セレーネ王妃は脇役じゃない! 剥がれる仮面と神の悪戯
ルミナ王国へ向かったティアナ公女とクラウスたちの話を書いてみました。
ルミナ王国へと向かう馬車の車輪が、隆起した石畳を大きく跳ねた。
ティアナ公女は揺れる体を支えながら、窓の外に広がる光景を見て息を呑む。
五国会談で訪れた、あの穏やかで豊かな王国の姿は、見る影もなく豹変していた。
崩れ落ちた家々。無惨に裂けた大地。
最低限の荷物を抱え、郊外へ逃げるように歩く住人たちの長い列。
鎧をまとった兵士たちは怒号を飛ばしながら走り回り、空には薄く白煙が漂っている。
「……これが、本当にルミナ王国なのですか……」
震える声が漏れた。
クラウスは膝の上で拳を強く握りしめ、馬車の外を並走する護衛隊長ネルは険しい表情で王都の方角を睨んでいる。
「あれから、まだ日が浅いというのにこんな……」
ティアナは胸元を押さえ、崩れた街並みに目を奪われた。馬車が進むたび、瓦礫が砕ける乾いた音が響く。
泣き叫ぶ子ども、呆然と立ち尽くす老人、そして余震に怯えながら空を見上げる人々。
クラウスが独り言のように呟いた。
「……あの大きな揺れは、外部から攻撃を受けた衝撃なのか。内側から何かが弾けたような……なんと凄まじい」
ティアナは唇を噛みしめ、クラウスと視線を交わす。
胸に広がるのは、恐怖でも絶望でもない。
――玲奈の言葉が真実なら、まだ間に合う。
ティアナ公女の瞳に、強い意志の光が宿る。
「急ぎましょう。王宮へ。この国は……まだ終わっていません」
馬車は瓦礫を避けながら、混乱の王都へと進んでいった。
◇
急な訪問にもかかわらず、王宮前で出迎える宰相ガルディアスに、ティアナ公女は丁寧に礼を述べた。
その後、馬車から降り立ったクラウスの姿を認めた瞬間、宰相の表情がわずかに強張る。
「クラウス……貴様、エルダリアに助力を求めたのか?
この混乱を起こした身勝手な振る舞い、その代償はそう簡単には免れぬぞ」
鋭い叱責が飛ぶ。クラウスは即座に膝を折り、深く頭を下げた。
「はっ! 私への処罰は、すべて甘んじてお受けいたします。
しかし本日は陛下に申し伝えるべき儀があり、恥を承知で参上いたしました」
ガルディアスの視線は険しいまま、親の仇でも見るかのようにクラウスを射抜く。
その空気を断ち切るように、ティアナ公女が一歩前へ進んだ。
「宰相閣下。クラウス殿の件は追ってお話しします。
今は一刻を争います。陛下にお目通りを願います。
この国の未来に関わる、大切な義があるのです」
凛としたエルフの公女の声が、王宮前の空気を震わせた。
ガルディアスは目を丸くし、わずかに息を呑む。
ティアナ公女の気迫と威厳に押され、彼は静かに腰を折り、短く答えた。
「……こちらへ。陛下がお待ちです」
宰相ガルディアスは踵を返し、ティアナ公女、クラウス、そして護衛隊長ネルを王の間へと案内した。
瓦礫の街を越えて辿り着いた王宮は、外の喧騒とは対照的に、張り詰めた静寂に包まれていた。
厳粛な空気が満ちる王の間。
玉座にはルシアス王とセレーネ王妃が静かに座し、その視線は入室したティアナ公女たちへと向けられた。
ティアナ公女が優雅に腰を落とし挨拶すると、ルシアス王は短く頷き、開口一番、鋭い声でクラウスを叱責した。
「クラウス。なぜ今さら我の前に姿を現した?
