すれ違う兄妹の願い、仲間が集う北の大地
場面転換が多い話になりますが、もうしばらくお付き合いくださいませ。
純魔に両親は存在しない――
ロルガの静かな宣告に、勇斗は理解が追いつかず、ただ眉間を寄せて混乱するしかなかった。
トゥーリがバタバタと羽音を鳴らし、必死に言葉を繋ぐ。
「嘘じゃねぇって……! “母親が呼んでる”って、あの子は確かにそう言ってたんだ。俺も必死に聞き回った情報だぜ!」
「ふむ……母親、というのは“生まれた場所”のことかもしれん」
ロルガは顎を摩りながら、窓の外の黒樹へ遠い眼差しを向けた。
勇斗は苦悶の表情で、血が滲むほど唇を噛みしめる。リアナが不安そうに見つめる中、玲奈は重い空気を振り払うように努めて明るい声を出した。
「心配だけど、落ち着こう。まずは場所よね。森の中に……純魔が生まれるような場所って、あるの?」
皆が一様に考え込む。
その中で、ふと思いついたようにグレイヴが顔を上げた。
「……魔胎泉。ネザレム城の地下深くにあるって噂です。でも城の周りは武装した魔族がいて、近づくなんてと……うっ!」
「はぁ? 本気で言ってるの? あんた、全っ然反省してないじゃない」
ミリカが話の途中でグレイヴの首根っこを掴み、ぐいっと吊り上げる。息を詰まらせたグレイヴは、ジタバタと抵抗しながら必死に弁解した。
「ち、違う! 誘導したいわけじゃない! ただ……そう思っただけだよ! やめてくれ!」
ミリカは何度か締め上げた後、その情けない態度に鼻を鳴らして手を突き放した。
「私は、絶対反対です!」
玲奈は勇斗を真っ直ぐに見据え、強い語気で言い放った。そのただならぬ剣幕に、勇斗は思わず視線を逸らす。周囲を見れば、他の者たちも概ね玲奈に同意するように頷いていた。
だが――勇斗の決意は揺るがない。
嫌がるグレイヴの腕を掴み、半ば引きずるようにして、部屋を出ようとすると、玲奈とミリカが仁王立ちになって立ち塞がった。
「確認するだけだ! 別に喧嘩しに行くわけじゃない!」
「勇斗の気持ちは関係ない! 相手は魔族よ! 襲ってくるに決まってる!」
「この村の人は襲ってこないだろ。魔族にだって話が通じる奴はいるはずだ!」
「魔族にも色々いるの! ネザレムの強行派は別格よ!」
「……お前は来なくていい。俺は、俺の信念で動く」
頑ななその言葉に、玲奈の表情が一瞬だけ悲痛に歪んだ。
そして、絞り出すように叫ぶ。
「本当はマジョルカちゃんじゃなくて、真理さんのことが心配なんでしょ!」
その一言に、勇斗の足がピタリと止まった。
押し黙ったまま、玲奈の目をじっと見つめ返す。彼女の指摘は、勇斗が無理やり胸の奥に押し込んでいた本心を、正確に射抜いていた。
長い間離れていても、立場が変わっても、兄妹の絆は変わらない。だからこそ、玲奈には痛いほど分かってしまうのだ。
勇斗は無言のまま、半ば強引に玲奈とミリカの肩を押しのけ、扉のノブを掴んだ。
「勇斗!」
玲奈の鋭い声が背中に突き刺さる。微かに震えるその声には、怒り以上に深い焦燥と不安が滲んでいた。
だが、勇斗は振り返らない。その感情から逃げるように、怯えるグレイヴを力ずくで連れ出していく。
――バタン。
重い扉がゆっくりと閉まり、二人の間に生じた“溝”を物理的に隔てた。
勇斗は村の入口まで無言で歩き続けると、掴んでいたグレイヴの腕を離し、距離を取って深く頭を下げた。
「えっ……」
突然の行動に、グレイヴは手首を摩りながら戸惑う。正義の勇者が、スパイである自分にこうも容易く頭を下げるのか。その危ういまでの執念に気圧され、グレイヴは乾いた笑みを浮かべた。
「旦那……分かりやした。今までの罪滅ぼしをさせてください。あっしがネザレム城まで案内します」
「……頼む」
勇斗は短く頷き、腰に帯びたヴェイルリフォージの鞘に手を添える。
ヒビの入った魔光石、半身になった刀身――その痛々しい傷痕は、勇斗自身の焦りと迷いを代弁しているようだった。
二人はそのまま、ネザレム城へと足を踏み出した。
一方その頃、部屋に残された玲奈は、すでに思考を切り替えていた。
勇斗の不器用な優しさは痛いほど分かる。止められないのなら、全力で守るしかない。
玲奈はヴァルドに視線を向ける。
「お願い。遠くからでいい……勇斗を見守ってあげて」
「承知した。ラグスとミリナにも声をかけてこよう」
ヴァルドは即座に頷き、部屋を出た。その横顔には、玲奈への深い信頼が宿っていた。
「ちょっと野暮用。あたしはあたしで動くよ」
ミリカも悪戯っぽく笑いながら立ち上がる。初対面だが、彼女ならうまく立ち回ってくれるだろう。玲奈の中で、確信めいた直感がそう告げていた。
ロルガには村の薬草を集めて万が一への備えを依頼し、リアナにはその手伝いをお願いした。
「レナ、俺は何をすればいい? 何でも命令してくれ……」
トゥーリが興奮気味に催促すると、玲奈は少し間を置いてから、人差し指を天井に向けた。
「――飛んでもらいましょう。空からの目は、必要不可欠よ」
「へ?」
首を傾げるトゥーリに、玲奈は地図を広げ、目的地を指で差しながら冷静な手つきで計画を説明し始めた。
