涙
またしても終電で帰った村田が、美桜の寝顔を見る。
明日には帰るんだなあ。さみしい。
そう思って見ると、美桜も寂しそうな顔で寝ている。
熊がいてもダメだったかな。
三日連続で一人で寝るのは、寂しすぎたのかもしれない。
本当は寂しがりやで、泣き虫な美桜だから。
顔にかかる髪をそっと撫でて戻す。我慢していたけど、手が出てしまった。
美桜の目が少し開く。
「雅巳…よしよしして。」
起こしてしまったか。…もっと触っていいんだろうか。
でもまた覚えていないかもしれない。
「うん。」
とだけ言って、そのまま頭を撫でた。
美桜はまた目を閉じて、寝息を立てる。
やっぱり寝ぼけてるんだな。ちょっと残念だ。
しかし、美桜の目から光るものが落ちる。美桜は泣いていた。
「美桜…何かあった?」
声をかけたが、寝ているのか、答えたくないのか、返事はない。
雅巳は美桜の涙を拭い、頭を撫でた。
何があったんだろう。…寂しすぎたかな。
変なこと頼んで、悪いことしちゃったかな。
…そういえば、泣き虫なくせに泣くことが下手な美桜は、
光がいなくなった時、ちゃんと泣けたんだろうか。
いや、光がいた時も、泣けないみたいだった。
別れた後、学校で美桜とすれ違った時、泣きそうな顔をしてたから
思わず「大丈夫?」って声をかけた。
「卒論が書けない」と泣き始めた美桜を
学校の柱の影で抱きしめて、ひたすら頭を撫でた。
ひとしきり泣いて、謝る美桜に「光の前で泣けないの?」と聞いたら
頷いて、「光は強い人だから」とだけ言って、行ってしまった。
強いなら弱い美桜を泣かせてやれよ、と忠告しようとしたけど、
美桜が悲しむか、と思ってやめた。やっぱり言えばよかったな。今更後悔する。
離れていたこの一年半、美桜が何を思って、何に胸を痛めたのか、俺は何も知らない。
こんな風に一人で泣きながら、寝たりしたんだろうか。
俺が側にいたら、絶対に抱きしめていたのに。
涙が枯れるまで、離さないのに。
朝起きると、美桜はぼーっとしていた。昨日泣きすぎたかなあ。
鏡を見ると、目がはれてる。アイメイクで何とかごまかそう。
「村田ー朝だよー。」
いつものように部屋に入ると、村田はすぐ起きて
「おはよう」と言った。
びっくりした美桜は、村田を見て聞いた。
「どうしたの?眠れなかった?」
俺が聞きたいよ、と思いながら村田は美桜を見つめる。
美桜はすぐ起きた俺を、ただ驚いて見ている。
…昨日泣いたことは、覚えてないんだな。
村田はベッドから降りながら
「寝れたよ。起こしてもらうの今日が最後だから
迷惑をかけないようにと思って。あと足ツボは嫌だから。」
そう言って立ち上がる。
「そっか。」
今日が最後だもんね、と思うが、何となく言葉には出せない美桜。
「足ツボやりたかったなー。
あ、そうだ。ぬいぐるみ持って帰っていい?」
「もちろん。ひとりで寝るのさみしかったでしょ。ごめんね。」
優しいけど、寂しそうな顔の村田。
その顔を見ないようにして、美桜は言う。
「大丈夫だよ。楽しかったよ。のんびりできて。
…また写真撮りたいなと思った。」
「そうなんだ。撮ってなかったんだ」
「うん。それで、カメラアシの仕事またやろうと思う。」
「…じゃ、家政婦の回数は減らさないとね。」
やっぱり寂しい顔の村田。笑っててほしいのに。
私には何も出来ない。無力な自分が大嫌い。
シャワーを浴びようと、風呂場に向かった村田だったが、
思い直して美桜に聞いた。
「美桜…。昨日、何かあった?」
迷ったけど、やっぱり聞くことにした。
いい男ぶって後悔するのは、もう嫌だ。
「え?…何も無いよ。」
目が腫れてるのを見られないように、目をそらす美桜。
「そう、じゃ、いいけど…。泣きたいときは泣いていいんだよ。
美桜はすぐ我慢するから。…俺でよかったらいつでも聞くよ。」
「でも、泣いてても何も変わらないから。
泣いてばかりもいられないよ。」
村田に背を向けて、洗った食器を片付けながら美桜は言う。
「強がらなくていいのに。怖いなら怖いって、言っていいんだよ。
…そういう繊細な美桜も、俺は好きだよ。」
こっちを向かない美桜に近づいて、村田は言った。
「私は嫌い。…泣き虫な自分なんて。」
そう言う美桜の顔を覗き込むと、目に涙を溜めている。
村田は美桜の体を自分に向け、抱きしめて頭を撫でた。
「泣き虫な美桜も、俺は大好きだけど。」
「変なの…。」
「変かなあ。泣いている美桜もかわいいよ。」
村田は、全部かわいいとか大好きとかで済ますから
言い返すのがばからしくなる。
「村田、遅刻するよ…。」
「いいよ。土下座して謝るから。…気が済むまで泣いて。」
昨日あんなに泣いたのに、まだ涙が出るのが不思議だった。
何が悲しいのかは、もうわからなかった。
ただ村田の腕と、頭を撫でる手が優しくて、涙が出た。
この腕の中が好きだ。ここは私が、素に戻れる場所なんだ。
そのままの私でいられる場所。
泣いてても笑ってても、どんな自分でもいいと思える。
村田がそう思っててくれるから、私もそう思える。
この腕の中はすごいところだ。
美桜はしがみつくように、村田を抱きしめた。
強く抱きしめられた村田は、美桜を抱きしめ返し、美桜の髪に頬をあてる。
離れたくない。ずっとこのまま抱きしめていたい。
泣いている美桜も、笑っている美桜も、抱きしめていたい。
もちろん、そうじゃない美桜も。美桜の全部が愛おしい。
そう思っていると、美桜の腕の力が緩んだ。
村田も抱きしめるのをやめて、美桜の顔を見る。
いつもの意志の強い美桜の顔。
さっき起こしてくれた時の、今にも泣き出しそうな顔とは違う。
涙が枯れたみたいだな、と思って髪を撫でると
美桜が照れたように笑う。
「雅巳、ありがとう。
…はやく会社に行かないと、怒られちゃうよ。」