公女殿下を味方につけても何も変わらんぞ。
戦端はすでに開かれているのだ!」
クラウスは深く頭を垂れたまま沈黙する。
その沈黙を断ち切るように、ティアナ公女が一歩前へ進み出た。
「陛下、まだ遅くはありません。
グラント皇帝へ伝令を送り、ただちに兵を収めてください。
この戦争は先の大戦とは違います。
話し合いで溝を埋められる余地があるのです」
ルシアス王は即座に首を振った。
「無理だ。魔王軍はすでに動き出している。
ここで叩かなければ、より多くの犠牲が出る。
国は滅び、大陸は蹂躙されるだろう」
ティアナ公女は怯まない。
王がどれほど否定しようとも、争いを止めるために言葉を重ねる。
だがルシアス王は頑なだった。魔王復活を企む魔族の策略であり、連合側は戦わざるを得ない――そう断言する。
議論が平行線を辿る中、ティアナ公女はクラウスへ視線を送り、静かに促した。
クラウスはゆっくりと顔を上げ、重く沈んだ声で口を開いた。
「王よ……もうこれ以上、虚構の正義を掲げるのはやめていただきたい。
我々が勇者を召喚した真の目的――魔王討伐は建前にすぎません。
真の狙いが、魔族の秘宝たる『原初のルーン』と『魔胎泉』の奪取であったこと、すでに承知しております。
そのすべてを、公女殿下にもお伝えしました」
王の間に緊張が走る。
ガルディアスは息を呑み、セレーネ王妃は目を見開いた。
ティアナ公女が続ける。
「陛下。原初のルーンなど存在しません。
暗黒の森にいる賢者が語っていました。フィナからの報告で判明しています。
森の奥にあったのは、かつて精霊と魔族が築いた精霊都市《エル=ノア》で暮らしていた女性の手記にすぎません」
ルシアス王は言葉を失い、口を半ば開いたまま固まった。
ガルディアスもまた、信じられないという表情でティアナ公女を見つめる。
ティアナ公女はなおも澄んだ声で続けた。
「五国会談でレノが語った《古の影》。
その正体も、明らかにできるかもしれません。
彼女は勇者に古代語で手紙を残したそうです。
その文字は、魔導具に刻まれた“原初の符紋体系”と一致しています。
つまり――彼女から話を聞くことこそが、この無意味な戦争を止める鍵になると考えています」
王の間は恐ろしいほどの静寂に包まれた。
ルシアス王は深くため息をつき、玉座の背もたれに重く身を預け直した。
先ほどまでの頑なな拒絶は影を潜め、その顔つきには、普段クラウスが決して見ることのない“真の王としての威厳”が満ちていた。
「……ガルディアス。人払いだ。他の者を下がらせよ」
「はっ!」
宰相ガルディアスは即座に号令を発し、王の間に並ぶ衛兵たち、扉を守る守衛たちが一斉に動き出す。
鎧の擦れる音が重々しく響き、最後の兵士が扉を閉じると、鉄が噛み合う冷たい音が静寂の空間に落ちた。
ガルディアスが元の位置に戻ると、ルシアス王は魂を込めるように大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
王の間の空気が一段と重く沈む。
クラウスは背筋を正し、胸の奥が強く締めつけられるのを感じた。
ルシアス王は目を細め、腹の底から響くような低い声で問いかける。
「クラウスよ……
お前ほどの優秀な男が、一体どこでそんな“三流の作り話”を吹き込まれたのだ?」
「……え?」
クラウスは目を見開き、息を呑んだ。
喉がひきつり、言葉が出てこない。
沈黙が落ちる。
その沈黙に耐えかねたように、ガルディアスが王の言葉を補足する。
「我が国に、そのような略奪計画はない。
《原初のルーン》、それに《魔胎泉》と言ったか。
それは何だ?……答えよ、クラウス!」
クラウスは深く頭を下げた。
額から汗が一筋、こめかみを伝って落ちる。
ティアナ公女は口元に手を添え、クラウスへ静かに視線を向けた。
その瞳に、責める色はない。
ただ、真実を語る覚悟を促すような静かな光が宿っていた。
クラウスは、召喚儀式の準備中に古参の魔導議員の名を挙げ、計画の全容を聞いたと訴えかける。
しかし、呼び出された当の議員は顔面を蒼白にして激しく首を振った。
「な、何を馬鹿な! 私はクラウス殿とそんな話をした覚えはない!
『原初のルーンと魔胎泉の奪取計画』などという文書、見たことも聞いたこともない!」
議員は怯えた目で王に訴え、周囲の視線に肩を震わせる。
その表情には、誤魔化しの色など微塵もなかった。
「……嘘だ! あの夜、あなたは古代語の記述が混ざった羊皮紙を見せながら説明してくれたじゃないですか!」
クラウスは必死に詰め寄る。
だが議員はその手を振りほどき、叫んだ。
「私は古代語など読めんのだぞ!
