鍋
鍋ではなく、美桜が食べたい。そう思う俺は正直すぎるのだろうか。
買い物のために外に出て思う。夜ならあのまま続けられたのかな。明るい昼が憎い…。
悶々と思っていると、手に柔らかいものが触れた。美桜の手だ。
「3階は眺めがいいけど、階段が辛いよね~。」
笑いながら言って、自然に手をつないでくる。
「…うん。」
まあ、いいか。まだ一緒にいられるんだし。
しかもこんなに自然に手をつないで…。やばい。どきどきする。さっきキスしたのに。
俺、美桜とえっちしたら死んじゃうかもしれない。今まで何回もしてるのに…。
「今日暖かいから、桜が満開になったね。綺麗…。」
キラキラした目で美桜が言う。
変なことばかり考えている自分を、情けなく思う雅巳。
「…うん。」
「この道を雅巳と歩くのは、初めてだね。
何度も通ってるのに。変なの。」
「そういえば、そうか。…去年ここに越してきた時も桜が咲いてて、
美桜と見たいなあって思ってたんだ。一緒に見れて嬉しいよ。」
「うん…。」
少し寂しそうな顔の美桜。
「ごめん。余計なこと言った。昔のことは忘れよう。ね。」
やっぱり寂しそうに笑う美桜。
美桜に笑ってほしかった雅巳だが、空回りしていることに気づく。
ああ、本当に余計なことを言った…。
でも、これからこんなこと、何度もあるんだろうな。
美桜と過ごさなかった時間は寂しかったけど、今となってはいい思い出だ。
だって今、隣に美桜がいるんだ。しかも手をつないで。
でも、美桜にとっては悲しい過去のままなんだろうか。
光と過ごした一年と、美桜が一人で過ごした半年も、
美桜にとっていい思い出になるといいんだけど。
「…前に、光の話はするなって怒ってごめん。俺ヤキモチ妬いてたんだよね。
いや、ヤキモチなんて可愛いもんじゃない。醜い嫉妬、だな。
俺には無いものを光はたくさん持ってて、美桜といる時間も多いし、
完全に勝てる気がしなくてさ。…まあ予想通り負けたんだけど…。」
あれ、何か美桜が絶対に聞きたくない話してる?俺…。
「あの、だから、今は光の話してもいいよって言いたかったんだ。
うん。美桜は絶対渡さないし。…多分、負けないし…。」
ああ、光の話は難しいな…。どうしても敵になってしまう。
美桜は少し困った顔で笑っている。
「光と雅巳は全然違う人だから、比べられないよ。
光が持ってないものを雅巳はたくさん持ってる。それを光もわかってる。
…でも光も雅巳には負けたくないって言ってたなあ。」
うつむいて笑いながら美桜は言う。
「大丈夫。雅巳と光が仲良くなるわけないって、わかってるから。」
ああ、それをわかってくれると助かる、と思う雅巳。
「光ね、もうすぐ帰ってくるんだって。そしたら、会って話すつもり。」
別れ話みたいなものかな。美桜は辛いだろう。
「無理しないでいいよ。俺、いつまででも待ってるから。」
「ありがとう。でもこれ以上待たせられないよ。
…私ももっと思いっきり雅巳に甘えたいし。」
「そっか。」
いけないと思いつつも、こっそりニヤニヤしてしまう。
美桜は甘えっぷりはすごいからなあ…。やばい、顔の緩みが抑えられない、と思って横を向く。
「きっと光もわかってくれるとは思うんだけど…。」
やっぱり辛そうな顔の美桜。
「俺も行こうか。」
「それはいいよ。光はいい子だから、変なことにはならないよ。」
笑って美桜が言う。
そうかなあ…監禁とかされたりしないかなあ…。
納得のいかない雅巳の顔に気づいたのか、美桜が付け足す。
「雅巳は光に嫌な印象しかないもんね。
光は雅巳に変なこと言ったって、いつも後悔してたよ。」
へー。そうなんだ。意外。すごく憎たらしい顔してたけどな…。
「光は臆病で強がりなんだよ。…私に似てる。きっと泣きたいはずなのに、
泣かないから心配。私には雅巳がいるけど、光はどこで泣くんだろう。」
少し考えて、雅巳は言った。
「光の気持ちはわからないけど…俺は泣きたくなったら仕事してたな。
だから光も大丈夫だよ。写真にぶつけるんじゃないかな。」
はっきり言って光は嫌いだけど、何となくそんな気がした。
「そっか…。そうだね。光は全部を写真のためにとっといてるんだ。
それは悲しさや寂しさも、きっと同じなんだ。…うん、そうなんだ。」
美桜は目を大きく開いて、雅巳を見つめて笑った。
「光と俺もちょっとだけ似てるのかもしれないね。」
同じ人を好きになってるんだし。…意外と話が合うかもな。全然話したくないけど。
「そうだね。」
じっと雅巳を見つめる美桜。そのまま首をかしげる。
どうやら似ているところが見つからなかったらしい。
「雅巳に光の話ができて良かった。胸のもやもやが無くなった感じがする。」
「これからもどんどん話してよ。会えなかったときの美桜のことも知りたい。」
「うん。」
スーパーに続く桜並木を見上げると、心の中までピンク色になる。
一年半離れていて空いてしまった二人の間を、またこうして色々なもので埋めていくんだろうな。
付き合い始めたときに、たくさんお互いの話をしたように。
せつない思い出もあるけど、やっぱり楽しみでしかたがない、と思う美桜だった。




