ティアナ公女の助力と仲間の響き合う魂、玲奈を呼ぶ始まりの言霊
合流した仲間、終結する仲間、それぞれが仲間を想い、混沌とした世界を駆け抜けます。
勇斗たちは兵士に先導され、エルダリア公国の宮殿に足を踏み入れた。
白銀の柱が林立し、翡翠色の装飾が壁面を彩る回廊。高い天井には精霊紋章が刻まれ、ステンドグラス越しの光が床に硬質な輝きを落としていた。その荘厳さは、歩く者の背筋を自然と伸ばさせる“王族の威光”そのものだった。
しかし、兵士たちは中心部へは向かわず、脇の回廊を抜けて奥へと進む。やがて重厚な空気がふっと軽くなり、視界が開けた。柔らかな陽光が降り注ぐ、宮殿の奥にひっそりと設けられた中庭だった。
中央の噴水は透明な水を湛え、立ち上る霧の粒子が光を受けて虹色に揺らめく。咲き誇る花々の間を小さな精霊たちが舞い踊り、風が吹くたびに甘い香りを運んできた。
その穏やかな光景に溶け込むように、白い東屋の石のベンチに腰掛けたティアナ公女は、静かにティーカップを傾けていた。宮殿で見せる威厳とは異なる柔らかな気配を纏い、緊張して立ち尽くす来訪者たちへ、心をほぐすような優しい眼差しを向ける。
「ようこそ、勇者様、ご一行様。さあ、遠慮無く真実をお聞かせください」
噴水の水音に溶けるように、その声は柔らかく響いた。
クラウスは一歩前へ進み、深く腰を折る。ルミナ王国に仕えてきた年月、勇斗への敬意、そして王国への不信――胸に積もらせてきた思いの丈を、彼は隠すことなく言葉にした。
隣で聞いていたイザベルは、涙を堪えるように布で口元を覆う。言い終えたクラウスの腕にそっと寄り添うが、クラウスは静かにその手を取り、優しく解いてみせた。
ティアナ公女は静かに目を閉じる。噴水の水音だけが、やけに大きく響いていた。その沈黙は、息を呑んで待つ勇斗たちにとって、気が遠くなるほど長く感じられた。
やがて、公女はゆっくりと目を開けた。艶やかな唇がわずかに動き、静謐な言葉が紡がれる。
「勇者様に対するあなたの深い敬意、確かに伝わりました。そのような事情であれば……私の国であなた方を保護いたします。どうか、魔族との共存に力をお貸しください」
その言葉に、クラウスは驚きに目を見開き、次いで、寛大な処置への感謝を示すように深く膝をついた。勇斗も表情を和らげ、短く感謝の言葉を口にする。
ティアナ公女は優雅に立ち上がり、静かに勇斗の前へ歩み寄ると、柔らかな笑みを浮かべた。
「勇者様は本当にご立派ですわ。魔人に救いの手を差し伸べるなど……ルシアス陛下も、さぞ驚かれたことでしょう」
照れくさそうに頭をかく勇斗。しかし次の瞬間、公女の瞳が鋭く細められ、空気が一変した。
「――ですが。魔王討伐を、どのようにお考えなのですか。“魔族だから仕方がない”という理屈は、今のあなたの行動に反しています」
容赦のない指摘に、勇斗は絶句し、無意識に目線を泳がせた。真理は悔しさを噛みしめるように唇を強く結ぶ。
「もし、ルシアス王に恩義を感じてのことならば、一度――」
「違います! 私が言ったんです!」
(真理……)
勇斗に向けられた言葉をかき消すように真理は叫んだ。公女は口を閉ざし、声の主へわずかに目を見開く。
すかさず勇斗は真理の肩にそっと手を置き、静かに首を横に振った。その反応に動揺する真理の目を見つめ、短く、しかし確かな頷きを返す。そしてティアナ公女へ向き直り、自信に満ちた声で宣言した。