そんな羊皮紙があっても、内容なんて説明できる訳ないだろう!」
その悲痛な叫びが、クラウスの胸を深く抉った。
足から力が抜け、彼はその場にがくりと崩れ落ちる。
自分がすべてを懸けて暴こうとした陰謀が、根底から存在しなかったのだ。
議員が逃げるように王の間を後にしたあとも、クラウスは呆然と床を見つめ、眉間に深い皺を刻んでいた。
そのとき、玉座で沈黙していたセレーネ王妃が、静かに口を開いた。
「……人間の業ではありませんね」
柔らかな声だが、場を制する圧倒的な威厳があった。
「王宮の厳重な魔導結界をすり抜け、高位の魔導議員の記憶を操る。もしくは完璧に成り済ます。
そして何より、失われた古代語を自在に操り、誰も疑いようのない矛盾なき偽証を作り上げるなど……」
王妃は目を伏せ、祈るように両手を胸の前で組む。
ティアナ公女が息を呑み、静かに頷いた。
「誰も読めない古代語を悪用し、もっともらしい偽造文書を作り、議員の姿を完全に偽装できる者……」
セレーネ王妃は静かに言葉を継いだ。
「魔族の仕業と考えるのも不自然です。
まるで、人間と魔族を無理やり争わせるために、偽りの火種を蒔いた者がいるよう。
……五国会談で語られた《古い影》。
その正体は、遥か高みからこの盤上をかき乱す――《神》の悪戯のようではありませんか」
その瞬間、王の間の空気が氷のように凍りついた。
◇
――その推測は、紛れもない真実であった。
物理次元を超越した精神世界、虚空の座。
戦と混沌の神ヴァル=ゼルスは、地上の矮小な駒たちがようやく辿り着いた“答え”に満足げに頷き、空間そのものが歪むほどの豪胆な笑い声を響かせていた。
ミリディアとあれほど派手に口論し、悪態をついておきながら、禁忌とされた盤面への干渉――
争いの火種を蒔いたのは、他ならぬゼルス自身だった。
人間と魔族が疑心暗鬼に陥り、意味のない血で血を洗う総力戦へ突き進む。
その無惨な光景こそ、戦の神にとっては極上の娯楽だった。
「ゼルス。あなたを禁忌を犯した罪で、虚空の《はざま》に幽閉します」
創造神アストレイアが静かに立ち上がり、絶対的な宣告を下す。
だがゼルスは悪びれる様子もなく、不遜に肩をすくめて嗤った。
「おっと、それは筋違いってもんだろ? アストレイア」
ゼルスはニヤリと笑い、虚空の座にいないもう一柱の神を指差す仕草をした。
「真理の正体は誰だ? 異界の知識を持ち込み、古代語を操って地上をうろついてる奴がいるよなぁ?
ここにいないポコポンだろ。
あいつがルールを破ってる以上、俺だけが幽閉される筋合いはねぇ。
……最後まで、この最高の舞台を特等席で拝ませてもらうぜ。じゃあな」
濃密な黒霧がゼルスの巨体を包み込み、豪胆な笑い声を残して、彼の姿は完全に掻き消えた。
残されたアストレイア、ミリディア、ノクスの三柱の間に、重苦しい沈黙が降りる。
アストレイアは、神らしからぬ長い溜息をついた。
押し殺していた感情が、その吐息に滲む。
そして、抑揚のない声の中に、確かな決意を滲ませて告げた。
「ゼルスの暴走を止めるため……今後、あなた方の一切の干渉を許可します。
ミリディア、ノクス……狂った均衡を取り戻すため、どうか、兄妹を支えてあげてください」
「了解したわ」
「……承知」
虚空の座に集う神々の姿が、光の粒子となって溶けていく。
アストラル大陸に――
神と人、そして魔族を巻き込む《最後の聖戦》の幕が、静かに上がろうとしていた。
ゼルス参戦!ポコポン=真理!神託は半ば強制的に決められた事実だったようです。真の敵として正体を明かしたゼルスは地上に降り何をするのか。勇斗は決められた運命にどういう決断するのか。クライマックスに向けて態度が豹変した真理や魔王として覚醒するラグナスの動向もどうなるのか。それは今から考えます。
意味のない争いは現実化しています。これを書いている時は、まだ先が見通せない状態です。この物語が終わるころには集結していてほしいと願います。




