勇斗と暗黒の森と妹の影、期待を裏切る真理の行動
勇斗もついに暗黒の森へ入りました。勇斗目線で追いかけます。
エルダリア公国の交流船《水精の渡り鳥》は、水精の加護を受けて魔水と共鳴し、ほとんど波を立てずに水面を滑るように進んでいた。
白木と淡い青の木材で組まれた船体は、その名の通り優美で、湖面の光を受けて柔らかく輝く。
船首に刻まれた水精の彫刻は、まるで進路を見守る守護者のようだった。
薄水色の帆が風をはらむと、渡り鳥たちが誘われるように空を舞い、甲板には穏やかな風が流れ込む。
半獣族の船員たちは軽やかに働き、護衛のエルフたちも心なしか表情が緩んでいた。
フィナはガンネルに肘を乗せ、時折指先を指揮棒のように振りながら、水面に向かって何かと楽しげに話しかけている。
普段は無口な彼女の珍しい姿に、勇斗は思わず頬を緩めた。
その気配を察したのか、フィナが鋭い視線をこちらへ向ける。
「……っ」
次の瞬間、頭上にふわりと水が現れ、容赦なく勇斗へ降りかかった。
冷たいしぶきに思わず跳ね上がり、勇斗は一気に目が覚める。
「大丈夫ですか、ユウト様」
びしょ濡れになった勇斗に、リアナはすかさず用意していたタオルを差し出した。
いつも臨機応変な彼女に、勇斗は苦笑しながら礼を言う。
船がゆるやかに進むにつれ、湖面の向こうに木々の影が揺れ、その隙間から細長い桟橋が姿を現した。
湿地帯に張り巡らされた水路と繋がるその桟橋は、まるで湖の上に浮かぶ一本の道のようだ。
近づくほどに、桟橋の両脇に吊された湿地植物の発光灯が淡く光り、風が吹くたびに青緑の輝きが揺れ、水面へ反射して波紋のように広がった。
桟橋の先には、高床式の家々が立ち並んでいる。
葦と木材で組まれた壁は湿地の風を受けて柔らかく揺れ、屋根の上では半獣族の子どもたちが尻尾を振りながら手を振っていた。
漁師たちは水晶魚の網を干し、採蜜師たちは湿地蜜の壺を運んでいる。
どこからともなく笛の音が聞こえ、歌声が重なり、村全体がゆったりとしたリズムで呼吸しているようだった。
カロル村に降り立った勇斗たちは、フィナの先導で首長の家へ向かった。
出迎えたのは首長ではなく、灰色の毛並みに覆われた猫耳の半獣族――グルドの妻、アマンダだった。
「悪いねぇ、主人は今、環の会議で遺跡に行っててね。夕方には戻ると思うんだけど……急ぎの用かい?」
アマンダはフィナにそう声をかけながら、好奇心に満ちた水色の瞳を勇斗たちへ向けた。
フィナはふう、と息を吐き、雑に紹介を始める。
「こっちから勇者、その付き人、お手伝い、迷子の子。以上」
「ちょ、ちょっとフィナさん……!」
アマンダは目を丸くし、勇斗も呆れたように一歩前へ出て頭を下げた。
「勇斗です。一応、勇者をやっています」
「あんたが、あのユウトかい!」
「あの……?」
困惑する勇斗をよそに、アマンダは豪快に肩を叩いて歓迎した。
そして皆をテーブルへ座らせると、奥から白い団子に金色の蜜をたっぷりかけた大皿を運んでくる。
「カロル村のソウルフード《湿地蜜の揚げ団子》だよ。これでも食べて待っとくれ。あたいはちょっと用事があって家を空けるけど、すぐ戻るからね。そこ動いちゃだめだよ」
そう言い残し、有無を言わせぬ勢いで外套を羽織り、出て行ってしまった。
訳も分からぬまま、一同は出された団子をいただくことにした。
「あ……甘いです……!」
マジョルカは一口頬張った瞬間、頬を震わせて目を輝かせた。
「本当。すごく甘くて美味しい……」
真理は幸せを噛みしめるようにそっと目を閉じる。
「外はカリッとしているのに、中はもちもちで……タレも濃厚で香りが良いです」
リアナは上品に口元へ手を添え、熱心に品評会を始めていた。
「この村特産の光花の蜜。濃厚で癖になる味」
