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エル=ノアの追憶、はじまりの物語

玲奈は声に導かれ、神殿の地下へ向かいます。

この物語の冒頭でテレビから呼びかけてきた声の主がこの話の主役となります。

かつて魔族と共存し、栄華を誇ったエル=ノア王国の神殿跡。

今は十二本の巨大な石柱が円環状に天を仰ぎ、その多くは途中で折れ、深い亀裂が走っている。

朽ちてもなお威厳を失わぬ白灰色の柱には、古代文字だったであろう紋様が刻まれていた。


黒く歪んだ松明を掲げるロルガを先頭に、エルメラ、玲奈、最後にグルドが隊列を組んで地下へと続く階段を降りていく。

壁面には精霊を象ったレリーフが並び、揺らめく炎に照らされるたび、今にも動き出しそうな気配を帯びていた。


らせん状の階段を進むにつれ、苔むした草の匂いは薄れ、代わりに澄み切った冷たい空気が玲奈の肺を満たす。

自然と背筋が伸び、胸の奥が静かに高鳴った。


階段を降りきった先には、円形の広間が広がっていた。

中央には、見上げるほど巨大な水晶柱がそそり立ち、まるで時の流れから切り離されたかのように完璧な姿を保っている。


ロルガは立ち止まり、玲奈へと向き直った。


「ここが神殿の最深部じゃ。代々、聖地として守られてきた場所。今では何も残っておらんが……昔はここで、数多の神事が執り行われていたと伝わっておる」


そして目を閉じ、遠い記憶を辿るように語った。


その言葉に呼応するかのように、水晶柱がかすかに震え、低い音を響かせる。

玲奈は吸い寄せられるように一歩、また一歩と水晶柱へ近づいた。

両手を前に伸ばし、その冷たく滑らかな表面に、そっと触れた瞬間だった――。


心臓を直接打つような重低音が広間全体に響き渡った。

水晶柱の内部から無数の古代文字が浮かび上がり、眩い光が爆ぜるように空間を満たす。

首長たちは思わず目を閉じ、腕で顔を庇った。


光が収束し、静寂が戻ったとき――そこに、玲奈の姿はなかった。


玲奈がそっと目を開くと、先ほどとは違う、静謐な空間が広がっていた。

足元には正方形の石畳が果てしなく続き、その整然とした無機質さが、かえって神聖さを際立たせている。

壁一面には巨大な精霊のレリーフが刻まれ、母のような優しい眼差しでこちらを見守っていた。


天井はどこまでも高く、まるで夜空を閉じ込めたかのように星々が瞬いている。

その柔らかな光が部屋全体を淡く照らし、現実と夢の境界を曖昧にしていた。


そして――空間の中心に、円形の祭壇が静かに佇んでいる。

一番下の窪みには硝子のように透き通った液体が満ち、光を受けて淡く揺らめいていた。

中央の台座には、羽を広げた白い衣の女神像が静かに立っている。

その姿は、今にも語りかけてきそうなほど神々しく、温かかった。


玲奈は女神像の前に立ち、その穏やかな顔をじっと見つめる。


(これが、ロルガさんが言っていた”沈黙の泉”?)


「……あなたが、私を呼んだの?」


声に出してみたものの、当然返事はない。

その沈黙に、玲奈は自嘲気味に小さく笑った。


(像に話しかけるなんて、私、馬鹿みたい)