「決めたのは俺です。……正直、今は迷ってます。だから、その時が来たら考えるつもりです。それじゃダメですかね」
その言葉に、ティアナ公女は思わず目を丸くした。その場にいた誰もが、同じように言葉を失っている。
「あれ? 俺、なんか変なこと言った?」
勇斗が頭をかきながら半笑いを浮かべると、マジョルカだけが不思議そうに首を傾げて彼を見つめていた。
沈黙の中、不意に真理がぷっと吹き出す。それを合図にイザベルが肩をすくめて「何よそれ」と笑い、クラウスも「それはさすがに……」と苦笑した。リアナは口元を押さえながら「変ですね」とクスクス笑う。
「なんだよ、皆して……」
勇斗が口を尖らせると、真理は一息吐いて笑顔を見せた。
「でも……勇斗さんらしいです」
その賑やかな様子に、ティアナ公女は、威厳も気品も忘れたかのように、堪えきれず朗らかな笑い声を上げた。優しい日差しが降り注ぐ庭園に、しばらくの間、明るい声が響き渡った。
「暗黒の森への渡航を、正式に許可いたします」
それは、皆が落ち着きを取り戻し、庭園で穏やかに茶を楽しんでいた時のことだった。
勇斗の人柄に触れ、魔族との摩擦を最小限に抑えられると判断したうえでの決断だった。
「フィナを同行させます。精霊使いですから、魔族に余計な誤解を与えることもないでしょう」
紹介された蒼樹の巫女フィナ・ルミエールは、外見こそ少女のようだが実年齢は二百歳を超えるエルフ。
淡い青緑の髪に澄んだ青い瞳、巫女服を纏い、水と樹の精霊たちと戯れる姿は、可憐だった。
クラウスとイザベルは、難民とはいえ実際には、戦争を避けるための相談役として迎え入れられた形だ。うまくすれば、ルシアス王への牽制にもなる――ティアナ公女のそんな思惑も透けて見える。
暗黒の森へは、ネザレムの根城がある険しい山脈ルートではなく、エルダリア公国が管理する川沿いの専用ルートを使うことになった。
まず船でカロル村へ向かい、そこから森を抜けてゼルファ村へ至る道のりだ。
「もうすぐ両親に会えるぞ」
勇斗が笑いながらマジョルカの頭を撫でると、マジョルカは不思議そうに首を傾げ、ぱちぱちと瞬きをした。
◇
勇斗たちがエルダリアで未来への一歩を踏み出した頃、彼らの仲間たちもまた、それぞれの場所で道を切り拓いていた。
幻鋼を託されたレジーヌは、ドワーフたちと灼熱の炉に向き合い続けていた。サンドリアから持ち帰った熔獄獣の魔鋼は、今や両腕で抱えられるほどにまで凝縮されている。ムアールの技術とムスカの不屈の努力、そしてレジーヌ自身の覚悟が、ついに原石を生成せしめたのだ。
炎に焼かれ黒光りする頭が反射し、白い歯がぎらりと輝く。その表情には、職人のような誇りと達成感が滲んでいた。
完成した原石を袋に詰め、腹にしっかりと巻き付けると、レジーヌは挨拶もそこそこにルミナ王国へ向けて駆け出した。仲間のために、一刻も早く届けるために。大きく手を振って見送るドワーフたちの背中には、確かな自信が満ちていた。
時を同じくして、魔光石を託されたミュリエルは、錬金術師たちの工房≪灰銀工房≫を訪れていた。
オルフェンが古代文字の刻まれた金属製リング――≪魔光測定環≫の中央へ慎重に魔光石を乗せると、リングの紋様が赤黒く脈打ち、工房の空気を一変させるほどの強い光を放つ。切迫を告げる甲高い警告音が鳴り響き、オルフェンは即座に魔光石をつまみ上げた。ランク四を示す紫色ではなく、“増幅型の赤”――砕けた核が秘める異質さに、誰もが息を呑んだ。
