玲奈の大人な対応に関心している間に、聖刀誕生、そしてエリス再始動の裏に潜むルシアス王の思惑
マジョルカを故郷に帰し玲奈と再会した勇斗、エルディア工房に素材を持込んだレジーヌ、ミュリエルたち、負傷してルミナ王国に帰還したエリスの状況をそれぞれをまとめてみました。
マジョルカを無事に届けたことで、勇斗はようやく息をついた。
だが胸の奥には、別の痛みが鉛のように残っている。
(真理……どこに行ったんだよ)
残されたメッセージの意味を考え、無意識に拳を握り、唇を強く噛み締める。
その時、背後から落ち着いた声がした。
「勇斗。少し、いい?」
振り返ると、玲奈が静かに立っていた。
かつて地球で共に暮らしていた頃の無邪気な妹の面影はない。今の彼女には、過酷な世界を生き抜いてきた者特有の、大人びた落ち着きがある。
玲奈は勇斗の険しい表情を見ると、そっと歩み寄り、覗き込むように微笑んだ。
「そんな顔してたら、真理さんが戻ってきても困るわよ」
「……玲奈」
「心配なのは分かる。でもね、話を聞く限り、真理さんってそんなに簡単に倒れる人じゃないでしょ? あなたを無駄に心配させるような人にも思えないわ」
勇斗は言葉を失う。
玲奈は勇斗より十年長くこの世界を生き、多くの別れや痛みを知っている。その声は柔らかいが、確かな芯が通っていた。
「だから……信じて待ってあげよう。その間、私が暮らしているリュミエ村を案内するわ。皆にも紹介したいし……ね、いいでしょ?」
「今、そんな余裕……」
「余裕じゃないわ。必要なことよ」
玲奈の真っ直ぐな瞳に射抜かれ、勇斗は小さく息を吐いた。
その横で沈黙していたフィナが、唐突に口を開く。
「目的は達した。私は帰ってティアナに報告するわ。あなたは自由。好きなだけこの森にいればいい」
彼女は淡々と告げると、鋭い視線を勇斗に向けた。
「ただし――魔王を怒らせることは絶対ダメ。それだけは守って。以上」
言い終えるなり、フィナは踵を返し、迷いのない足取りで去っていった。
あまりのあっさりとした幕引きに、玲奈はぽかんと口を開け、勇斗もその背中を黙って見送る。
長い沈黙が落ちた後、玲奈が咳払いをして話をしようとすると、勇斗が手を上げて言葉を制し、ふっと微笑をこぼした。
「……玲奈。ありがとう」
玲奈はほっとしたように破顔し、勇斗の両手をそっと掴んだ。
「行きましょ。リュミエ村は、あなたの力になる場所だから」
玲奈がヴァルドに声をかけ、歩き出す。勇斗は心配そうに見つめていたリアナに「大丈夫だ」と頷いてみせた。
玲奈の背中を追いながら、勇斗は木漏れ日の差す空を見上げる。
(真理……必ず、また会えるよな)
エルメラとマジョルカに別れを告げ、勇斗、玲奈、ヴァルド、リアナの四人は、深い森の奥にあるリュミエ村へと歩き出した。
◇
同時刻。ルミナ王国南地区――エルディア工房。
夜更けの工房は、むせ返るような熱気に満ちていた。
魔導炉から引き上げられた黄金色の刀身が姿を現すと、見守っていたレジーヌは興奮ぎみに目を輝かせた。
「……カリナ。魔光石の最終調整は済んだか?」
マスター技師ゼルヴァ・エルディアが、熱を帯びた刀身を水桶へと沈める。
ジュゥゥッ! と甲高い音と共に激しい蒸気が立ち上り、工房内が白く煙った。
助手のカリナ・ヴェルステンが魔力波形測定器から顔を上げ、満足げに頷く。
「ええ。ミュリエルが用意した魔導核と、魔光石の同調率は完璧よ」
「ならば――仕上げに入るぞ」
ゼルヴァは研ぎ台に刀身を置き、熟練の業で静かに砥石を滑らせた。
刃が整えられるたび、刀身から青白い光が脈動し、工房の空気が微かに震える。
研ぎを終えたゼルヴァは、張り詰めた空気の中で組み上げに移った。
鎺を嵌め、切羽を重ねる。その上から、水晶魚の鱗を加工した透明の鍔を慎重に通す。
柄には、ミュリエルが刻んだ“魔力安定符”の文様が走り、目釘でしっかりと固定された。
最後に、鍔元の卵形に窪んだ溝へ、魔導核をそっと填め込む。
カチッ、と小さな音が響いた。
