新しい世界(それぞれの日常)
エンディングはその後のみんなの生活を垣間見る回にしようと思っていたのですが、書いているうちにあることを思いついたので、完結できませんでした。
ともかく、勇斗以外のその後を書いています。
誰もいないはずの操縦室に、高飛車な声がふわりと広がった。
「もぅ、せっかく直してあげたのに、随分無茶なことしたわね」
沈黙。
「でも、まあ。あなたのお陰で助かったのも事実」
沈黙。
「ありがとう、エリス。……ゆっくりお休み」
「………、、、お……」
主を失った空間で、エリスの微かな声は、眠りに沈む光の粒子となって静かに溶けていった。
◇
リュミエ村には、朝の活気が満ちていた。
木々のざわめき、焚き火の匂い、店を開く音――精霊の沈黙に一時は不安が広がったが、首長ロルガたちの導きにより、村は以前のような賑わいを取り戻しつつある。
「あ、レナ! お早う。今日は早仕舞だから、開店直後からガンガン売り込むわよ」
「もう、ミリナったら。朝から元気いっぱいね」
玲奈はふと、天井を見上げた。
平和な朝。満ち足りた日常。それなのに、何か忘れているような、不思議な感覚があった。誰かと、とても大切な約束をしていたような――そんな微かな疼き。
ガチャ、と扉が開く音で、玲奈は我に返った。
「お早うございまーす!」
「お早う、リアナ」
「来たわね。じゃあまずは森猪の炭火焼きを……」
「朝は黒樹の灯火粥でいきましょ。リアナ、準備お願い」
「はい! すぐ支度します」
「あの、森猪は……」
玲奈は苦笑しながら首を振り、いつもの朝の喧騒に身を委ねた。改ざんされた記憶の断片を埋めるかのように、村の温かさが彼女を優しく包み込んでいた。
◇
ルミナ王国、職人街のアークフレイム工房。
店先では、テオが鍋を覗き込む客に向かって、自作の魔道具を身振り手振りで売り込んでいた。
「お客さん、これ俺が作った万能包丁! なんでも簡単に切れちゃうすぐれものなんだ。一家に一本、ねぇ、安くしとくよ!」
「テオ、押し売りしない。お客様が困ってるじゃない。ゴメンナサイ、お客様。その鍋はですね……あ、ミュリ! ゴメン、あとよろしく!」
リゼットはお客をテオに押し付けるようにして、親友の姿を見つけるなり玄関へ一目散に駆けていった。
「……はぁ」
残されたテオは深いため息をつき、気を取り直して接客を始める。
「えーっとですね、この鍋の特徴は――」
工房の朝は、今日も騒がしく、そして平和だ。
◇
エルディア工房。
ショーケースに並ぶ武具を前に、第一中隊副隊長の青年カイルは真剣な眼差しで一点を見つめていた。
幻鋼で作られたという一本のナイフ。刀身は淡く光を放ち、柄には繊細な装飾が刻まれ、その存在価値を高めている。
そんな彼に、マスター技師ゼルヴァが豪快な笑顔で肩を叩いた。
「よう、カイル。その”ヴェイル・リフレイン”は自信作だ。少々お高いが、今のお前なら十分使いこなせるだろう。サブウェポンとしてどうだ?」
「少々……ですか」
カイルの視線が値札へと滑る。
「ご、5万ルム!? 王紋金貨より高いじゃないですか!」
「なーに、分割にすれば問題ない。まあ、百年以上かかると思うがな。アッハッハッハ!」
ゼルヴァの豪快な笑い声が工房に響き、カイルは肩を落としたまま天井を仰いだ。
◇
イーストバロニア連邦、灰鱗工房。
職人街の外れに佇むその工房は、黒い火山岩で積まれた重厚な外壁と、灰色の鱗を模した鉄製の看板がひときわ目を引く。
ドワーフ一族が代々受け継いできたメインファーネスには、今日も真っ赤な炎が脈打つように燃え盛っていた。
カン、カン、カン。
金床に打ち付けられる金属音が、徐々に音質を変えながら工房全体に響き渡る。
冒険者ムスカは無心で鉄塊にハンマーを振り下ろしていた。その姿を、祖父ムアールと父ムサシが黙って、しかし職人の眼差しで真剣に見守っている。
工房の外壁に背を預け、金属の匂いに鼻をひくつかせながら、ミレーヌはリズミカルに響く打撃音に耳を澄ませた。彼女の灰色の耳が、わずかに嬉しそうにピンと立っていた。
◇
大ギルドの執務室。
革張りの高級チェアに深く腰を沈め、神妙な顔つきで唸る男――ゼファン・クロウヘルム。
彼の周囲には決済待ちの資料が山脈のように積み上がり、世界の混乱のしわ寄せが、この部屋に局地的災害をもたらしていた。
コン、コン。
扉をノックする音と共に、獣人女性の秘書が入室する。彼女は一瞬だけ“うわっ”という顔をしたが、すぐにプロの表情に戻り、淡々と業務報告を終えると、手に持っていた資料を山の頂へそっと積み上げた。
