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兄妹の異世界譚~妹は魔族に助けられ、兄は勇者として無双する~  作者: 歌井合点
最終章:反逆の勇者、そして新世界へ
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神へのディール、決着と永遠の別れ

この話がクライマックスと言っていいと思います。戦争の結末はいつもひとつです。それは人族だろうと魔族だろうと関係ありません。

ネザレム城の最上階――魔王の間。


壁に背を預け、腕を組んだまま瞑目する勇斗。

その姿を、魔王ラグナスはただ静かに見つめていた。


隣に控えるドレイヴァスの顔は強張り、額からは滝のように汗が(したた)る。


勇斗の身体にまとわりつく黒霧は、時折、獣のように激しく揺れ、意思を持つ生き物のようにのたうち回った。

その黒霧の波動が、床に転がる大量の屍を揺らす。


静寂の中で瞑想する勇斗の姿は、あまりにも異様で――

底知れぬ“何か”が、ドレイヴァスの足を石像のように固めていた。


「魔王様!」


異様な空気を振り払うように、グロム将軍の声が響いた。

グロムはその異様な光景に息を呑む。


魔王ラグナスの座る漆黒の玉座は無惨にも削ぎ落とされ、その傍らで萎縮しているドレイヴァスと、残骸に下敷きになって動かないバルザム卿の姿を目に留める。


「一体何が起きたんだドレイヴァス。説明しろ!」


巨体を揺らし怒鳴りつけるような声で近づいてくるグロムに、ドレイヴァスは小さく悲鳴を上げると、普段とは違う取り乱した姿にグロムは顔をしかめる。

その余りの狼狽ぶりに、話を途中で切り上げると、壁にもたれ瞑想する勇者の姿に視線を向けた。


赤い眼光に怒りの色が走る。

荒い息を吐き出し、背中の大剣に手をかける。


「待て!」


今にも飛びかからんとするグロムを制したのは、魔王ラグナスの一声だった。


ラグナスは立ち上がり、戸惑うグロムを押しのけるようにして勇斗の前へ歩み出ると、両手を広げ、まるで庇うように立ちはだかった。


「魔王様、やつが無防備な今が好機です。

 ここで排除せねば、この先必ず我らの障害となりましょう!」


グロムは片膝をつき、進言する。

だがラグナスは首を横に振った。


「彼は――私を殺さないと宣言した。

 ならば私も殺さない。

 この争いは、すでに目的を果たした」


「相手は人間。

 嘘をつき、その隙に魔王様のお命を狙っているのです。

 その前に手を打たねば……!」


「ならん」


短い一言。

だがその声音には、これまでにない“魔王の威”が宿っていた。


「魔王様、この場はわたくしに一任ください。

 決して後悔はさせません!」


「くどいぞ、グロム」


ラグナスの瞳が鋭く光る。


「我が名はラグナス。

 先代魔王バル=ザグルの意思を継ぐ者だ。

 すぐに兵を引き上げさせよ。

 ――この戦争は、もう終わりだ」


グロムは押し黙り、ゆっくりと頭を垂れた。


ラグナスは勇斗へ視線を向ける。

その瞳には、これまで見せたことのない光が宿っていた。



魔剣の核――精神世界では、勇者と邪神の一進一退の攻防が続いていた。


魔胎泉の揺らぎにより、ゼルスの黒霧は急速に力を失い、巨大化していた身体も、今では半分ほどに縮んでいる。


一方で勇斗のアウルリアは、生命力と信念の光を宿し、かつてない輝きを放っていた。


アウルリアが軌跡を描くたび、黒霧は爆ぜ、収束する前に霧散していく。


圧倒的な力を失いつつあるゼルスの顔には、これまで見せたことのない“焦り”が浮かんでいた。


「なんだこれは!

 一体何が起こってるんだ!

