歓迎!リュミエ村、垣間見えた10年の歳月と兄としてのケジメ
戦いは間もなく、と言いながらも、なかなか話は進まない。ほぼ同時刻と思って頂けるとハイ。
木々は異様に高く伸び、葉は青白く光を帯びて揺れていた。
隙間から覗く空は紫色に染まり、暗黒の森は昼でも薄暗い。
遠くでは鳥のさえずりが輪唱のように反響し、どこか現実離れした静けさが漂っている。
勇斗は左右に目を向けながら気を張って歩く。
対照的に、玲奈はヴァルドと談笑しながら、道なき道を迷いなく進んでいく。
「この辺りは魔獣の縄張りがあるけど、私もヴァルドもいるから安心して」
玲奈が振り返り、勇斗に柔らかく笑いかけた。
その横でヴァルドが穏やかな眼差しを向けて頷く。
二人の自然なやり取りに、勇斗の胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……玲奈、こんな森でずっと生活してるんだよな。すげぇ立派に思えてきた)
勇斗は後ろを振り返り、肩を縮めながら歩くリアナに声をかけた。
「リアナ、大丈夫か?」
「は、はい……なんとか。でも、ここが暗黒の森だと考えると……正直、不安で落ち着きません。申し訳ありません、ユウト様」
マジョルカを連れていたときには見せなかった不安の色が、リアナの表情に浮かんでいた。
その気遣いに勇斗は胸が締めつけられ、そっと手を差し出す。
リアナは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく笑い、勇斗の手を握り返した。
順調に進んでいた一行が、突然立ち止まった。
「勇斗、止まって」
玲奈の鋭い声が飛ぶ。
ヴァルドはすでに腰のロングソードに手を添え、森の奥を見据えていた。
勇斗はリアナを庇うように姿勢を低くし、周囲を警戒する。
そのとき――森の奥から、けたたましい叫び声が響いた。
「ギャアアアアアッ!」
玲奈は肩に掛けた長弓を構え、木の幹に足を掛けると、軽やかに駆け上がって視界を確保する。
(すげぇ……真理みたいだ)
勇斗が感心していると、ヴァルドが低く呟いた。
「恐らく森猪だ。発情期の雄は危険だ。二人はここで待機してくれ」
勇斗は息を呑み、頷く。
ヴァルドの赤い瞳が鋭く煌めき、長身を屈めると、漆黒のマントを翻して素早く前方へ駆け出した。
銀髪が月光を受けて淡く輝く。
――数分後。
茂みが揺れ、勇斗とリアナが身構える。
だが現れたのは、満面の笑みで血のついた袋を掲げる玲奈と、ヴァルドだった。
中には毛皮と肉がぎっしり詰まっていると説明する。
「ごめんね勇斗! ちょうどいいから、解体しちゃった!」
ヴァルドも珍しく口元を緩めた。
「レナの手際は見事だった。あの距離で急所を射抜けたのがよかったよ」
「……え、それってさっきの……」
「うん、森猪。今日の夕飯、期待しててね!」
嬉しそうに袋を掲げる玲奈から獣の異臭が漂い、リアナが思わず鼻を押さえた。
(……立派になりすぎじゃない?)
勇斗は心の中でツッコむしかなかった。
その後も獣道を進んでいくと、玲奈が「もうすぐ着くよ」と言って走り出した。
「お、おい、そんな急ぐなよ!」
勇斗は見失うまいとリアナの手を引き、慌てて後を追う。
生い茂る木々のすき間を抜け、茂みを払うと――急に視界が開けた。
木造の家々が並び、煙突から白い煙が立ちのぼる。
子どもたちの笑い声、家畜の鳴き声、薬草を干す香り。
中央には巨大な黒樹が堂々と枝を広げ、陽光を浴びて淡く輝いていた。
薄暗い森とはまるで別世界の、穏やかな空気が広がっている。
「ここが……リュミエ村……」
勇斗は思わず息を呑んだ。
玲奈は誇らしげに胸を張る。
「私の大事な場所だよ。ようこそ、リュミエ村へ」
行き交う住人たちは玲奈と笑顔で挨拶を交わし、勇斗やリアナにも柔らかな眼差しを向けてくる。
ルミナ王国の常識から見れば、彼らは皆“人ではない”魔族や亜人だ。
だが、旅で訪れたどの街よりも親近感を覚えた。
誰も警戒心を抱いていない穏やかな種族の集まりであることが、肌で感じる。
黒樹のそばにある一回り大きな家へ案内されると、村の首長ロルガ=ヴァルムが白い髭を揺らしながら陽気に笑いかけてきた。
「ほぉ、こんな森の奥まで、よくお越し下さった。……レナはずっとお主の身を案じとったんじゃぞ」
ロルガは声をひそめておどけてみせる。
「やだ、そんなことないですよ!」
玲奈が恥ずかしそうにロルガの肩を何度もバシバシ叩く。
勇斗はその距離感に驚くが、ロルガは叩かれながらも嫌な顔ひとつせず高らかに笑った。
(おいおい、この魔人……首長って言ってなかった? なんでそんなフレンドリーなんだ?)
