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土曜

今度こそ美桜が来る前に、シャワーを浴びておきたい。

いつも寝癖と寝ぼけ眼で出迎えるなんて嫌だ。

そう思って早めに寝たのに、チャイムの音で起きてしまった村田。

ため息をつきながら玄関を開ける。

「…来るの、早かったかな?ごめんね。」

村田のため息を聞いて、美桜が謝る。

「ご、ごめん。違うんだ。美桜が来る前に寝癖を直したかったのに

 起きれなかった自分が嫌でさ。」

寝癖を撫でながら弁解する村田。

「そっか。いいよ、シャワー浴びてきて。」

笑って美桜が言う。やっぱり美桜の笑顔はいい。

不安も恐れも全部さらってくれる。


シャワーからでると、美桜はソファに座っていた。

ぼんやり窓の外を見ている。

村田はソファには座らず、寝室に入り、小さな箱を取ってきた。

「美桜、これ覚えてる?」

小さな箱を見せながら、ソファに座る。

見覚えはある。でも何か思い出せない、灰色の箱。

首をかしげながら受け取る美桜。

「見せようと思ってたんだけど、忙しくて忘れてた。開けてみて。」

笑って言う村田。

美桜は頷いて、そっと小さな箱を開けてみる。

金髪の村田が、写真の中で笑っていた。

「…これ、村田の家にあったんだ。どこに行ったのかと思ってた。」

美桜が思わず笑って言った。

美桜がカメラを持ち始めた頃に撮った、村田の写真。

まだ金髪だから、付き合う前だ。

村田への自分の気持ちがよくわからなかった、あの頃。

村田のいい表情を撮りたくて、恋してるつもりで撮ってた。

写真を撮っている自分の気持ちが伝わってくる。

絶対好きだったのに、素直になれなかった。

どきどきしてるのに、わからないふりして。本当に臆病な私。

写真を一枚一枚、ゆっくり見る。

恋して傷つくのが怖くて、でもどんどん好きになって。

一生懸命、気づかないふりをしてた。

写真の中の村田はバスケをしている。

村田はシュートを決めると、私を見て嬉しそうに笑うんだ。

村田が無邪気に投げてくる”好き”に、

心は反応するのに、何でもないふりするのが大変だった。

素直になればいいのに。そう思うのに、何で素直になれないんだろう。

私は全然変わっていない。今も同じ所で、びくびくと怯えてる。

怯えたって、怖がったって、好きっていう気持ちはなくならない。

生まれてしまったその気持ちは、差し出すしかないのに。

今も昔も、雅巳が大好きだ。そう思って涙が出てくる。

それに気づいた村田が

「ごめん。写真、見たくなかった?」

と言って、美桜を抱きしめて頭を撫でる。

「ううん。…雅巳のこと、大好きだったなと思って。」

涙で輝く目で、答える美桜。

「うん。俺も美桜、大好きだった。

 …今でも大好き。ずっとそばにいてほしい。」

やっと言えた。ずっと言いたくて、言えなかった言葉。

美桜がいるだけでいい。いつも隣にいてほしい。


「でも私、いつかまた雅巳を傷つけちゃうかもしれない。

 もう雅巳に悲しい顔をさせたくない。」

卒論に忙しい日々の悲しい顔。

家政婦の回数を減らすと言ったときの寂しい顔。

別れた日のせつない顔。

もう、雅巳のそんな顔は見たくない。

美桜の目から涙がこぼれる。

…そうか。ずっとそうやって、美桜は自分を傷つけてきたんだ。

「美桜。俺は傷ついてないよ。卒論で忙しい美桜に、

 俺は寂しいって拗ねてばかりで、ふられて当然だったよ。」

雅巳は美桜の髪を撫でながら、続けた。

「でも、美桜がいなくなって、気づいたんだ。

 美桜がいるだけで幸せだったなって。

 美桜が疲れてて笑ってなくても、側にいるだけでよかったんだ。

 美桜はいるだけで俺に力をくれてたんだ。離れてやっとわかった。」

そして、雅巳は美桜の髪に頬を寄せて言った。

「ふられなかったら気づいてなかった。だからよかったんだよ。

 …もう二度と離さないから。」

抱きしめる手に力が入る。

「…うん。」

美桜は小さく答えて、雅巳の胸にもたれかかる。

「雅巳、大好き。」

美桜が顔を上げると、すぐに雅巳の唇が近づいてきた。

雅巳のキスは優しい。大好き。

何度もキスしたい。そう思って、雅巳の髪に腕を伸ばす。

応えるように、雅巳の舌が美桜の唇の間をそっと通る。

雅巳の舌の温度で、体が溶けそうだ。

雅巳の体はすぐに私を溶かしてしまう。

溶けた私は、何でもないただの美桜だ。

何者でもないただの私になれる、この瞬間が大好き。

雅巳に触れられると、簡単に私はこうなってしまう。

やっぱり雅巳じゃないとだめなんだ。

ママと健吾がセックスしろって言ってた意味が、わかる気がする。

心は怖がっていても、体は覚えている。心よりもずっと、体は素直だ。

空腹でお腹は鳴るし、眠かったら寝てしまう。涙は出たら止まらない。

今も、このままだと雅巳も私も止まらない。

でも。

美桜は、首筋にキスする雅巳の顔を自分に向けて言った。

「雅巳。もうちょっと待って。」

「…うん。」

名残惜しそうな雅巳の頬にキスをして、

「お鍋の野菜、買いに行こう。」

美桜は言った。

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