 なぜ集まらない……なぜ魔力が逃げるんだ!」


ゼルスは剛腕で黒霧を掴もうとするが、その手は虚しくすり抜ける。


叫びに答える者はいない。

だが――勇斗には理解できた。


ゼルスの周囲を飛び回る黒霧。

その動きは、ただの魔力ではない。

マジョルカたち純魔、そして真理の“願い”そのものだった。


黒霧はゼルスを囲み、笑いながら飛び回るように形を変え、まるで遊ぶように、挑発するように揺らめき――そして、消えていく。


ゼルスの魔力を奪いながら。


そんな滑稽な姿を、はるか高みから静かに見下ろす“二つの眼”があった。


暗闇の奥――その気配に気づける者は誰一人いない。

だがその影は、ゆっくりと、確実に“終焉”へ向けて動き始めていた。


屈辱に塗れたゼルスは、残った神核を暴走させ、相打ちを狙うように力を膨れ上がらせる。


だが次の瞬間――

空間の歪みが、ぴたりと止まった。


音も、揺らぎも、気配すらも消え失せる。

まるで最初から何も存在しなかったかのような、“絶対的な静寂”が降りた。


ゼルスが破壊した痕跡は露と消え、虚無の舞台に――新たな神が降臨する。


運命と均衡の神、アストレイア=ヴェルナ。


その光は、勇斗のアウルリアの輝きとはまったく異なる“神性”を帯びていた。


勇斗は思わず目を細める。

まがい物ではない、本物の神。

その存在感に、戦いの手が止まる。


アストレイアは静かに舞い降り、ゼルスと向かい合う。


ゆっくりと目を開いたその瞳には――怒りも、憐れみも、慈悲もない。

ただの“無”だった。


その瞬間、ゼルスはようやく理解した。

自分がこの空間に足を踏み入れた行為が、全てあの神によって仕組まれていたことに。


絶望に染まるゼルスを見下ろし、アストレイアは冷酷なまでに静かに宣告した。


「理を外れ、世界の均衡を著しく破壊した罪。

 ――《虚空の狭間》にて(あがな)いなさい」


その言葉を合図に、勇斗とゼルスの足元の闇が(うごめ)き始める。


深淵が裂けるような音もなく、天を突くほど巨大で禍々しい“門”がせり上がった。


絶対不可(ドント・)侵の沈黙骸門(ディスターブ)


無数の魔物や巨人の骨が折り重なり、表面には苦悶の表情で固まったドクロがびっしりと埋め込まれている。


骨が軋むような重低音だけを響かせながら、門はゆっくりと開いた。


その奥には――完全なる虚無。

光も音も存在しない、ただ“飲み込む”ためだけの空間。


門の奥から、黒い手や白骨の腕が無数に伸び、ゼルスへ容赦なく絡みついた。


(はか)ったな……ノクスゥゥゥッ!!」


ゼルスの叫びは、虚無に触れた瞬間に音を奪われる。


声なき絶叫を上げながら、ゼルスは抗う術もなく、深い闇の底へと引きずり込まれていった。


最後に、重々しい音響とともに門が閉ざされる。


その瞬間――精神世界から、ゼルスの気配は完全に消滅した。


アストレイアは勇斗に向き直り、静かに言葉を紡いだ。


「今回の事象は、私の監督不行き届きによるもの。

 あなたに負わせた負担は、本来あってはならないものでした」


それは謝罪ではない。

神が人へ向ける“認識の表明”──しかし、それでも十分すぎるほど異例だった。


勇斗は息を整えながら尋ねる。


「……全部、終わったのか」


アストレイアはわずかに目を伏せ、静かに頷いた。


その仕草を見て、勇斗の身体から力が抜けていく。


アウルリアを手放し、そのまま大の字になって倒れ込んだ。


輪郭は保たれているものの、光の粒子がふわりと舞い上がり、今にも消えてしまいそうな(はかな)さを帯びている。


それでも勇斗は、満足げに笑みを浮かべ、天を仰いで呟いた。


「……してやったりだ」


その姿を──アストレイアは、目に焼き付けるように静かに見つめていた。



勇斗が目を覚ますと、ぼんやりとした視線をアストレイアへ向け、驚いた表情を見せた。


「……あれ? まだいたんだ」


その無防備な一言に、アストレイアは思わずため息を漏らす。


「勇斗さん。戦争は終わりましたが、話はまだ終わっていません」


勇斗は「あぁ」と短く返し、ヒョイッと上体を起こして胡座をかき、神と向かい合った。


アストレイアは一つ咳払いをし、今後の処遇について淡々と告げる。


「あなたは勇者として魔王の存在を認めました。

 魔王もそれに応じた。

 今後は原住民たちの対話によって、新しい時代が築かれていくでしょう」


勇斗は黙って頷く。


「しかし世界の理は大きく変化しました。

 星の魔力は弱まり、元の姿に戻るまでには相当な時間が必要になります」


勇斗の表情が険しくなる。

アストレイアは続けた。


「そこで、あなた達兄妹に世界の管理者になっていただきたいのです。

 私はゼルスの野心を見抜けず均衡を崩した責任を取り、神の座を退きます。

 その後を──」


「待ってくれ!」


勇斗は掌をこちらに向け、神の言葉を遮った。


その行動にアストレイアは一瞬だけ驚き、口を閉じる。


一方的に話しすぎたのが気に障ったのだろうか。

それとも、神という次元の話に困惑しているのか。


アストレイアは勇斗の思考を読み取ろうと意識を向けた。

だが──読めない。


ノクスの精神世界の影響か、と一瞬考える。

しかし、この場所に来てからも千里眼は確かに働いていたはずだった。


理由が掴めないまま、厳しい表情を向けてくる勇斗が口を開くのを、アストレイアは静かに待った。


「なぜ、俺や玲奈が神になる必要があるんだ?