次の瞬間、魔導核が淡く発光し、刃全体へ波紋のように“調和の波”が奔った。
「……これは、魔力じゃない?」
カリナが信じられないというように息を呑む。
「違う。これは“生命力”だ」
ゼルヴァは確信に満ちた声で言い放ち、完成した刀を高く掲げた。
「世界を守り、平和を取り戻すための刀。名は――アウルリア。調和の光を宿す、聖刀アウルリアだ」
ミュリエルはその神々しい光にそっと手を伸ばし、祈るように囁いた。
「……ユウト。できたよ」
ゼルヴァが深く頷き、レジーヌが両手を突き上げて歓喜の咆哮を上げる。
聖刀アウルリアの放つ青白い輝きは、夜の闇に沈む工房を、まるで真昼のように明るく照らし出していた。
◇
ルミナ王国・イザベル研究施設。
主のいない白い無機質な部屋は、魔導灯の冷たい光だけを反射し、凍りつくような静寂に包まれていた。
部屋の中央に置かれた手術台。その上で、エリスの瞼が微かに震える。
――意識の底から、古い記憶が泡のように浮かび上がる。
『レア、そんなに慌てたら危ないでしょ』
『大丈夫だよ! ほら、イザベルも早く来て!』
幻影の中で、愛らしい幼い声が笑う。それに呼応するように、エリスの指先がぴくりと動いた。
『元気になったら、またあそこに連れてって。約束だよ』
『ええ……必ず』
その誓いの言葉と共に、エリスの拳が強く握り込まれた。
ドクン、と胸の奥の心臓が跳ね、心電計が激しくノイズを吐き出す。彼女の体に繋がれた複数の細いケーブルが、生命の律動に合わせて小刻みに揺れた。
『魔力循環核、起動確認……精霊繊維縫合完了。レア=コード記憶核、波形……ちょっと高いわね。再起動するわ』
イザベルの懐かしい声が、遠くで響く。
エリスは目を閉じたまま、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
『視覚・聴覚機能、開放……これで聞こえるはずよ。さあ、エリス……起きなさい。もう朝よ』
ゆっくりと、エリスは目を開けた。
魔導灯の光が淡い紫の虹彩を刺し、思わず手をかざして遮る。
その瞬間、手の甲に繋がれていたケーブルが「プシュッ」と排気音を立てて外れた。上半身を起こすと、天井から伸びる無数のケーブルが一斉に分離し、皮膚に残った接続孔が淡い光と共に消えていく。
皮膚の下で魔導繊維が脈動し、幾何学的な紋様が浮かび上がっては消えた。
エリスはふらつく足取りで立ち上がり、鏡のように磨かれた壁に歩み寄る。
そこに映る自身の姿に、そっと指先を伸ばした。
長い銀髪。白銀の軽装甲。
そして、右腕に深く刻まれた『操縦士認証』の無機質な刻印。
「……これが、私」
呟きに応えるように、脳内の奥底でイザベルの音声データが再生される。
『エリス、あなたは生まれ変わった。私はもうそばにいられないけど……必ず迎えに行く。それまではルシアス王の指示に従いなさい。焦らないで。必ず、その時は来るから』
エリスはその言葉を静かに反芻し、外部の四次元アーカイブではなく、自分自身の内部メモリーに大切に刻み込んだ。
その時、背後の扉が開き、重厚な足音が響いた。
「目覚めたか、エリス」
声の主を見て、エリスは反射的に姿勢を正す。
「陛下……」
「君に、新たな役目を命じる」
ルシアス王の声は静かで、一切の感情を排したかのように揺るぎなかった。
「影の山脈で魔族が動き始めた。我々は迎撃の準備を進めている。その切り札が……君だ」
エリスの瞳が揺れる。
「……私が……?」
「そうだ。君に四次元アーカイブの閲覧を許可する。あの兵器を動かせるのは、君だけだ」
王は一歩近づき、エリスの華奢な肩に手を置いた。
「君は再生した。人間としてではなく――“兵器の心臓”として」
その無慈悲な宣告に、部屋の空気が凍りついた。
「人類の未来は、君に託す。共に……平和を築こうじゃないか」
ルシアス王は微笑んだ。だが、その笑みには微塵の温かさもなく、底知れぬ冷酷さだけが張り付いていた。
王が壁に手をかざす。指輪が赤黒く発光し、壁一面に複雑な魔方陣が展開された。石壁が音もなく消え去り、その奥にエレベーターのような白い小部屋が姿を現す。
