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真理は別人? 少年魔王と牢獄での誓い

姿を消した真理のお話です。

夜の山頂は、魔力の霧が薄く漂い、強風が岩肌を削るように吹き荒れていた。


黒外套を風に靡かせ、真理は城塞の影へとその身を滑らせる。

闇に溶け込む外套の下で、双眸(そうぼう)だけが鋭い光を放っていた。気配は完全に消えている。


外壁前には、大楯を構えた魔胎兵(またいへい)が二体。

動きこそ鈍重だが、その“気配感知”は油断ならない。


真理は呼吸を殺し、風が轟音を立てた一瞬、影から影へ跳ぶようにして二体の背後を駆け抜けた。


外壁の裏手に回り込み、魔力で脈打つ石壁に指をかける。

砂塵が舞い上がる瞬間を狙い、獣のようなしなやかさで一気に壁を駆け上がった。


巡回兵の視線が逸れた刹那、排気口へと滑り込み、音もなく格子を外す。

魔力の余熱が肌を焼く中、真理は狭い横穴へ身体をねじ込み、深淵のような暗闇へと消えた。


細い通路に降り立ち、前方で揺らめく明かりに足を止める。

角(かど)から覗けば、らせん階段の入口で魔将候補ヴァルキスが松明を手に瞑想していた。

階段の途中には半覚醒状態の魔胎兵も一体見える。


真理はヴァルキスの“魔力の呼吸”――その吸って吐く僅かな“間”に自身の存在を同調させ、影の中を滑るように進む。

魔胎兵の視界の癖を読み切り、音もなく階段へ足をかけた。


階段を登り切ると、重厚な扉が行く手を阻んでいた。

身を寄せ、鍵穴から中を覗き込む。


そこには、魔衛兵(まえいへい)を両脇に従え、参謀ドレイヴァスが背を向けて立っていた。

開け放たれた扉の向こう、玉座の間に向けられたその背中は、空間そのものを支配するような威圧感を放つ。


奥から響く誰かの叫び声は、大観衆の咆哮にかき消され、断片しか耳に届かない。


その時、ドレイヴァスが不意に身を翻(ひるがえ)した。

真理は反射的に鍵穴から身を引き、壁の装飾を足場に音もなく上方へと退避する。


直後、扉が開き、ドレイヴァスと魔衛兵二体が真理の真下を通り過ぎていく。


「どうした、グラド」


階段の途中で、魔衛兵の一人が足を止め、振り返ったあと、ドレイヴァスの低い声が響く。


「……いえ。気のせいです」


グラドはわずかに首を振り、再び前を向く。


「ヴァルキス。また瞑想しているのか。そんな調子では昇進はできんぞ」


「はっ! 精進します!」


声が階下へ遠ざかり、静寂が戻るのを待って、真理は扉の前へと舞い降りた。


再び視線を奥へ滑らせると、そこには異様な光景が広がっていた。


漆黒の玉座に沈むように座る、一人の少年。

その傍らでグロム将軍が腕を振り上げ、魔胎兵の群れが武器を掲げて雄叫びを上げる。


「「「ラグナス! ラグナス!」」」


地鳴りのような歓声が、王の間を震わせる。

だが、少年――ラグナスの横顔は、熱狂とは無縁の静寂に満ちていた。

感情の一切を捨て去った、人形のような無機質な表情。


(……あれが、魔王)


その時、玉座の少年が、ゆっくりとこちらを向いた。

誰もいないはずの前室へ、まっすぐな視線を向ける。


肌を粟立たせるような悪寒が走り、真理は息を呑んだ。

気づかれた――そう錯覚させるほど、その瞳は鋭く、前室を通り越して息を潜める真理の魂を直接探っているかのようだった。


(……終わらせなければ)


真理は静かに身を引き、さらに城の深奥を目指す。

少年と侮れば、その存在の根源から見透かされる。

その感覚が、真理の意識を極限まで研ぎ澄ませた。


下層へ進むほど、空気はねっとりと重くなり、魔力の熱風が肌を焼く。

鉄と血、そして生き物の内臓を思わせる湿った匂いが呼吸を浅くさせた。


――魔剣は、この先。

確信にも似た魔力の脈動が、地下の闇から伝わってくる。


階段を降り切った先で、通路は三方に分かれていた。

左手からは低い呻き声。右手には武器を満載した木箱の山。


戦の準備は着々と進められている。

真理は思わず眉根を寄せる。


その時、複数の巡回兵の足音が近づいてきた。

身を翻し、通路の影に溶け込む。


――微かに、正面の通路からひときわ強い“脈動”が伝わってくる。


(こっちか……!)


