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リュミエ村に潜むグレイヴとミリカ。尋問したらゲロっちゃいました

リュミエ村のエピソードが長引いています。それもこれも伏線回収のためです。

苔むした石壁。冷え切った石畳。


閉鎖的な長い廊下に、松明の明かりが点々と続いている。


勇斗は無心で歩き続けていた。

ここがどこなのか、何を目的に歩いているのか分からない。


壁には鉄格子。

狭く薄暗い部屋の中で、リクルートスーツ姿の黒髪の女性が倒れている。


「真理!」


勇斗は叫び、格子の隙間から必死に手を伸ばす。


肩に食い込む鉄柵を顧みず腕を振り続けると、指先がかすかに真理の髪を掬(すく)った。

腕を伸ばす。力を込める。あと少し――。


額から汗が噴き出し、歯を食いしばる。だが真理は微動だにしない。

空間が歪み、引き延ばされ、真理の体が細く、遠くへと伸びていく。


「真理! 起きろ! 真理! 真理!」


「起きなさい! 勇斗!」


――声が重なった。


勇斗が勢いよく目を開けると、暖かい日の光が木の窓から降り注ぎ、天井が白く輝いていた。


その視界に、眉間に皺を寄せ、限界まで頬を膨らませた玲奈の顔が飛び込んでくる。

次いで、タンポポの冠毛(かんもう)のような綿毛が勇斗の顔面に飛び込んできた。


「いつまで寝てるのよ! せっかく考えてたプランが台無しじゃない!」


大人の女性へと美しく成長したはずの玲奈だが、いま怒っているその態度は、長い間離れていた鬱憤(うっぷん)も混ざっているのだろう。

十年前の口うるさい妹のままだ。


勇斗は上体を起こし、大きく伸びをしてあくびをする。

玲奈の叱責を適当に受け流しながら、よろよろと水の入った桶へ向かい、悟られぬように嫌な寝汗を洗い流した。


「もう、聞いてるの? 勇斗」


「はいはい、わかったよ。すぐ着替えるから出て行ってくれ」


「十秒で着替えて!」


「わかったから、早く出て。ほらほら」


「ちょ、押さないでよ! すぐ来なさいよ!」


文句の止まらない玲奈の背中を強引に押して部屋から追い出し、パタンと扉を閉める。

そのまま扉に寄りかかり、勇斗は大きく息を吐いた。


(……嫌な夢だったな。妹より他人の心配してるなんてバレたら、また仕返しされそうだ)