ふと視線を落とし、足元の窪みに満ちた透明な液体を覗き込む。

そこには大人びた、慈愛に満ちた自分の顔が映っていた。

この世界で過ごした日々が、確かに自分を変えたのだと実感する。


玲奈はそっと膝を折り、水面に映る“もう一人の自分”へ手を伸ばした。

指先が水面に触れ、波紋が広がると、まるで幕が上がるように見覚えのある森の光景が広がっていく。


そこに映ったのは、魔族たち――そして女神像と瓜二つの、大きな翼を持つ美しい女性が出会う光景だった。

その映像を懐かしむように、優しく語りかける声が、玲奈の頭の中に直接響き始める。


――これは、かつてのエル=ノアの記憶。

魔族と精霊が共に笑い、豊かな自然と調和して栄えた国のはじまり。


森で彷徨っていた私に、彼らは警戒心も見せず、食料と寝床を与えてくれました。

その優しさに報いたくて、私は言葉を教えることにしたのです。


声を発せるようになった彼らは嬉しそうに意思を示し、そこに初めて対話が生まれました。

種族の垣根を越えたその瞬間、胸が熱くなり、涙が零れたことを今でも覚えています。


言葉を覚えた彼らに、私は簡単な魔法を授けました。

彼らは驚くほど熱心で、次々と魔法を習得していったのです。

魔法によって集落は活気に満ち、やがて生業が生まれました。


ある日、一人の魔族が私に問いかけました。『なぜ、魔法が使えるのか?』と。

私は考えたこともなく、『使えるから使っている』としか答えられませんでした。

すると彼は、思いもよらない言葉を返したのです。


『魔法は言葉でも意識でもない。そこに漂う、目に見えない神の力を借りているだけだ』と。


その言葉は私の胸に深く刺さり、初めて魔法の根源に思いを巡らせました。

魔法とは何か。その源とは何か。

その日から私は部屋に籠もり、魔族の協力を得て大がかりな実験を重ねました。


やがて集落は村へと姿を変え、魔法は人々の暮らしを豊かにしていきました。

火が生まれ、水が流れ、土は道を築き、風は木を運び、樹は森を再生する。

その時、私の中に一筋の光が差したのです。


火、水、土、樹――全く異なる性質。

見えない力には“属性”があり、意志を持つ。

それこそが、神の宿る力――精霊という存在なのだと。


弾けるような感覚が全身を駆け巡り、広大な意識の海が開けました。

目に見えなかった存在が、色彩豊かな光として感じられる。

手をかざせば、愛おしい光が指の間を漂っていく……魔法とは、精霊そのものだったのです。

魔族たちは精霊と共に踊り、歌い、夢のような日々を築きました。


けれど、彼らの探究心は私の想像を遥かに超えていました。

より暮らしを豊かにするため、彼らは次々と新しい術式を生み出していったのです。

そして、その創意は時に“善”だけではない一面を見せ始めます。


魔光石――魔法を誰でも扱えるようにする、精霊が宿る石。

その力で国はさらに繁栄し、魔法の精度は飛躍的に向上しました。

しかし、その輝きが翳り始めたのは、本当に突然のことでした。


最初に樹の精霊が、次に土と水の精霊が力を失い、森は枯れ、大地は乾き、川は濁りました。

それでも魔族たちは止まりませんでした。

もっと魔法を、もっと力を、もっと精霊を――と。

魔光石に魔力を注ぎ続けた結果、石は赤黒く、不気味な光を放つ“異物”へと変質してしまいました。

それはもはや精霊の力を借りるのではなく、あらゆる魔力と精霊を喰らう、貪欲な捕食者だったのです。


彼らの意識は、もはや森の外――“さらなる力”へと向かっていました。

私は必死に訴えました。この暴走を止めなければ、いずれ破滅が訪れると。

一部の者は耳を傾けてくれましたが、多くは魔光石に魅せられ、私の声を聞こうとはしませんでした。


私は、この未来を予測できなかった。

自分の無知を恥じ、そして決意しました。

どんな犠牲を払ってでも、この世界を守らなければ、と。


私は神殿の地下へ水晶を運び込み、二度と力が奪われぬよう、賛同してくれた魔族たちに幾重もの封印を頼み、一人神殿に籠もりました。

その頃、赤黒く変質した魔光石はすでに臨界点を超え、ついに魔族にも牙を剥きました。


近づく者の肉体から生気が奪われ、干からびて石と化し、魔光石はその力を誇示するかのように、火の精霊が咆哮するように炎を吹き上げました。

灼熱の雨が降り注ぎ、街は一瞬にして炎と悲鳴に包まれる。

それはまさしく、人が描く地獄そのものの光景でした。


私は水晶に祈りを捧げました。

この命と引き換えに、どうか精霊の暴走を鎮めたまえと。

その祈りは、漠然とした“世界の頂点”へ向けたものでした。

そして返ってきた答えは――静かなる、闇。


闇と沈黙を司る神、ノクス=エルムが、私の前に姿を現したのです。

その御仁が私の頭にそっと触れた瞬間、意識は深い闇へと沈んでいきました。

不思議と、恐怖はありませんでした……。


やがて声が止み、水面の映像がふっと消える。

玲奈の頬を、一筋の涙が静かに伝った。


ふと、目の前の女神像が淡い光を放ち、その手の中から古びた一冊の書物がゆっくりと浮かび上がる。

それはやがて光の粒子となって玲奈の腕の中へと収まった。

その表紙に目を落とし、ハッと息を呑む。

そこには、柔らかな筆致でこう記されていた。


《ルミエラ・ノア私記》


(……ノア? もしかしてエル=ノアの事……?)


胸の奥がじんわりと熱くなる。

国の名として伝承されていた“ノア”は、彼女の名だったのだ。

精霊信仰の始まりは、一人の女性――ルミエラ・ノアの奇跡から始まっていた。


腕に抱えられた書物の温かさを感じながら、玲奈は濡れた頬を手で拭い、ゆっくりと立ち上がる。

その瞳には、悲しみだけではない。

受け継いだ意志を遂げるという、鋼のような決意の光が宿っていた。


――ありがとう。


耳の奥で微かに響いた声に、玲奈は驚きつつも、そっと微笑む。

次の瞬間、眩い光が再び身体を包み込み、意識がふっと浮かぶように揺れた。


気がつくと、玲奈は“沈黙の泉”から水晶柱のある広間へ戻っていた。

そこには、神妙な面持ちで佇むロルガたちの姿があった。


「……伝えなきゃいけないことがある」


玲奈は抱えていた古びた書物を差し出し、そこで見た過去の歴史を、ありのまま首長たちへ語った。

ロルガたちは一様に息を呑み、言葉を失う。

だが玲奈は、迷いなく続けた。


「行こう」


その背中を、誰かが静かに見守っているような気がした。

玲奈は振り返らず、仲間たちと共に神殿を後にした。

衆院選が終わりましたね。この原稿を投稿したのはまだ、選挙期間中の事です。

ブラウザゲーム作ったり、紹介動画を制作したり、ボートマッチでどの政党に入れようか考えたりしている頃です。

とにかく6日に1話ペースで投稿出来ればと思います。引き続きよろしくお願いします。

そして衆院選、私の予想が当たりますように。


次話は勇斗の話を書きたいと思っています。「マジョルカがいない!」をテーマに今から話を考えます。

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