その後、ミュリエルはルミナ王国のアークフレム工房に身を寄せていた。砕けた魔光石を“ひとつの核”へと集約するために。
リゼットが描いた配置図をもとに、エルドが卵形のフレームを精製する。テオは二人を支え、ミュリエルは天井の光に小粒の魔光石を透かした。深紅の輝きの奥に、氷の結晶のような幾何学模様が浮かぶ。
「……魔力、高まる。ユウト、喜ぶ」
魔力律動炉の中で、仲間たちの想いが少しずつ形を成し始めていた。
◇
一方、暗黒の森の中央にそびえる遺跡――エル=ノアの環では、年に一度の“環の会議”が開かれていた。
玲奈は、師であるエルメラと共にその場にいた。三つの村の首長が集う神聖な場は、魔人誘拐と戦争の噂によって、明らかに空気が張り詰めている。
「勇者の存在が広まっている。まさか、先の大戦の惨劇が再び繰り返されるのか」
カロル村の首長グルドが、鱗で覆われた屈強な顔をしかめてため息をついた。
「その勇者のことじゃが……その前に、この娘を紹介しよう」
エルメラに促され、玲奈は首長たちの前に進み出る。ロルガは旧知の顔に温かい笑みを向けたが、初対面のグルドは鋭い眼光で玲奈を値踏みし、その威圧感に彼女の肩がびくりと震えた。
「怖がらせるんじゃないよ、グルド」
エルメラの牽制に、グルドは鼻を鳴らして豪快に笑う。その気さくな一面に、玲奈は少し胸をなで下ろした。
「ご紹介にあずかりました、甘木玲奈です」
緊張を押し隠し、玲奈は深々と頭を下げる。そして、慎重に言葉を選びながら、兄のことを語り始めた。
「勇斗は私の兄です。運動は得意ですが、考えることはちょっと苦手で……でも、正義感はあって、悪い人じゃありません。古文書に出てくるような勇者ではないので、安心していただいて大丈夫だと思います。はい」
そう締めくくって、玲奈はもう一度深く頭を下げた。しんとした沈黙が落ちる。
「……今、古文書と言ったか?」
低く響いたグルドの声に、玲奈は腰を折ったまま慌てて顔だけを向けた。
「は、はいっ……!」
「この娘は古文書が読めるんだよ。加護の力でね。その兄だってんだから、そんなに身構える必要はないさ」
エルメラの柔らかな声が、張り詰めた空気を少しだけ和らげた。グルドは低く唸り、腕を組んで瞑想に沈む。
その時だった。
まるで耳元で誰かがそっと触れるように、囁きが届いた。
(……助けて……)
「……え? 誰?」
思わず振り返るが、そこには誰もいない。ただ、森を抜ける風が遺跡の空洞へと流れ込む音が響くだけだ。
「どうしたんだい?」
エルメラが不思議そうに顔を覗き込む。玲奈は遺跡の奥に開いた空洞をじっと見つめ、かすかに震える声で呟いた。
「……あの時の声だ。この世界に来る前……助けを求める声が聞こえたんです。その声が、今また……」
玲奈は静かに、遺跡の闇へと続く空洞を指差した。
エルメラはその方向に目を向け、グルドは片目だけを開いて玲奈を観察する。
ロルガだけが、すべてを理解したように深く頷き、確信を帯びた声で告げた。
「――精霊神がお呼びなのだ。レナを待っておられる」
その言葉に呼応するように、暗黒の森がざわめいた。朽ち果てた神殿――エル=ノアの環は、まるで息を吹き返したかのように、得も言われぬ存在感を放ちながら、静かに口を開けて佇んでいた。
ちょっとお待ちください。うんうん。ヤバい。どうしよう。どうにでもなれ! そんな気分で執筆中です。




