もう、ずっと好きだよ。好きじゃなかった時なんてない。」
ずっと好き…。
「もう一回言って?」
「いじわる。」
「いや、うれしくて。」
「…ずっと好きだったよ。」
ふっと笑って雅巳は言った。
「俺も。」
そう言って、美桜の頬にキスをした。
涙目の美桜に気づかないふりをして、美桜の顔中にキスをする。
ふと見ると、美桜はまだ少し悲しそうな顔をしている。
美桜は頑固だから仕方がない。でも、そんなところもかわいい。
俺が美桜のことをどんなに好きかって、もう言葉では言わない。
美桜の唇にキスをして、雅巳は指を美桜の背中に這わせる。
美桜の体が、びく、と動く。
美桜の気持ちのいいところは、全部覚えている。
忘れたくても忘れられなかった。夢にまで出てきた。
どんなに美桜が好きか、一晩かけて教えてあげる。