 俺はここで消滅しても構わない。でも玲奈は違う。

 あいつはこの世界で苦労しながら生きてきた。

 またあの村に戻って、普通の生活をさせてやれないのか?」


勇斗は、悲しげな目で神を見つめた。


──この状況で、自分より妹の心配をする余裕。

ゼルスには決して理解できないであろう“人間の強さ”が、そこにあった。


思わず、アストレイアの口元が緩みそうになる。

だが感情は表に出さない。

神として、それは最後まで貫かねばならない。


「貴方が消滅すると、魔王との盟約が反故になります。それはできません。

 玲奈もまた神の存在を知ってしまった以上、下界へ戻すことは……極めて難しいでしょう」


アストレイアは淡々と事実だけを述べた。


勇斗は視線を落とし、顎に手を当てて考え込む。


「それって……他の方法はないのかねぇ」


低く呟く声は、独り言のようでいて、どこか探るようでもあった。


「だってさ。あんたはこの世界の神なんだろ。

 神ってさぁ……何でもできそうな気がするんだよね。

 無いんだったら、作ることができるんじゃないのかなぁ」


まだ下を向いたまま、ぽつりぽつりと言葉を落とす。


そして――勇斗は顔を上げた。


その表情は悪戯を思いついた子どものように、歯を見せてニッと笑っている。


「ねぇ、俺さ。このまま消滅するわ。

 そしたらあんたは困るだろ。だけど俺には関係ない。

 あんたは神を引退できず、この難題を解決しなくちゃならない。

 でもまあ、しょうがないよね。俺の言うこと聞いてくれないんだもん。へへっ」


その言葉に、アストレイアは思わず身を引いた。


眉間がピクリと痙攣する。


神に対してこの肝の太さ。

そして、まさかの“消滅を交渉材料にする”という発想。


予想外のディールを持ちかけてきた勇斗に、アストレイアは一瞬、言葉を失った。


──過去の勇斗の行動パターンやポコポンとのやり取りを思い返し、自身の発言を今更、悔やむ。


「そ、それは……妹の神格化は承服しかねるから、なんとかしろ……と、おっしゃるのですね」


「いやぁ、神様に向かっておこがましいお願いなんですけどね。

 聞いてもらえれば、消滅しなくてもいい“かもしれない”とか思っちゃいまして」


勇斗は頬を緩め、ヘラヘラと笑っていた。


──“消滅させる”よりも、“消滅したい”と言われる方が怖い。


そんな感覚を覚えたのは、アストレイアにとって初めてだった。


喉の渇きを誤魔化すように、密かに生唾を飲み込む。


「……玲奈の記憶は、一部を改ざんすれば問題ありません。

 エル=ノアの環で神と遭った記憶、精霊に祈りを捧げた記憶、そして貴方がネザレムへ向かった記憶──

 これらを消去し、“兄はルミナ王国で勇者として頑張っている”という記憶に置き換えます」


勇斗は黙って聞いている。


アストレイアは続けた。


「ただし、貴方だけを神にする場合は、その……気の毒ですが、貴方の記憶から、妹に関する全てを完全に消さねばなりません。

 神となった貴方が、玲奈を優遇する可能性を排除す──」


「オッケーです」


「……は? 今、何と」


アストレイアは耳を疑った。


あまりの即答に、思わず呆気に取られて聞き返してしまう。


勇斗は「よっこらしょ」と軽い掛け声を上げて立ち上がると、実体のない身体で大きく伸びをした。


「それで、いいよ。俺が神の役目を承ります。

 あー神様ってどうやればいいんだろ。

 ま、なってから考えればいいか」


勇斗は、まるで近所のスーパーに買い物を頼まれた子どものような自然体で、あっさりと神の提示した条件を飲み込んだ。


その軽さとは裏腹に、決断する内容はあまりにも重い。


──逆に、アストレイアのほうが動揺してしまう。


「勇斗さん。即決なさらずとも

 考える猶予はまだ十分あります。

 なんなら玲奈さんと意識を繋いで相談してからでも──」


「お断りします!」


再び、勇斗は掌をこちらに向けて神の言葉を遮った。


その目は鋭く、威嚇されているようで、神であるはずのアストレイアですら一瞬たじろぐほどだった。


「あいつはもう、子供じゃないんだ。

 俺みたいな兄貴は必要ない。

 きっと他の仲間が支えてくれるよ。

 それにさ……」


勇斗は顔を上げ、暗闇に沈む空間をまっすぐ見つめた。


アストレイアは息を呑む。


「俺の人生は、俺が決める!

 神にも妹にも文句は言わせねぇ!」


その叫びは、まるで世界そのものに宣言するかのように、暗闇の中へ響き渡った。


アストレイアは言葉を飲み込み、その決意を静かに受け止めた。

どうやって終わらせるか考えていたんですが、あまりいいアイデアが出なくて困りました。沈黙骸門はありがちなシーンですが、ノクスの作り出した精神世界は勇斗を囮として使ったわけですね。でもそれではルビをふった意味がない。それは後日譚で明らかにします。


問題はその後でした。戦争を終わらせても精神世界に行った勇斗を戻すのは、大変です。もっと大変なのは勇者の存在をどう残すか。どっちに向けても解釈が難しいエンディングになりそうです。

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