沈黙する世界と反逆の魔女
別にクライマックスを目前に引っ張ってるわけではありませんよ。決してそんな字数を増やしたいからって……。ちょっと……そういう気持ちも、ないこともないです。
玲奈の祈りは、静かに――しかし確実に、
アストラル大陸全域へと広がっていた。
精霊信仰が最も強いエルダリア公国では、
精霊との結びつきに敏感な者たちが、
森のざわめきとともに“異変”を察知し始めていた。
蒼樹の聖堂。
リオルは作業の手を止め、怪訝な顔で天井を見上げる。
「……なんか、静かじゃねぇか……?」
「リオル、手が疎かになってるわよ。
お兄さんがいないからってサボったら、また報告しますからね」
向かいで作業するセレインは、
机に視線を落としたまま淡々と告げた。
「違う! サボろうなんて思ってねぇよ。ただ……なんとなく……」
リオルは慌てて否定しつつ、
席を立って聖堂の入口へ歩き出した。
「ほら、言ってるそばからサボってるじゃない!
ねぇ、どこへ行く気なのよ!」
セレインは苛立ち混じりに声を上げる。
だが次の瞬間、彼女は息を呑んだ。
ファルドも、神父エルダンも、
神妙な顔つきで周囲の気配を探っている。
セレインは立ち上がり、右手をかざした。
掌を上に向け、静かに魔力を感じ取る。
「……水の精霊の気配が……薄い……?」
「エルダン神父! 水の精霊が応じません!」
呼ばれたエルダンは、
深い緑の瞳でセレインを見つめ、静かに頷いた。
しかし、言葉は発しない。
「俺の……樹の精霊もだ。
呼びかけても返事がない……どうしてだ……?」
ファルドが戸惑いの声を上げる。
セレインは唖然としたまま立ち尽くした。
「おーい、風よ! 返事しろー!」
リオルは外へ向かって大声を張り上げる。
しかし、いつもなら元気にパチパチ弾ける風の精霊たちが――いない。
聖堂の外でも、
精霊と深く関わるエルフたちがざわめき始めていた。
不安が、静かに世界へ広がっていく。
◇
ルミナ王国・西地区
第三中隊魔法訓練場。
模擬戦闘闘技場に空いた巨大なクレーター。
その最奥に鎮座するのは、王国最強の魔導砲塔――
ヴァルハラ・ランス。
国王の承認を受け、
第二波の発射準備が進められていた。
だがその兵器にも、
玲奈の祈りによる“世界の変化”が静かに及び始めていた。
(……充填率が上がらない?)
操縦席で制御パラメーターを睨むエリスの瞳が揺れる。
戦闘モードの虹彩がリング状に光り、
魔導回路が瞳の奥に浮かび上がる。
『充填効率低下……チャージ完了時刻算出……エラー』
エリスの指が高速で操作盤を叩く。
魔導繊維が皮膚の下で淡く脈動し、
背面の魔力制御フィンが微かに震えた。
「バイパス回路変更。安全装置解除。
すべてのエネルギーを砲身に収束」
だが――
パラメーターの充填率は二十三パーセントのまま、
ぴたりと停止した。
エリスの指が、凍りついたように止まる。
次の瞬間、
メイン電源が落ちた。
制御パネルの光が一斉に消え、
操縦席は闇に沈む。
暗闇の中で、
エリスの瞳と魔導繊維の紋様だけが淡く光り、
静かに操縦席を照らしていた。
エリスは無言のまま、
映らなくなった制御パネルを見つめ続ける。
その表情は変わらない。
だが――
その沈黙こそが、
“世界の異変”を誰よりも正確に理解した証だった。
◇
影の山脈の裾野に広がる極寒地帯。
魔胎兵の大群が押し寄せる最前線に、
白銀の光を反射させるスキンヘッドの男がいた。
ノルディア帝国の勇者レジーヌは血が沸き立つような高揚感に、
白い歯を見せて笑った。
「ハッ、来いよ化け物ども!」
その隣でルミナ王国近衛騎士団長レオニスも、
豪快に笑い飛ばす。
「面白くなってきたじゃねぇか!」
土煙を巻き上げながら迫る魔族の集団。
セントリア連合軍は左右にフロート状の防御壁を展開し、
魔胎兵の動きを狭めて“個体ごとに叩き潰す”戦術を取っていた。
防御壁はルミナ王国の魔光石で補強された魔導障壁。
その間を縫うように、ヴェルト率いる第三中隊・魔導戦術軍が魔法を放ち、
セレス率いる第二中隊・遊撃偵察軍が、