二つの道が交錯し、それぞれの戦いが、今幕を開ける。
◇
「本当に……我々はここで待っていればいいのだろうか?」
ルミナ王国、エルディア工房。
レジーヌは窓から外を見下ろし、苛立たしげに呟いた。防具を身につけた兵士たちが慌ただしく行き交い、街の住人たちは不安げに荷造りに追われている。
聖刀アウルリアが完成してから数日、王都は戦乱の気配と混沌の中にあった。
「ユウト、言ってた。だから……きっと来る」
ミュリエルは淡々とした口調で答えると、カリナが差し入れてくれた光果ゼリーをスプーンですくい、口に運んだ。透明なゼリーの中で光果がきらりと輝き、舌の上でふわりと溶ける。甘い香りに、ミュリエルの口元がほんの少しだけ緩む。
外の喧騒とは対照的に、工房の中は仕事を終えた後の静けさに包まれていた。
そんなエルディア工房に、カイルが数人の兵士を連れて姿を現した。その表情は、どこか沈み込んでいる。
「つきましては、在庫の武器と防具を提供していただきたい」
「わかった。カリナ、倉庫に案内してやってくれ」
「了解、こっちよ」
ゼルヴァは即座に要請を受け入れ、カリナに指示を出す。兵士たちはカリナの後に続いて工房の奥へ消えていった。
ゼルヴァは深く息を吐き、硬い表情のまま立ち尽くすカイルに鋭い視線を向ける。
「魔族との衝突は避けられんのか? ヴェルトたちはどうしている」
カイルは目を閉じ、血が滲むほど強く下唇を噛んだ。
「隊長たちは……今朝、前線へ向かいました。我々は魔獣暴走の原因とされる魔導具の捜索を命じられ、今は後方で必要な物資を集めているところです」
共に戦えない悔しさが、その声から痛いほど伝わってくる。ゼルヴァはその険しい表情を見て、腕を組みながら深いため息をついた。
「そんなしけた面するなら……なぜ命令に背いてでも一緒に行かなかったんだ」
「隊長の……命令ですので」
「――バカモン!」
工房の空気を震わせるほどの一喝。
カイルの言葉は完全にかき消され、その声量に圧倒されて立ちすくむ。傍らにいたレジーヌとミュリエルすら、思わず背筋を伸ばすほどの迫力だった。
ゼルヴァは沈黙したまま、カイルを真っ直ぐに睨みつける。そして、静かに、しかし腹の底に響く声で語りかけた。
「そんな顔で、この国が守れるのか。この世界が守れるのか。人々が不安に怯えているときに、防人がそんな顔で何と声をかけるんだ。一体何を隊長たちから教わってきたんだね、君は」
低く響く声が工房を満たし、空気が張り詰める。
カイルはハッとして姿勢を正し、何かを言おうと口を開いたが、言葉にならなかった。
ゼルヴァはそんな彼の肩に力強く手を置き、ニヤリと口角を上げた。
「行ってこい。悔いがないようにな。この工房にあるものを手土産に持っていけ。“エルディア工房からの差し入れ”だとな。少しでも、あいつらが生き延びる確率を上げてこい」
「……はい! ありがとうございますッ!」
沈んでいたカイルの瞳に、再び強い闘志の炎が宿った。ゼルヴァは満足げに頷き、そのやり取りを見ていたレジーヌも、感極まって涙をこらえながら何度も頷いている。
ミュリエルは光果ゼリーの最後の一口を食べ終えると、静かに聖刀アウルリアへ視線を移した。
青白い光を帯びた刀身は、まるで主の帰りを待ちわびて呼吸しているように見える。
ミュリエルの瞳に、一瞬だけ強い光が走った。
「……ユウトは?」
アウルリアを見つめたまま呟く。カイルが王都で集めた情報を伝えると、ミュリエルはすっと立ち上がり、アウルリアを手に取った。
「ミュリエル殿? どうされた?」
問いかけるレジーヌをよそに、ミュリエルは聖刀を厚手の布袋に包み、紐で背中にしっかりと縛りつける。そして、深く息を吸い込んで力強く告げた。
「ユウトに……届ける」
◇
「もっと……早く。ユウト、待ってる」
激しく揺れる荷馬車の御者台へ身を乗り出し、ミュリエルは真っ直ぐ前方を指差した。表情はいつも通り静かだが、その瞳の奥には蒼く燃える使命感が宿っている。
「あらよッ!」
レジーヌが豪快に手綱を振るう。ルミナ王国を出てからほぼノンストップ。動揺する兵士の制止も振り切り、時には魔物や盗賊と間違われて攻撃されることもあったが、レジーヌは巧みな手綱さばきと、陽光を反射して眩しく輝くスキンヘッドを武器に、敵も味方も右往左往させながら猛進していた。
北へ進むにつれ、のどかな草原は深い森へ、そして吐く息も凍る白銀の雪景色へと変わっていく。
街道には、各国の旗印を掲げた兵士たちが続々と進軍していた。ノルディア帝国領内へ向かう大軍勢。その規模は、避けられない大戦の気配を否応なく感じさせる。
ミュリエルは冷たい風に青い髪を揺らしながら、雪山の彼方を見据えて静かに呟いた。
「ユウトは、私が守る」
ここにきて最終的な話をどうやったらスムーズに繋げられるか悩んでいるので、終わりそうで終わらせられない現象が起きております。出来ればGeminiProキャンペーン期間中に完成させられると有り難いんですが、一ヶ月を切りました。