――ゼファンの顔が半分埋まる。
最後に彼女は一通の手紙をテーブルに置き、何事もなかったかのように退出していく。
扉が閉まると同時に、ゼファンは魂が抜けたように大きく息を吐き、手紙を手に取った。
「……ん?」
視線が止まる。それはルミナ王国からの極秘の書簡だった。
彼は紙を顔の近くまで引き寄せ、眼帯で片目になった瞳を見開き、食い入るように読み返した。
そして――勢いよく立ち上がった。
倒れる高級チェア。雪崩を起こす資料の山。床一面に広がる紙の海。
だがゼファンはそんな惨状など一切気にせず、両手の拳をぐっと引き寄せた。疲労に満ちていた顔に生気が戻り、真っ白な歯を見せて不敵に笑う。
◇
「がっはっは! オメェら観念しな! この勇者レジーヌ様の目が黒いうちは、世の悪行は見逃さねぇ!」
悲鳴を上げながら縛り上げられる窃盗犯グループの主犯レオン。その横で、レジーヌは勝鬨をあげて胸を張る。
とある街で起きた窃盗騒ぎは、民衆を巻き込んだ大捕物へと発展した。実行犯から首謀者まで一網打尽にしたレジーヌは、スキンヘッドを太陽のように輝かせ、“ご当地ヒーロー”としてその勇姿をアピールしている。
そしてなぜか、その隣にはミュリエルがいた。
少年のような装束を纏い、黒髪のカツラを被り、ルミナ王国の紋章が刺繍されたマントを靡かせて、聖刀アウルリアを天高く掲げている。
「レジーヌ様だ!」「ユウト様もいるぞ!」「勇者様!」
野次馬たちの歓声が一斉に上がる。いつの間にか彼らはこう呼ばれるようになっていた。
『頭が眩しく厳つい戦士・勇者レジーヌ』
『寡黙な戦士・勇者ユウト』
その喧騒の影から、鋭い眼差しを向ける高身長の男がいた。漆黒の髪をオールバックに整え、片眼鏡を光らせるルミナ王国元執事――クラウス・ヴェルディン。
彼の口元には、何かを企んでいるとしか思えない薄い笑みが浮かんでいた。
◇
ノクスの作り出した精神世界。
創造神アストレイアの条件を受け入れ、神としての責務を負う決意をした勇斗の意識は、暗闇へと静かに溶けるように散った。
同時に、下界の魔王の間で瞑想していた勇斗の肉体は、その姿勢を保ったまま急激に石化していく。まるで、この世界に未来を残すための代償を支払うように。
完全に石像と化した勇斗を見つめ、少年魔王ラグナスはゆっくりと目を閉じ、頭を垂れた。
魔王軍が撤退したという報せは、すぐにセントリア連合軍のグラント皇帝の元へ届けられた。それを伝えたのは、グロム将軍を退けたイザベル・クローディアである。
「魔王軍が退いた? 勇者はどうした? なぜ我々に無断で動いた!」
「皇帝陛下。私が説明する義務はありませんわ」
傲慢な態度を崩さないイザベルに空気が凍りつく中、その場を救ったのは騎士団長レオニスだった。
「陛下。模擬戦の日程ですが、勇者が帰還してからすぐに使者を送ります。それで、そちらの勇者なんですが……」
皇帝の怒りを巧みに興味へと逸らし、場を収めたレオニスは、後日代表団を率いてネザレムへ赴いた。新たな停戦協定を合議するためだ。
だがそこでレオニスが直面したのは、勇斗の身体が石化したという衝撃の事実だった。
魔王ラグナスは少年の姿でありながら、その場の空気を支配するほどの威厳を放ち、嘘偽りのない事実であると静かに主張した。
傍らでは、衝動を必死に抑え込むグロム将軍、挙動不審に視線を泳がせるドレイヴァス、そして深い沈黙で場を圧するベルグラント。彼らの反応が、ラグナスの言葉を裏付けていた。
レオニスはその空気を読み取り、重い真実を受け取るしかなかった。
◇
ルミナ王国、王城の一室。
重苦しい沈黙の中、円卓を囲む重鎮たちの顔には一様に疲労と苦悩の色が濃く滲んでいた。
ルシアス王、セレーネ王妃、ガルディアス宰相。エルダリア公国を代表するティアナ公女に、大賢者レノ、戦士ネル、精霊使いフィナ。そして、亡命を求めたクラウスとイザベル――。
会議はレオニスからもたらされた信じ難い凶報からはじまる。
勇斗の石化。
世界の精霊力が著しく減衰し、魔法が失われるという未曾有の危機。
この前代未聞の問題を解決できる秘策など、誰の口からも出てこない。
重い空気を破ったのは、ティアナ公女の凛とした声だった。
「ユウト様は、自らの命を賭してこの世界を繋ぎ止めてくださいました。私たちが今為すべきは、彼の決断に心からの感謝と哀悼を捧げ……彼が遺した『魔族との共存』という希望の道を切り拓くことです」
その真っ直ぐな言葉に、皆が痛ましくも力強く頷く。しかし、この盤上には伏せられた札があった。