遠距離攻撃で魔胎兵の進軍を押しとどめる。
前線の最先端には――
グラント皇帝、軍務卿バルグリム、レオニス、レジーヌの屈強な面々が並び立つ。
丸太のような腕と岩のような胸板を持つグラント皇帝が、
巨大な戦斧を振り回すたびに魔胎兵が紙屑のように吹き飛んだ。
軍務卿バルグリムも負けじと戦斧を豪快に振るい、
狂気的な破壊力を見せつける。
その姿に兵士たちの闘志がさらに燃え上がる。
「”地隆壁”!」
レジーヌの腕輪が輝き、
大地が隆起して土壁がせり上がる。
その隙間を補強するように、ヴェルトが魔法を重ねた。
「”断重界”!」
重々しい黒壁が魔胎兵の行く手を遮り、
迷路のように大地を変形させて戦力を分断する。
作戦は順調に進んでいる――
誰もがそう思っていた。
だが、司令塔で戦況を俯瞰していたはずのグロム将軍の姿が消えていた。
その不在が、
玲奈の祈りによって揺らぎ始めた世界に、
暗い影を落としていた。
左右に展開された防御壁に、
小さな綻びが生まれる。
次の瞬間――
壁は粉砕され、
決壊したダムのように濁流の如く魔胎兵がなだれ込んだ。
「突破された! 引け! 一旦退却せよ!」
セレスが声を張り上げる。
それは作戦ではなく、
“異変”と重なって起きた敗北の号令だった。
少し時間を遡る。
「あれ……? 大気中の魔力が……練れない……?」
魔法兵の一人が震える声を上げた。
さっきまで土魔法を放っていた手から、
光が急速に弱まり――消えた。
魔力切れのように見える。
だが、交代したばかりの魔法兵も同じ症状を訴えた。
「水が……出ない……」
「風が……反応しない……」
「なんでだよ……!」
唯一、火の魔法だけは辛うじて発現していたが、
その火力は明らかに縮んでいた。
「そんな同時にか……?
回復薬を補充しろ! 急げ!」
だが回復薬を飲んでも、
世界の法則そのものが書き換わったかのように魔法は戻らなかった。
セレスの顔に焦りが走る。
「まずい……弓兵だけじゃ抑えきれない……!」
その時――
魔導障壁の一つが爆散した。
轟音と衝撃波が襲いかかり、
セレスは腕で顔を庇いながら踏みとどまる。
濛々と立ち上る土煙。
その奥から、地響きを伴って現れた黒い影。
セレスは目を見開き、
全身を硬直させる。
岩のような筋肉。
黒鉄色の皮膚。
肩や腕に角質化した装甲の突起。
赤く光る一つ目。
背に大剣を背負った黒鎧の巨漢。
――グロム将軍。
魔導障壁と並び立つほどの巨体を揺らし、
一歩踏み込むごとに、大地が震える。
「化物め……ッ」
セレスは歯を食いしばり、
グロムを睨みつけた。
その背後から、魔胎兵の群れが次々と姿を現す。
戦況は一変した。
悲痛な叫びが戦場に飛び交う。
「弓兵は前方のデカブツに総攻撃!
距離を保って後退! 構え――放て!」
セレスの号令とともに空を切る音が鳴り響き、
無数の矢が放物線を描く。
だがグロムは、背中の大剣に手をかけることすらなく、
太い腕で降り注ぐ矢を払うように大きく円を描いた。
巻き起こる突風。
矢は方向を失い、バラバラと地面に突き刺さる。
そして――大地を震わせる咆哮。
「魔族の敵を殺せぇぇ!!
皆殺しだぁぁ!!」
「うおぉぉぉ!!」
魔胎兵たちが剣を振り上げ、
極寒の大地に絶望の咆哮が木霊した。
◇
「西側の防御壁が……突破されました……!」
魔法兵が泣きそうな顔で、
息も絶え絶えに報告した。
「そっちもか……こりゃまずいな」
ヴェルトは険しい表情で呟き、
前線で剣戟を響かせるレオニスの元へ駆け出した。
防御壁が壊されたのは西側だけではない。
東側でも同じ“魔力切れ”が起きていた。
これまで経験したことのない異常。
ヴェルトの脳裏に、信じがたい仮説が浮かぶ。
「……神様に見捨てられたってか。クソッ」
事態は急を要する。
判断を誤れば、国レベルではなく、この世界そのものが終わる。
「ユウト……一体どこで何をしている……」
ヴェルトは自嘲気味に笑い、
口元を歪めた。
魔胎兵にとどめを刺したレオニスに向かって、
ヴェルトは大声で叫ぶ。
「レオニス!
防御壁が突破された! 魔法兵が使い物にならねぇ!
