心配
徹夜続きの上、土曜は休日出勤した。
日曜日は何とか休めた村田だったが、疲れは全く取れていなかった。
入社一年目の俺でさえ、こんなに辛いんだから、
30代の課長はどんなに辛いんだろうか。
栄養ドリンクを飲みながら、近づいてくる課長を見て思う。
「昨日、彼女と会えた?」
「…いえ、会いませんでした。」
きっと俺のご機嫌を取ろうとしたんだろうな。
残念ながら本当は彼女ではないので、会っていません。
バツが悪そうな顔で課長は続けた。
「…あの、プログラムはちゃんと動いてるみたいなので、
マニュアル作ってもらえるかな…。」
「はい、わかりました。」
「お願いします。」
そう言って、課長は静かに戻って行った。
とりあえずプログラムが落ち着いてよかった。
マニュアル作りなら、多少ぼーっとしててもできるので
今の俺にはちょうどいいな。
美桜には、当分一食だけ作ってもらうようにお願いしたけど、
二食作ってもらっても良かったかな、なんて思いながら
心穏やかに仕事を始める村田だった。
美桜が村田の家の冷蔵庫を開けると、弁当は残っていなかった。
良かった。本当に食べられたんだ。疑ってたわけじゃないけど、ほっとする。
洗濯機を開けると、洗濯物はあまりない。かわりに、居間に洗濯物が干してある。
昨日、自分で洗濯したんだ。言ってくれれば、来て洗濯したのにな。
せっかくの休み、ちゃんと休めたのかなあ。
ご飯は何を食べたんだろう。やっぱりコンビニ弁当かな。…作ってあげたかった。
何かできることがあったら、電話してねって言ったけど、村田からの電話は来なかった。
やっぱり何もできないんだなあ。本当にただの家政婦は無力だ。
うん。やっぱりプロにはなれない。言われたことだけやるなんて無理。
もっと何かしたい。忙しい今だけでも、何かしてあげたい。
村田は私に何をしてほしいだろうか。考えながら、洗濯物を畳む。
…声が聞けて良かったって言ってたなあ。
村田からの電話を待ってるんじゃなくて、私から電話しよう。
昼休みが終わる少し前、村田の携帯電話が鳴った。
デスクで寝ていた村田が電話を見ると、美桜からだった。
「もしもし。」
言いながら立ち上がって、廊下に移動する。
「村田?ごめんね…電話して。」
「大丈夫だよ。何かあった?」
「えーと、何か食べたいもの、あるかなあと思って。」
「美桜の作るものなら何でもいいよ。」
「えー。何でもいいが、一番困るんだよー。」
「そうなんだ…じゃあ…うーん…。」
「昼ごはんは何を食べた?」
「ラーメン。」
「じゃ、油っぽくないものがいいね。」
「うん。やっぱり魚がいいな。」
「サッパリ系の魚料理にするね。」
「うん。よろしく。」
「…体、大丈夫?疲れてない?」
「少し疲れてるけど、大丈夫。」
美桜の声を聞いたら元気になった、って
この前はすんなり言っちゃったけど、あまり言わないほうがいいよなあ。
ガツガツするなって健吾にも言われたし…。
「家で待ってて、温かいご飯を出してあげたいけど、帰り遅いよね。」
「え?う、うん。今日は、そんなに遅くはならない予定だけど…。
でも絶対とは言えない…。み、美桜が帰れなくなっちゃうかも…。」
それでも俺は全然いいけど…。
今日は何とか理性を保てそうだし。…多分。
「そうだよねー。じゃあ無理かあ。」
いや、俺は全然いいんだけどね、うん。
そんなこと、言えないけどね。
「あ、もうすぐ1時だ。お昼休み終わるよね。何かあったら電話してね。」
「あ、うん。…じゃあね。」
電話を切る村田。
にやけてしまう顔を必死で抑える。
家で待っててあげたいけど、だって。もう、それだけでいいなあ…。
浸りながらデスクに戻ると、課長が待ち構えていた。
「彼女と電話してた?」
「あ、はい。」
「家で待ってたりする?」
「いえ、遅くなるかもしれないって伝えたんで、大丈夫です。」
「…悪いな。実は、また修正してもらいたいんだわ。」
課長がプログラムの修正内容を説明する。まあ、これくらいなら今日は帰れるな。
美桜と話して機嫌がいい村田は、笑顔で仕事を引き受けるのだった。