直感が告げる危険を意に介さず、正面の通路へと足を踏み入れた。

その先は行き止まり。黒く重厚な扉が道を塞いでいる。


後方から迫る松明の光。隠れる場所はない。

焦りを抑え、扉の紋章を探る。

指先が触れた一つの石が、淡く光を放った。


(これだ!)


腰の短剣《サイレント・ヴェイル》の切っ先を石の隙間に差し込み、渾身の力でこじる。

石が壁から引きずり出されると同時に、扉の紋章が消え、わずかな隙間が生まれた。

直後、魔衛兵たちが到着したが、そこに人の気配はなかった。


扉の先は、円形の荘厳な部屋だった。

中央には先代魔王バル=ザグルの石像。


そして、その像に守られるようにして置かれた台座の上に、それはあった。


黒紫の光を脈動させる魔剣――《断罪の聖魔剣(せいまけん)ヴァルディア》。


「見つけた……」


真理が手を伸ばした瞬間、強烈な殺気が背後から迸(ほとばし)る。

反射的に飛び退くと、先ほどまで立っていた石床が衝撃波で抉(えぐ)れていた。


「ほう……ただの娘、ではないか」


そこに立っていたのは、旧魔王軍特攻隊長、ザルグ・ヴァルグレイン。

不気味な笑みを浮かべていた。


「勇者の使いが、その剣を手に入れて何を成す?」


ザルグの言葉に、真理の心臓が跳ねる。

だが、表情には出さない。


「まあいい。拷問の後で、洗いざらい吐いてもらおう」


ザルグの一閃が空気を裂く。

真理は最小限の動きでかわし、《サイレント・ヴェイル》を抜いて舞うように駆けた。

《影歩法(シャドウ・ステップ)》で砂塵の影から影へと跳び、ザルグの剣戟(けんげき)を縫って懐(ふところ)へ潜り込む。


「そこか!」


ザルグの一閃が真理の残像を裂く。

その瞬間、真理は死角から《無音斬(サイレント・カット)》を放った。

切っ先がザルグの鎧を貫き、衝撃が炸裂する。


「ぬぅ……!」


ザルグが低く唸るが、その笑みは崩れない。

「フハハハ……こんな楽しい戦いは久しぶりだぞ!」


黒い霧が立ち上り、その巨躯がさらに膨れ上がる。


しかし真理は冷静だった。

相手の呼吸を読み、一瞬の隙を突いて《影縫い(シャドウ・ピン)》で動きを封じると、背後から無数の斬撃を浴びせる。

だが、どれも致命傷には至らない。


(次で決める!)