フィナは相変わらず無表情だが、団子を取る手だけは止まらない。
「みんな、あんまり食べ過ぎるなよ。アマンダさんの分も……」
そう言いながら、勇斗は三つ目の団子を口に放り込んでいた。
――数時間後。
一同は腹をさすりながら、空になった大皿を前に至福の余韻に浸っていた。
そこへ、まるで頃合いを見計らったかのように、家の主と行商人を連れたアマンダが戻ってきた。
「お、来客か。大勢で珍しいな」
低く響く声、屈強な体躯の半獣族の男――首長のグルド。
フィナはすっと立ち上がり、礼儀正しく頭を下げる。
慌てて勇斗たちも立ち上がる。
マジョルカだけは満腹の余韻に沈み、テーブルに突っ伏したまま眠っていた。
「あんた、フィナ様と勇者様ご一行だよ。無礼のないようにね」
アマンダの鋭い指摘に、グルドは「へいへい」と頭を掻きながら苦笑する。
その後ろから、翼人族のトゥーリがそっと顔を出した。
「ほら、その子が例の」
アマンダに指し示され、トゥーリは勇斗の顔をじっと見つめる。
背中の小さな翼が、緊張とも興奮ともつかないリズムでぱたぱたと揺れた。
「へぇ……あんたがユウトか。レナの言ってた通り、タフそうなお兄ちゃんだね」
その声は明るく気さくなのに、どこか確信めいていた。
「玲奈……? どうしてその名前を……玲奈もこっちの世界に来てたのか?」
勇斗が思わず身を乗り出すと、今度はアマンダが目を丸くした。
「なんだい、あんた妹を探しに来たんじゃないのかい?」
その一言で、場の空気が凍りついた。
疑問と驚愕が交錯し、妙な沈黙が落ちる。
グルドも何か言いたげに眉を寄せたが、言葉を飲み込んだ。
そんな中、真理が小さく息を呑むのが聞こえた。
彼女の顔からすっと血の気が引き、その瞳が大きく見開かれている。
「どうしたの真理さん? 顔が真っ青よ」
リアナが心配して肩に触れるが、真理は虚ろな目で一点を見つめている。
「……ん? ええ、なんか……急に、胸やけが。食べ過ぎちゃったみたい。ちょっと、外の風を浴びてきますね。アハハ……大丈夫、です。すぐ戻りますから」
明らかに不自然な、引きつった笑みを浮かべると、真理はグルドたちの脇を音もなくすり抜け――気配も残さず、外へ出て行った。
「リアナ」
勇斗が短く呼ぶと、リアナはこくりと頷き、すぐに真理の後を追う。
「……少し、話を聞かせてもらおうか。俺にも確かめたいことがある」
グルドはそう言って空いた席に腰を下ろした。
アマンダは納得いかない様子で首を振りながらも、無言で空になった大皿を片付ける。
「それで、勇者殿はどうしてこの村へ? しかもエルダリア公国のお墨付きとは」
グルドの低い声が、団子で膨れた腹に響く。
勇斗はつばを飲み込み、マジョルカに視線を落としてから答えた。
「この子、マジョルカを故郷に帰すためです。ゼルファ村にいる家族の元へ連れて行きたい。ティアナ公女が、山脈を越えるよりこちらのルートが安全だと助言してくれました。それだけです。もしご迷惑ならすぐに出て行きます。でも……この子を送り届けることだけは、どうか許してください。お願いします」
勇斗は深く頭を下げた。
横ではマジョルカがすうすうと寝息を立てている。
その姿を見て、グルドとアマンダは同時にため息をついた。
「顔をお上げなさい。あたいらは勇者様を取って食おうなんて思っちゃいないよ。何泊してもいいし、なんならこのトゥーリにゼルファ村まで案内させたっていい」
アマンダの優しい言葉に、グルドが鼻を鳴らして続けた。
「まあ、こいつの言うとおり、我々に敵意はない。だが、ここは魔族領だ。そこまでして、この魔人の子を助ける義理はあんたにないはずだ。なのになぜだ?」
真実を見極めるような鋭い視線が勇斗に向けられる。
