マスク
村田はニヤニヤをマスクで隠しながら、会社に向かっていた。
元カノに起こされて喜んでるのって、アホかな。
いや好きだし。美桜は好きな人だもん。
もっと厳しく起こされるかと思ったけど、優しかったなあ。
眠くなっちゃった、なんて言ってウトウトして…。
俺がもっと早く起きてたら、一緒にベッドで寝られたかも。
そしたら、あんなことやこんなことも、ついでにしちゃったりして…。
いやいや、飛びすぎだって。ゆっくり行かないと…。
まあでも、手を握って嫌がられなかったのは、嬉しいよな。
そしたら次は、何をしたらいいんだろうか。やっぱりキスかな…。
なんて妄想をしていたら、あっという間に会社についてしまった。
課長が笑顔で出迎える。
「おはよう、村田。彼女に起こしてもらった?」
「はい。」
マスクの下は満面の笑みの村田。
「良かったな~。安心して遅くまで仕事ができるな。」
「あ、はい…。」
それは嫌なんだけど。
「ところで、風邪ひいた?」
「いや…えーと…花粉です。」
「へーそうなんだ。村田って、花粉とか全然平気な感じがするけど。」
はい。本当はその通りです。
花粉症の美桜のマスクを、何となくもらいました。
「あのさ、こういうの彼女どうかな。ぬいぐるみなんだけど、
娘に、こんな情けない顔の熊いらないって突っ返された。
気に入らなかったら捨てていいから、あげる。」
…確かに情けない顔。でも美桜は、こういうのが好きなんだよな。
ただのかわいいキャラクターじゃなくて、ちょっと変なやつが好き。
気にいるかもしれない。
「ありがとうございます。」
そう言って、村田はぬいぐるみを鞄にしまった。
洗濯物を干して少し掃除をしたら、美桜は眠くなってしまった。
昨日、村田が帰ってくるまで待ってようと、睡魔と戦ったからだなあ。
ちょっと借ります、と思って、村田のベッドで布団にくるまる。
ほどよい村田のにおい。美桜はすぐに寝てしまった。
…お腹が空いた、と思って起きたら、もう12時だった。よく寝てすっきりした。
それにしてもくつろげる家だ。自分で綺麗にしたせいかな。本当に別宅みたい。
ソファで寝るのだけが嫌だな。今日は押入れの布団を借りよう。
村田のベッドがいいけど、一緒には寝られないし…。
…はあ。変なことしてるよなあ。
ママは「いいじゃない、起こしてあげれば」って軽く言ってたけど
健吾に言える?…言えなーい。きっと怒られる。
そこまでやらなくていいって言われる。
…でも、忙しい今だけでも、サポートしてあげたい。
今まで何もできなかった分、もう少しだけここにいたい。
そうだ、花を買ってこよう。ベランダにも緑を増やそうかな。
すると、電話が鳴った。ママからだ。
「もしもし」
「美桜?悪いんだけど、買い物行きたいから
運転してくれない?昼間は暇でしょ。」
「えー。うーん…。」
ここでのんびりしたかったのに。
「美桜、もしかして村田くんとセックスした?」
「え。してないよー。彼女でもないのに。」
「それくらいしてあげなさいよ。一番元気になるんだから。」
「そう?疲れるんじゃないの。」
「わかってないわねー。疲れている時ほど、男はしたいのよ。」
「ふーん。でも帰ってきて、すぐ寝たみたいだよ。」
「美桜に気を使ったんでしょ。…まあいいから帰ってきて。
夜まで暇なんでしょ。」
「…はーい。」
渋々返事をして、美桜は電話を切った。
いきなり元カレの家に三日も泊まってくるって言う娘に
そう、いってらっしゃい、って軽く送り出してくれる親なんて
なかなかいないよなあ。大事にしないと。
朝の残りの味噌汁と卵かけご飯を食べて、美桜は家に帰った。