陣形を――パターンBに移行しろ!」
パターンB。
それは“作戦失敗”を意味する隠語。
レオニスは振り向き、
ヴェルトに向かって無言で剣を高く掲げた。
その顔は――戦乱の中とは思えないほど、
清々しく、爽やかだった。
まるで、「任せろ」と言わんばかりに。
◇
多勢により凶悪化した魔胎兵を前に、
魔法が使えなくなった魔法兵たちは剣や槍を手にするも、実力の半分も発揮できず、
次々と退却を余儀なくされていた。
セレスたち弓兵も圧倒的な圧力に押され、
窮地に立たされていた。
「……ここまでか」
セレスのため息混じりの呟きが、
絶望の空気に溶けていく。
その声を跳ね返すように――
後方から、耳に馴染んだ優雅な声が響いた。
「”光滅方陣”」
大地に巨大な光の魔法陣が展開し、
幾何学的に分裂しながら空中へと浮かび上がる。
次の瞬間――
光の杭が、雨のように降り注いだ。
進軍する魔胎兵たちの身体が一斉に硬直し、
魔胎核が焼き切られる音が戦場に響く。
あのグロム将軍でさえ、
その巨体をわずかに止めた。
セレスは振り向き、目を見開く。
「イザベル様……!」
紫のローブを翻し、
光の残滓を纏ったイザベルが土煙の向こうに立っていた。
大気中の魔力が枯渇したこの空間で、彼女だけが常識外れの魔力を放っている。
イザベルは肩をすくめ、皮肉げに笑う。
「勘違いしないで。
あなたたちを助けるつもりなんて、これっぽっちもないわ。
ただ――この現象、興味深いだけよ」
セレスは即座に駆け寄ると、イザベルに現状を簡潔に整理して報告した。
それを聞き流すように頷きつつ、
先ほどの光に耐えたグロム将軍へ視線を向ける。
「ふーん……あの娘に、誰かが入れ知恵でもしたのかしら。
でも裏目に出ちゃったみたいね。ざぁーんねん」
「は? あの娘とは一体……」
困惑するセレスに、
イザベルは「こっちの話よ」と軽く手を振ってはぐらかした。
「じゃあ、あとは私がやっとくから。
あなたたちは下がりなさい。
いつまでもここにいられると迷惑なの」
「あっちの隊長さんたちにもよろしく伝えておいてね。
じゃないと――私、責任もてませんわよ」
一方的に告げると、
首を傾げるセレスを置き去りにして歩き出す。
向かう先は、白煙を上げながら立ち尽くす“怪物”グロム将軍。
イザベルの光の杭に貫かれたグロムの岩肌は、
焼けただれたケロイド状に変形し、両腕は力なく垂れ下がっていた。
しかし――
その片方の赤い眼光だけは、
まるで鬼神のように鋭く、
怒りに震えていた。
「イザベル様!」
セレスが叫ぶ。
イザベルは振り向かず、
手を左右にひらひら振りながら陽気に返した。
「急いでねー」
その背中を見つめ、
セレスは背筋を伸ばし、敬礼した。
「全員退避!
最終防衛線まで全力で後退!
手の空いている者は負傷者を介助!
全員、生きて家に帰るぞ! 急げ!」
「はっ!」
兵士たちの声が揃う。
さっきまで諦めかけていた瞳に、再び光が宿っていた。
イザベルの存在が――戦場に希望を取り戻したのだ。
イザベルはグロム将軍の前で立ち止まり、
小さくため息をついた。
「まったく……暴れすぎよ、あなたたち。
少しは静かにしてもらわないと、おちおち観察もできないじゃない」
指先を軽く弾く。
「”光輪封界”」
大地に光の輪が走り、
幾何学模様のリングが次々と立ち上がる。
光輪は柱のように空へ伸び、
戦場全体を包み込むように広がった。
次の瞬間――
魔胎兵たちの身体に光輪が巻き付いて一斉に硬直した。
黒霧が押しつぶされるように沈み、
魔胎核の魔力循環が乱れ、動きが完全に止まる。
グロム将軍もまた、
その巨体をわずかに震わせながら動きを止めた。
「……ぐ、ぬ……!」
光輪が軋む。
イザベルは肩をすくめた。
「まあ、あなたくらいならその程度よね。
でも十分。時間は稼げたわ」
グロムの赤い一つ目が、
イザベルの深紅に染まった瞳を覗き込む。
「……貴様、人間ではないな。
その悍ましい魔力の波長……同族か……!」
その問いに、イザベルは小さく失笑した。
目を細め、愉悦を含んだ声で告げる。
「そういう鋭いところ、私……嫌い」
「ぐぁッ!」
イザベルの瞳がさらに深く、
深淵を覗き込むような禍々しい赤へと染まった瞬間――
グロムを縛る光輪から、茨のような光のトゲが生まれた。
それは生き物のようにうねり、幾重にも絡みつき、
頑強な岩肌へ軋みながら食い込んでいく。
光属性でありながら、その本質は底知れぬ『闇』。
グロムの巨体が震え、
苦痛に耐える低い唸りが漏れた。
イザベルはその声を楽しむように微笑む。
「あなたたち、こんなところで油売ってていいのかしら。
今頃――魔王が勇者に倒されているかもしれないわよ?」
「な……ッ!」
グロムの一つ目が大きく見開かれる。
イザベルが指を軽く回すと、
光輪は霧のようにほどけて消えた。
拘束から解放されたグロムは、
その場に膝をつき、荒く息を吐く。
そしてグロムの拳が何度も地面に叩きつけられる。
その度に地面は抉れ、大地を揺らす。
その後グロムは立ち上がると、屈辱に震えながらも踵を返し、イザベルに背を向けた。
◇
セレスからの報告を受け、レオニスは即断した。
「全員退避! 最終防衛線まで後退する!