勇斗はその目を正面から受け止め、即答した。
「……俺が、そうしたいと思っただけです。理由なんてありません。ただ、見捨てるわけにはいかない。それだけです」
その真っ直ぐな瞳に、グルドとアマンダは思わず笑みをこぼした。
「レナが言ってた“強い”って意味が、なんとなく分かった気がするよ」
トゥーリが片方の羽だけ器用に広げ、毛繕いを始める。
「まあ、悪い人間じゃないのはよーく分かった。だがこちらからも頼みがある」
グルドは笑みを消し、真剣な眼差しで告げた。
「お前は妹と会わなければならない。彼女は今、そのゼルファ村にいる。お前の妹は、精霊に認められた賢者だ。長い間、生きていると信じてお前を探し続けてきた。……どうか、妹と共にこの世界の均衡を守ってほしい。我々魔族にも、生きる権利があることを知ってほしいんだ」
グルドは祈るように目を閉じた。
勇斗はその言葉を噛みしめるように、ゆっくりと頷いた。
その後、勇斗はリアナが真理を連れ帰ってくるまで、グルドとトゥーリから玲奈の話を聞いていた。
フィナは一足先にアマンダと共に宿へ向かい、やがて合流した勇斗たちも、グルドが用意してくれた宿へと足を運んだ。
《水精の灯》亭――。
高床式の建物は湖畔の風に揺れ、入口に吊るされた光花の灯りが青緑に輝いている。
夜になると宿全体が淡く光り、まるで水精が旅人を守っているかのようだった。
「じゃあ、明日」
勇斗は真理とマジョルカを抱えるリアナに手を振り、階段を上がって自分の部屋へ入った。
葦と木材を組み合わせた柔らかな色合いと、湿地草の爽やかな香りが満ちている。
マットに身を沈め、緑色の草葺き屋根を見上げた。
(玲奈が……賢者?
あいつが、俺を探してた……?
俺がのうのうと城で暮らしている間に、あいつはどれだけ苦労したんだ……。
もっと早く知ってやれたら……いや、今は会えることを考えよう。
会えたら、まず……久しぶりに褒めてやるか)
勇斗は目を閉じ、玲奈との記憶を呼び起こす。
それはリビングでリモコンを取り合い、取っ組み合いの喧嘩をしていた頃の妹の姿だった。
叫ぶように文句を言っていた玲奈の顔を思い出し、勇斗は一人、静かに笑った。
◇
静かな夜だった。
《水精の灯》亭の廊下には光苔の淡い光が揺れ、湖面を渡る風が草葺き屋根を優しく鳴らしている。
勇斗の部屋の前を、ひとつの影が音もなく通り過ぎた。
真理――いや、その内に潜む“別の意志”が、静かに足を止める。
扉の向こうから聞こえる穏やかな寝息に、ほんの一瞬だけ、その影に迷いの色が宿った。
(……ユウト。ごめん)
その呟きは声にならず、胸の奥で泡のように溶けて消える。
彼女は振り返ることなく、廊下の先を見据えた。
光苔の灯りが揺れ、影が細く伸びる。
その影は、まるで揺るぎない決意の形をしていた。
リアナが眠る部屋の前を通るとき、真理の足取りはさらに静かになる。
気配を完全に消し、風のようにすり抜けた。
扉の隙間から漏れる光が、彼女の横顔を一瞬だけ照らす。
その瞳は、いつもの柔らかさを失い、冷たいほどの覚悟を宿して、どこか遠くを見つめていた。
(行かなきゃ……僕が、終わらせるために)
真理の姿は光の揺らぎに紛れ、廊下の闇へと消えた。
残されたのは、微かに揺れる光苔の灯りだけだった。
新たな伏線をちりばめながら、いよいよ兄妹の再会へと進んで参ります。今や遅しと魔族戦争を待っている方がいたらゴメンナサイ。時系列的にはもうノルディア帝国の第一陣と衝突している頃だと思います。が、どんな戦いかは考えておりません。セントリア連合は圧倒的に劣勢です。ただエリスの出番を考えています。ロボット大戦とか巨神兵みたいになったらゴメンナサイ。まだ時間はあるので、もうしばらく考えてみます。