そこへ、勇斗の捜索に協力してくれていた狩人のラグスとミリナが入ってきた。
勇斗が深々と頭を下げると、寡黙なラグスも玲奈を特訓した話を聞いてすぐに意気投合し、「体育会系の気持ちはよく分かる」と、種族を超えて男同士の固い握手を交わした。
猫耳を持つミリナは、さっそく仕留めた森猪の話題で玲奈と盛り上がり、「夕食の準備してくるね!」と軽やかに部屋を出ていく。
リアナも「私も何か手伝います」と慌てて後に続いた。
部屋には、男たちだけが残された。
黒樹の枝を模した木彫りの柱が立ち、薬草の香りが漂う広間。
長テーブルを挟み、ロルガ、ヴァルド、ラグスが静かに耳を傾ける。
勇斗は深呼吸し、これまでの旅路――異世界に来た経緯、ルミナ王国での出来事、マジョルカという純魔の少女を助けたこと、そして、行方が分からない真理への気がかりを語った。
「なるほどのう。勇者の召喚儀式で、ユウト殿はルミナ王国、レナはこの森で目覚めるきっかけとなったんじゃな。お主が見つからなかった理由はわかった。しかし……そうなると、なぜこの森へ来たんじゃ? 勇者としての務めを果たしに来たのか?」
ロルガの問いに、ヴァルドとラグスの視線が鋭く勇斗へ向けられる。
勇斗は首を振り、「マジョルカを送り届けるためだ」と告げた。
「レナを探しに来たんじゃないのか……」
ヴァルドがため息まじりに呟く。
「本当に知らなかったんだ。妹もこの世界にいるなんて……。でも、兄として……不甲斐ない」
勇斗は言い訳を繰り返したが、最後は肩を落として深く頭を下げた。
「ああ、すまない。そういうつもりじゃないんだ。しかし……いずれ国に帰るんだろ?」
ヴァルドの赤い瞳に、わずかな陰りが宿る。
重い空気が部屋を包んだ。
勇斗は顔を上げ、はっきりと否定した。
「もう、俺が知ってる優柔不断な妹じゃない。玲奈は自分の選んだ道を進めばいい。俺にその自由を奪う権利はない」
勇斗は天井を見上げ、言葉を続ける。
「それに……帰る方法が分からない。だから日本に帰れるかどうかは、今考えても意味が無い。神様にでも会えたら教えてほしいくらいだ。今はただ、真理の無事を信じて、俺にできることをするしかない」
「神、か……」
ヴァルドの呟きが静かに落ちる。
だが、その言葉がラグスの胸に火をつけた。
「神に問う必要は無い。異国でも筋肉は裏切らない。鍛練すればいずれ道は開ける」
熱い視線を向けるラグスに、勇斗も真剣な眼差しで応え、力強く頷いた。
ロルガとヴァルドは唖然とし、場に長い沈黙が流れた。
野外に置かれた竈の前では、玲奈とミリナ、そしてリアナが夕食の支度に追われていた。
森猪の肉を手早く角切りにして鍋へ放り込みながら、玲奈がリアナに声をかける。
「ねぇ、リアナさんだっけ。勇斗って頑固でしょ? 変なことされてない?」
「い、いえ! ユウト様はとても優しい方です。いつも私たちを助けてくださいますよ」
「様なんていらないよ。勇斗でいいの。それに私は妹なんだから、敬語もなしで。もっと仲良くしよ?」
ミリナが横からひょいと顔を出す。
「ね、ユウトってレナのお兄ちゃんなんでしょ? でもなんかレナの方が大人っていうか……ユウトの方が若く見えない?」
「あ、鍋が……!」
図星を突かれた玲奈が、慌てて誤魔化すように鍋の蓋を押さえる。
三人の賑やかな声が、庭先に途切れなく響いた。
「最後にこれを……」
玲奈が黒樹の薬草と月茸を鍋に投入する。
リアナが鉄板でこんがり焼いた角切り肉に香り塩を振りかけると、横からミリナが手づかみでつまみ食いをした。
「どれどれ……うん、旨い! リアナ,料理上手だね。ここで三人で定食屋やらない? 私が狩り担当で、リアナが料理長!」