皇帝! 一旦退いてください!」
皇帝は戦斧を魔胎兵の頭蓋に叩き込み、
野獣のような雄叫びを上げる。
その姿は、戦いに飢えた戦士そのものだった。
「皇帝! 号令をお願いします!」
レオニスの要請に、
血走った皇帝の目が「嫌だ」と訴える。
レオニスは頭を押さえ、苦笑した。
逡巡――そして、何かを思いついたように手を叩く。
「じゃあ、あれだ。
今度、うちの勇者と模擬戦をやりましょう。
日程調整をしたいんで、一旦要塞に戻りませんか?」
努めてにこやかに相談を持ちかける。
もちろん、勇斗には一切相談していない。
皇帝の目が揺れた。
レオニスはすかさず畳みかける。
「前哨戦として、そちらの勇者殿との模擬戦も組みましょう」
皇帝は戦斧を引き抜き、肩に担いだ。
そして歯をむき出しにして笑う。
「バルグリム! 一時撤退だ!
ドルガンに伝えろ! レジーヌにも声をかけろ!
ドワーフ一族の晴れ舞台だ!」
皇帝は上機嫌に笑った。
レオニスは胸をなでおろし、
内心で勇斗に軽く謝罪する。
そんな時――
魔胎兵たちの動きが止まった。
身体に、光輪が巻き付いていた。
「……イザベルか」
レオニスは呟き、振り返って剣を掲げた。
「我々は最終防衛線まで撤退する!
時間をかけるな! 速やかに行動せよ!」
「はっ!」
ルミナ王国、ノルディア帝国の戦士たちは、
拘束され動けなくなった魔胎兵を横目に撤退を開始した。
――そして数分後。
ヴァルハラランスの超長距離魔導砲が、
再びネザレムへ直撃した。
その光は山脈の裾野を貫き、
ネザレム最深部――魔力の源泉、魔胎泉へ到達する。
泉の周囲の空間が歪み、
時間の流れが逆行する。
生み出された魔族たちの魔力が、急速に減衰していった。
大気中の魔力が薄れ、停止したはずのヴァルハラランスが、
なぜ起動したのか。
暗闇の操縦席で眠るように沈黙するエリス。
その胸部――イザベルが開発した魔力循環核から伸びる特異な魔導繊維が、
制御パネルへと淡く光を送り続けていた。
精霊の理から外れた高効率魔力循環装置が、
戦闘モードへ移行したエリスの展開式魔力陣と共鳴した時、
古代兵器の動力源として機能することが、
皮肉にもこの絶望の中で立証されたのだった。
やっちまったな。この土壇場でコイツやっちまったな。と思っている方もいらっしゃるでしょう。そうです。これが小説の醍醐味ですぜ。書いている最中に浮かぶ構想とプロットとして出力した原稿。全然、違うやん。
小説のアイデア出しをチャットAIに質問すると、よく最後に今後の展開を示唆してくれます。”こんな感じで続きも書けますよ。”みたいに、これまでの経緯(大体2つ分くらい前の質問と回答の情報)から予測するシーンを当てるようですが、その通りには進めません。少なくてもこの小説に限ってはそうです。
AIの性能がどんどん高まり、日本語能力も高いのは、これまでの文章で読み取れると思いますが、ストーリーに関してはまだまだだと言わざるを得ません。文章の拙い私でも、それなりの形に導いてくれるAIは、今後も活用していきますが、ストーリーテラーとしてのAI活用は、まだまだ検証の余地があると思います。