真理は一度距離を取り、奥義を放つ。

《虚影(きょえい)一閃(いっせん)》――その身が二つに分離し、残影がザルグを翻弄する隙に、本体は上空へ跳躍していた。


無音のまま、真理の短剣がザルグの眉間へ深々と突き刺さる。


「ぐおおぉぉ……!」


断末魔を上げ、ザルグの巨体が仰向けに崩れ落ちた。


荒い呼吸を整え、真理は台座へ向かう。

だが、その時。


魔剣から溢れ出した黒い霧が、意思を持つようにザルグの亡骸(なきがら)へと流れ込んでいく。


「まさか……!」


絶命したはずの巨体が、ぎしりと音を立てて起き上がる。


「余興は楽しめたか?」


その声は魔剣の力で増幅され、およそ生命の響きではなかった。

勝利の余韻は、一瞬で絶望に塗り替えられた。


◇


「ここで大人しく余生を過ごすんだな、キキッ」


乱暴に檻へ放り込まれ、真理は固い床に身を打ち付けた。

執拗な拷問にも一言も発しなかった沈黙だけが、彼女に残された最後の抵抗だった。


薄暗い檻の中には、三人の先客がいた。

身なりは良いが、その表情には長い拘束による疲労が色濃く浮かんでいる。


「……あの、大丈夫かい?」


穏やかな声に警戒を緩める真理。三人は彼女の気を紛らわすように言葉を交わし始めた。


評議会の中立調整官セドリック。外交官のエルネア。学術院長のノドム。

いずれも人族との共存を望んだために投獄された、“穏健派”の重鎮たちだった。


「我々は対等な関係を望んでいるだけなのだが……嘆かわしい」


「どの文献を紐解いても、争いの先に幸せはないというのに」


「悲しいことだわ。私たちの声は、もう誰にも届かない……」


彼らの嘆きを聞き、真理は意を決して、これまで見てきた光景を語った。

玉座の少年ラグナス。山積みの武器。そして、魔剣の脅威。


「ラグナス――。その少年は、おそらく“生け贄”じゃ。魔剣に選ばれた純魔は、魔王の器となる。文献によれば、勇者と魔王は対の存在。世界の均衡を保つ“安全制御装置”のようなものじゃ」


ノドムの言葉に、真理は息を呑む。


「魔王は長らく空位だったはず――勇者が現れた、ということかしら?」


エルネアの問いに、真理は目を伏せた。

そして、ゆっくりと顔を上げる。


「……勇者は、来た。私の……大切な人が、この世界に」


三人の間に緊張が走る。

驚き、戸惑い、そして――理解。


「……私は、大切な仲間を探している。その人が――勇斗が、突然いなくなったんだ」


真理の声が微かに震える。

それは、彼女の偽(いつわ)らざる本心だった。


「気づいたら、ネザレムの近くにいた。理由は分からない。でも……勇斗が危険だって、魂が叫んでいた。放ってはおけなかった」


嘘と真実を織り交ぜた告白。

それでも、三人は真理の瞳の奥にある強い意志を信じた。


「あなたの言葉に嘘は感じないわ。勇者の仲間なら、なおさら死なせるわけにはいかない」


「強行派の暴走を止めるには、外の協力が必要だ。あなたはその“鍵”になる」


「よし、決まりじゃな! 脱出するぞ!」


「ありがとう」


真理は頭を下げた。

それは感謝と受け取られるが、真の目的を隠している自分への、静かな懺悔(ざんげ)でもあった。


――脱出計画は、大胆かつ迅速に実行された。


巡回兵の足音が遠くから近づく中、エルネアが時間稼ぎに悲鳴を上げ、セドリックとノドムが看守の注意を天井へ引きつける。

その隙に、影に潜んでいた真理が背後から音もなく手刀を叩き込み、看守を無力化した。


鍵を奪い、檻の外へ滑り出る。

気絶した看守を檻に閉じ込め、四人の影は牢獄の闇へと消えた。


防具倉庫へ向かう途中、真理は足を止めた。


「……ここからは、あなたたちだけで行ってほしい」


「どういう意味? 一緒に逃げるんじゃなくて?」


驚くエルネアに、真理は首を横に振る。


「私は、もう少し勇斗を探したい。彼がこの城のどこかにいる気がする。ここで離れたら、二度と会えなくなるかもしれない」


その決意の固い表情に、三人は何も言えなかった。


「……ならば、我々は外へ出て状況を整えよう。あなたが戻る場所を作るために」


セドリックの言葉に、真理は微笑んだ。


「ありがとう。あなたたちが外にいてくれるだけで、心強い」


「ええ。私は後から合流する。必ず、勇斗を見つけて戻るから」


三人と別れ、一人になった真理は、再び城の闇へと身を投じた。

その胸の奥では、真の目的――“魔剣の破壊”という孤独な聖戦への決意が、静かに、だが激しく燃えていた。

真理の行動は意味不明な点が多いと思いますが、クライマックスまでには明かされると信じています。ここにきて登場するキャラクターが増えてしまったこと、類似した名前になってしまっていること、心より深くお詫び申し上げます。キャラ同士が親族という関係ではございません。AIに任せると、ヴァ、ヴォ、バなどが多用され、”瞬間”ばっかり付けてくるという事が発生。何度キャラ名にバルドが生成されたことか……。

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