勇斗が身支度を整えて宿の外へ出ると、待ちくたびれたと言わんばかりに腕を組む玲奈と、その横で愛想笑いを浮かべるリアナの姿があった。


昨日の料理をきっかけに、二人の距離は一気に縮まったらしい。

大人びた玲奈が、時折昔のように笑っている姿に、勇斗は思わず微笑んでしまう。


「なによ!」


視線に気づいた玲奈がすぐに突っかかってくる。


その過剰な反応が、勇斗にはたまらなく懐かしかった。

兄妹だからこそ見せられる“素の玲奈”。

そして、その輪の中にリアナが自然に加わっていることが、勇斗には密かに嬉しかった。


玲奈が最初に案内したのは、ヴァルドの家だった。

石と木材で組まれた、質素で落ち着いたロッジのような建物。

中に入ると、リビングと寝室だけの簡素な造りだが、どこか温かみがある。


勇斗はふと、寝室に並んだ二つのベッドに目を留めた。


「……お前、これって」


玲奈が一瞬で顔を真っ赤にする。


「ち、違うの! これは、その……!」


ヴァルドが得意げに指を立てて話し始める。


「レナが“自分のベッドが欲しい”と言うから、最初は一緒に寝られるキングサイズを買おうとしたのだが――」


「やめて! 言わないで!!」


玲奈が慌てて跳び上がり、ヴァルドの口を両手で塞ぐ。

ヴァルドは肩をすくめ、困ったように笑った。

勇斗はその様子に吹き出した。


「ははっ……お前、ほんと変わってないな」


玲奈は耳まで真っ赤にしながら、「もうっ!」と勇斗の腕を軽く叩く。

家の中に、久しぶりに見る“甘木家の日常”が戻った。


軽い昼食を済ませた一行が次に訪れたのは、リュミエ村の市場だった。


”暗黒の森”の中とは思えないほど活気に満ち、露店には色鮮やかな食材、薬草、調剤、そして宿で見かけた郷土品などが所狭しと並んでいる。


「活気があるな」


勇斗が感心すると、玲奈が胸を張る。


「でしょ。灯火市の夜なんてもっとすごいんだから!」


勇斗は賑わいに目を輝かせ、リアナも露店の品々に目移りしながら歩いていた。

ふと、リアナが足を止める。


ヴァルドが視線を向けると、そこには色とりどりの石を使ったアクセサリーが並ぶ装飾品の露店があった。

鳥の羽根が揺れる耳飾り、黒樹の実を加工した指輪、そしてドクロを模したおどろおどろしい装飾品まで、品揃えは実に多彩だ。


「何か、欲しいものあるかい?」


ヴァルドが優しく声をかける。


「あ、いえ。ただ見ているだけです」


リアナは控えめに微笑んだ。

そこへ、先行していた勇斗と玲奈が戻ってくる。


「へい、らっしゃい。毎度どうも」


店主の声に、勇斗の表情が一瞬で強張った。


「……グレイヴ!」


愛想笑いを浮かべていたのは、ルミナ王国で装飾品の露店を開き、リアナたちにアクセサリーを売った耳の尖った魔族――グレイヴだった。


玲奈はきょとんとした顔で勇斗を見る。


「え、誰? 勇斗、知り合い?」


ヴァルドもわずかに眉をひそめた。


「……この村の者ではないな」


リアナは驚きと警戒が入り混じった表情で、勇斗の袖をそっと掴む。

しかし、グレイヴはいつもと変わらないお調子者の笑みを浮かべている。


「いやぁ、奇遇ですな! 戦乱から逃げて来たんでさ。ルミナ王国はもう、てんやわんやの大混乱でしてね」


グレイヴは肩をすくめながら、ルミナ王国の現状を語り始めた。


その言葉に勇斗は息を呑む。

王国の混乱――レオニス、ミュリエル、エリスたちの顔が脳裏をよぎる。


(この混乱を止めるには……俺が魔王を倒すしかないのか?)