ネザレム近郊へと放たれた長距離魔導殲滅兵器”ヴァルハラ・ランス”。その圧倒的な光の柱の存在を、ルシアス王は意図的に口にしなかった。王の静かな視線を受け止めたイザベルもまた、己の胸の内にその真実を固く封じ込める。
新たな停戦協定は、魔王と勇者が交わした盟約を礎として草案が練られた。だが、その平和の体裁を保つためには、”勇者の生存”が最重要課題となる。
会議の末、セレーネ王妃の恩赦によりクラウスへの処分は執行猶予付きとなり、イザベルもまた戦争終結の功績が認められ免責とされた。
後日、ネザレム城から秘密裏にイザベルの研究施設へと運び込まれた石化した勇斗の肉体は、あらゆる解析が試みられたものの、原因不明のまま生命活動の再開には至らなかった。
最終的に彼の肉体は特殊な保管装置へと封入され、誰もその存在を知らない王城地下・魔導封印室「第七層」四次元アーカイブの片隅に安置されることとなった。
彼は人知れず、崩れゆく世界の均衡を保つ“錨”として、永き眠りについたのである。
そして――クラウスはルシアス王から極秘の密命を受けた。
それは、“勇者ユウト”の象徴化計画――勇者不在を隠匿し、世界に平和の抑止力を保たせるための影の任務である。
クラウスが密かに名付けたその作戦名は、”黎明の継承計画”。
勇者の名を絶やさず、この世界に新たな夜明けをもたらすために。
「私、やる。ユウトの願い、叶える」
決意に満ちた瞳で、ミュリエルがその過酷な役目を引き受けたのだった。
◇
イーストバロニア連邦、連邦議事堂――“蒼穹の間”。
青と銀のモザイクガラスが天井一面に広がり、降り注ぐ光がまるで天空そのものを閉じ込めたかのような神聖な空間。
その中央で、黒羽を折り畳んだ連邦総督ドン・ギルガメッシュが、鋭い鷹の眼光を光らせた。
「イーストバロニア連邦は、二人の勇者の功績を称え、新たな時代の幕開けを宣言する!」
総督はゆっくりと漆黒の翼を広げ、朗々たる声で告げた。
「この機を祝して、本日を『平和の日』と制定する!」
総督の宣言は、連邦が誇る広大な諜報網を通じて瞬く間に世界中へと拡散されていく。ギルガメッシュが杖を軽く鳴らすと、ゼファンをはじめとする幹部たちが歓声を上げた。
勇者レジーヌ。勇者ユウト。
その名は“平和の象徴”として世界を駆け巡る。各地で祈りが捧げられ、街では祝典が開かれ、人々はようやく戦乱の終わりを実感した。
世界は今、確かに夜明けへ向かっている。
◇
リュミエ村。黒樹の祭壇前。
すっかり日が沈み、村は深い静寂に包まれていた。空に浮かぶ三日月の淡い光と、住人たちが掲げる松明の炎だけが、広場を柔らかく照らしている。
広場の中央。丸太で組まれた櫓の上には、二つの棺――眠るように息を引き取った真理と、ネザレム城で身を挺して散ったグレイヴが、色とりどりの花に囲まれ静かに横たわっていた。
ロルガはゆっくりと周囲を見渡し、住人一人ひとりの顔を確かめる。
ラグス、ヴァルド、玲奈、ミリナ、リアナ、トゥーリ、エルネア、セドリック、ノドム、そしてミリカ。
皆が櫓に向けて、遠い記憶を辿るような悲痛な目をしていた。
ロルガの低く祈るような声が響く。それに導かれるように、玲奈たちも静かに目を閉じ、二人との別れを胸に刻む。
やがて、広場に完全な沈黙が降りた。
住人たちは松明を櫓の根元へ差し込む。炎が丸太へ移り、赤い炎がゆっくりと立ち昇る。パチ、パチと乾いた音が夜気を裂き、炎は二人を包み込んで天へ届く火柱となった。
玲奈はその炎を、ただ愛おしそうに見つめていた。
涙は見せない。そう決めていたはずなのに――視界が滲み、頬を伝って温かい雫が落ちていく。
真理への哀悼、グレイヴへの敬意。それに思い出せない何かが胸を締め付けていた。
その震える肩に、そっとヴァルドの腕が回された。
彼は何も言わず、ただ玲奈を支えるように櫓を見つめている。
玲奈は顔を預け、堪えていた嗚咽を、久しぶりに人目を気にせず零した。
夜空に昇る炎は、まるで彼らの魂が、静かに天へ帰っていくかのようだった。
次回がラスト回(5月17日17:50更新)となります。ここまで長らくお付き合い頂き、本当にありがとうございます。
思えばAI技術の急速な発展により、これまでにないアプローチで小説を作れるという時代に入り、実験的に始めた話でしたが、情景描写やネーミングセンスなど、自分にはない引き出しで想像力が膨らみ、かなり蛇行しながらではありましたが、こうやって最終回を……。
まだ書いてませんでした。
次回は勇斗の神様ぶりを書こうと思います。お楽しみに。