「リアナさんはルミナ王国お抱えのメイドさんだよ。私たちじゃお給金払えないよ」
玲奈のツッコミに、リアナは頬を赤らめ控えめに微笑む。
「私なんてそんな……今日は色々勉強になりました。暇ができたら、ぜひ雇ってください」
「オッケー、決まり!」
「もう、ミリナったら……」
笑い声が弾ける中、料理から盛り付け、配膳まで、三人の息はぴったりだった。
気づけば、中庭に置かれた石のテーブルには森猪の肉料理がずらりと並び、湯気を立てて食欲をそそる。
「ご飯できたわよ!」
玲奈の声に呼ばれ、外へ出た男たちはその光景に目を奪われた。
皆は席に着き、静かに手を合わせる。
「いただきます!」
「勇斗、まずはスープから飲んでみて。この村では、最初にスープを飲むのが習慣なの」
森猪のローストに手を伸ばそうとした勇斗に、玲奈が木の実と薬草のスープを手渡した。
「レナ、何を……」
ヴァルドが困惑した顔で声を上げようとしたが、玲奈に「静かに」と制され黙り込む。
勇斗は訝しげにスープを一口飲んだ瞬間、表情を凍りつかせた。
「か、辛い!」
その様子にお腹を押さえて笑う玲奈。
「何だ、これ! 俺のだけ辛くしたの?」
「そんなことないわよ、こういうスープなの。体にとっても良いんだから」
文句を言う勇斗を尻目に、玲奈は自信満々に答えてスープを平然と口にする。
リアナは少し緊張した面持ちで口をつけたが、すぐに目を輝かせた。
「美味しい……!」
「でしょう? 勇斗にはまだ早いかもしれないわね。もう少し大人になったら、きっとこの味がわかるわ」
玲奈は満足そうに笑う。
(くっそ、真理がいたらもっと俺をイジってきただろうな……)
「知るか!」
勇斗はむくれて、焦げ目がついた森猪を豪快にかぶりついた。
外側のカリッとした食感に続いて、肉汁が口の中に広がり、鼻から塩と油の香りが抜けていく。
興奮と美味しさが同時に押し寄せてきて、勇斗の手が止まらなくなる。
リアナは皿に移した薬草鍋のスープを一口啜った。
濃厚な森猪の出汁と、薬草やキノコの香りが絶妙に調和し、優しい味わいが口の中に広がっていく。
「この森の薬草には回復効果がある。黒樹に宿る精霊様のお力のおかげだ」
ロルガが立ち上がり、天高くそびえる黒樹に向かって一礼した。
勇斗も口いっぱいの森猪を噛みながら、静かに佇む黒樹の幹を見つめていた。
「明日は村を案内してあげるから、ゆっくり休んでね」
玲奈に案内された宿は、黒樹のすぐそばにあった。
木造建築で、黒樹の枝を模した梁が独特な雰囲気を醸し出している。
入口の精霊灯が、宿泊客を温かく迎え入れた。
宿の主人である老魔族の女性ミルダも、朗らかな笑顔が印象的だった。
「元々村に来る旅人さんは少ないからね。部屋数はこれでも十分よ」
リアナに「おやすみ」と声をかけ、勇斗は隣の客室のドアを開けた。
部屋に入ると、ほのかな薬草の香りが鼻をくすぐった。
壁には郷土品だろうか、繊細な革細工が飾られている。
勇斗は大きな葉と大小さまざまなカラフルな毛玉が敷き詰められた木製のベッドに寝転がり、天井を見上げた。
ルミナ王国の豪華な部屋とはまるで違う、簡素な木造の狭い部屋。
しかし安心感がある。
(真理……俺はリュミエ村にいる。頼むから無事で帰ってきてくれ)
毛玉に体温が移りほんのり温まると、自然と力が抜け、あっという間に深い眠りに落ちていった。
ちょっと長くなったので、分けました。と言っても原稿はまだ執筆途中でして。何とか間に合えばいいですが、ちょっとトークンが足りなくなって、いろんなチャットAIで試行錯誤しています。突然文脈が変化したらAIチャットを乗り換えたんだと思ってやってください。