そんな勇斗の胸中を見透かしたように、玲奈が勇斗の肩越しに腕を組んで口を挟む。


「ねぇ、ちょっと。まるで勇斗に魔王討伐を急がせたいみたいに聞こえるんだけど? あなた,、魔族なんでしょ?」


玲奈の目は鋭い。グレイヴは慌てて両手を振った。


「滅相もない! あっしはただの露天商でさ。 たまたま兵士の話を聞いただけで、ここで会ったのも何かの縁ってやつで……他意はございやせん」


その時――背後から、艶のある声が響いた。


「そりゃどうかねぇ、グレイヴ。あんた、よくこの村に顔を出せたもんだね」


振り返ると、灰色の肌に金の瞳を持つ女――ミリカが立っていた。

腰に手を当て、妖艶な笑みを浮かべている。


「ミリカ! てめぇ……なんでこの村に!」


グレイヴは一転して口調を荒げ、一歩後ずさる。

勇斗は次から次へと現れる知った顔に、たまらなく頭を抱えた。


「どうなってるんだ、この村は……」


玲奈はぽかんと口を開ける。


「え? 何? あの子も知り合い? そんな偶然ある?」


ヴァルドは、一転して懐かしむように目を細めた。


「ミリカ、バロニア連邦からいつ戻った? 随分久しぶりじゃないか」


ミリカは肩をすくめ、軽く笑う。


「ヴァルドも相変わらずね。この村も、ちっとも変わってない。ちょっと怪しいネズミが紛れ込んだと聞いて、追ってきたのさ」


旧友の再会のような朗らかな空気が市場に広がる。

その空気に紛れ、そっと忍び足でその場を離れようとする影。


――瞬間。

ミリカの手が、蛇のような速さでグレイヴの首根っこを掴んだ。


「逃げるんじゃないよ、このスパイ野郎」


あまりの早業に、一同は思わず感嘆の声を漏らす。

捕まったグレイヴは観念したように背中を丸め、深いため息をついた。


この村には自警団と呼ばれる組織も、牢屋のような施設もない。

勇斗たちは詳しい話を聞くため、首長ロルガの家を訪れた。


ロルガにも立ち会ってもらい、処遇の判断を仰ぐためだ。


ミリカの説明によれば、グレイヴは黒衣の参謀ドレイヴァス率いる強行派が送り込んだスパイだった。

露天商として各国を渡り歩き、必要な情報を強行派に流していたという。


「なんで俺たちに近づいたんだ」


勇斗が問い詰めると、グレイヴは耳を垂らし、虚ろな目で淡々と答えた。


「勇者が……勇者の情報を集めるよう指示されていました。逆らえば、命がないと」


「なっ……!」


勇斗とリアナは驚愕する。


ミリカは涼しい顔で肩をすくめた。


「当然でしょ。規格外の勇者の情報なんて、どこも喉から手が出るほど欲しがるんだから。魔族だって色々あるのよ」


「え? ミリカも知ってたのか?」


勇斗が目を丸くすると、ミリカは片目をウインクし、悪戯っぽく笑った。


「情報屋は情報が命。世の中、運も実力も金次第ってね」


その瞬間、リアナが「あっ!」と声を上げる。


「じゃあ……あの時、エリスが見つけた魔導具も、ミリカさんの仕業ですか?」


ミリカは肩をすくめ、苦笑した。


「あれは痛かったねぇ。優良な情報源を一つ失ったよ。でも代わりにバロニアで魔族の情報を提供したでしょ? あれで勘弁しておくれ」


勇斗は首を傾げる中、リアナはイーストバロニア連邦の大ギルドでの出来事を振り返る。


応接間に盗聴器を仕込まれていたことに、勇斗はいまだにピンと来ていない。

だがリアナが受け取った赤い耳飾りに仕込まれた発信器の事は納得したように頷いた。


玲奈が手を左右に振りながら、勇斗にジト目を向ける。


「勇斗には小難しい裏の事情は無理よ。でも……そんなことがあったんだ。へぇ」


「な、なんだよ。俺なりに頑張ってるんだよ」


「別に? 無料(タダ)より怖い物はないなって。ふふっ」


玲奈の含み笑いに、勇斗は戸惑うばかりだ。


そんなやり取りを見ながら、ロルガは腕を組み、しばし考え込んだ。

そして落ち込むグレイヴへ視線を移し、静かに語りかける。


「そなたのしたことは、ユウト殿とリアナ殿に危険を及ぼす行いだ。だが……争いからは何も生まれない。今、この場で自分の道を見つめ直す機会を得たと思いなさい」


ロルガは窓の外にそびえる黒樹へ目を向ける。


「この村には黒樹というご神木がある。精霊神は常に我らを見守ってくださる」


その言葉に導かれるように、グレイヴの視線も黒樹へ向いた。

脈動する黒樹の淡い光が、彼の虚ろな瞳に映り込む。


強行派の恐怖に縛られていた彼の口元が、かすかに震えた。


その時だった。


――ドンッ! ドンッ!


家の扉が激しく叩かれた。

一同が顔を上げる間もなく、扉が勢いよく開く。


飛び込んできたのは、翼人族のトゥーリだった。

いつもの陽気さは影も形もなく、羽根は乱れ、息は荒い。


「大変だ……! あの子、純魔が――失踪した!」


悲痛な叫びが部屋に響き渡り、その場にいた全員が凍りつく。


ロルガの表情が険しくなり、ヴァルドは即座に立ち上がる。

玲奈は顔色を失い、リアナは口元を押さえた。


勇斗の胸に、嫌な予感が鋭く走る。


(……まさか、マジョルカが!?)


これまで共にしてきた旅路も、平穏な市場の賑わいも、すべてが遠くへ霞んでいく。

部屋の空気は一瞬で張り詰め、重い静寂が落ちた。


一体、何が起きているのか――誰もが息を呑んでいた。

このままでは終われません。やはりあの人に登場してもらいたいです。どうにか話にねじ込んで……。無理がある。

今回はグレイヴとミリカを飛び入り参加させました。二人の存在はスパイだった。グレイヴは強行派に脅されていた。ミリカはお金を稼ぐためにやっている。混血魔族が生きるにも、世知辛い世界観となっております。

玲奈が迷い込んだ森、ヴァルドとの生活。そして十年後、兄を案内する玲奈、変わらない街の賑わい。そんな比較が出来る話になったと思います。

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