王は優雅に手を振り、エリスを促した。
エリスは無言のまま小部屋へ足を踏み入れた。
直後、足元の床が重い稼働音と共に震え始めた。
振り返ると、ルシアス王の姿と研究施設の光が、斜め上へと遠ざかっていく。エリスの乗った部屋そのものが、地中深くへと斜降し始めたのだ。
突如、脳内に『四次元アーカイブ:閲覧許可付与』の光の文字が浮かび上がる。
直後、膨大な資料が暴力を伴う雪崩のように、彼女の意識へ展開された。
部屋が揺れる中、エリスは壁に手をつき、瞳を極限まで見開いたまま、瞼を激しく痙攣させる。
紫の虹彩がリング状に輝き、瞳の中に魔導回路の青い光が無数に走る。
呼吸が浅く速くなる。
同調炉の起動条件。
砲身の魔導回路展開。
生命力リンクの接続手順。
射程距離の算出理論。
初撃の威力想定。
充填時間予測の方程式。
――古代兵器に関する殺戮の論理が、容赦なく脳内へ流れ込む。
やがて床の振動が止まり、無機質な部屋に出口が現れ、音もなく開いた。
その先には、薄暗く広大な地下空間が広がっている。壁一面に光の立方体――四次元アーカイブの端末群が星屑のように浮かんでいた。
だがエリスは立ち止まらない。情報の奔流はすでに脳内に定着し、端末はただ彼女の存在に呼応して脈動するだけだった。
さらに奥へ続く扉が開く。
部屋を乗り越え進むと、魔導灯の光は地下深くへ行くほど弱まり、代わりに冷たく古い金属の匂いが濃くなる。
足元から伝わる振動が、巨大な心臓の鼓動のように規則正しく空間を震わせていた。
ドン……ドン……ドン……。
それは、エリスの胸で脈打つ魔力循環核のリズムと、恐ろしいほど完全に同期していた。
床が止まる。
暗闇の最奥。
幾重にも展開された魔導障壁と、古代文字が刻まれた封印壁。
そして、その中心に――超巨大な砲塔の“影”が沈んでいた。
まだ全貌は見えない。だが、そこに在るという存在感だけで空気が震える。
エリスの胸の循環核が、その影に呼応するように激しく脈動した。
一歩、また一歩。
足音は深い闇に吸い込まれ、音にならない。
影の中で、巨大な砲身がわずかに冷たい光を反射した。
失われた魔導文明の遺物であり、神をも撃ち落とす魔導兵器――《ヴァルハラ・ランス》。
それは遠い過去の時代から、再び目覚める時を静かに待っていたのだ。
エリスが砲塔の根元に触れた瞬間、封印壁が音もなく左右に開いた。
内部は冷たく、無音。
だがエリスは一切の感情を交えず、迷いなく乗り込み、操縦席に腰を下ろした。
右腕の刻印が淡く光り、砲塔内部の魔導回路が一斉に起動する。
反応は異常なほど早い。エリスがコンソールを操作する前に、遺物そのものが彼女の魔力に反応し、勝手に息を吹き返していく。
『生命力同調率、上昇』
胸の循環核が強く脈動し、冷たい機械の塊と彼女の身体が、不可逆的に“ひとつ”になっていく。
「全魔導障壁開放。天部開口。駆動エネルギー、充填開始」
エリスの抑揚のない平坦な声が、操縦席に響き渡る。
闇の中で、ヴァルハラ・ランスが地の底から響くような重低音の咆哮を上げた。
床一面に刻まれた魔導紋が淡く浮かび上がる。
最初は細い線だった光が、次第に太く、脈打つ“動脈”へと変わっていく。
青白い光が床下を走り、地中深くから何かを吸い上げるように、エリスの循環核とリンクする。
天井から大量の砂塵が舞い落ち、分厚い岩盤が渦を巻くように展開して巨大な空洞を開けていく。不協和音を重ねながら、何層にもロックされた天井が連動して動き出した。
夜空へ向けて砲口が持ち上がる。
眠れる巨人が今、絶望の光と共に目覚めの時を迎えた。
不穏なルシアス王の行動と兵器の一部に改造されたエリス、エリスにメッセージを残したイザベル、ついに完成した勇者の剣(刀だけど)、いまだネザレムに潜伏し魔剣の破壊に執着する真理、決戦は近い。でもまだ伏線が回収出来ていない。どうする? どうしよう……。助けてよ! ジェミナイ3.1!




