生贄なんて許さない。偽りの神託と紅蓮の祭壇
勇斗は幻鋼の素材集めにサンドリアへ向かう話です。
「ではボウズ様、ルミナ王国でお待ちしております」
リアナは馬車の窓から身を乗り出し、太陽のような笑顔で手を振った。
その傍らで、マジョルカが不安と期待の入り混じった瞳でこちらを見つめている。
先刻届いた招請状を受け、ギルガメッシュ総督が五国会談のためルミナ王国へ向かうことになったので、非戦闘員の二人を旅団に託したのだ。
三牙戦団と呼ばれる精鋭も同行するので安心していた。
「ああ、道中気をつけてな。クラウスさんたちにもよろしく」
勇斗は旅団の行列が見えなくなるまで手を振り、肩に荷物を担ぎ直した。
振り返ると、真理、ミュリエル、そしてレジーヌが準備を終えて待っている。
一行は街の北門へ向かい、サンドリア行きの乗合馬車に乗り込んだ。
イーストバロニア連邦の北東には巨大な活火山がそびえ、その麓に高純度の魔鋼が採れる鉱脈が眠っているという。
それが、勇斗たちの次の目的地だった。
車窓の景色は深緑の草原から、やがて草木もまばらな荒れ地へと変わる。
そしてついに、砂と土で築かれた街――サンドリアが姿を現した。
吹き付ける砂礫が肌を打ち、灼熱の大気が容赦なく体力を奪っていく。
鼻腔を刺す硫黄の匂いに、勇斗は思わず顔をしかめた。
紅蓮火山の山肌は黒曜石と赤褐色の岩に覆われ、そこかしこから赤い溶岩が滲み出しているのが遠目にも分かる。
麓に走る巨大な裂け目、紅蓮裂谷からは、地鳴りと共にマグマが噴き出し、大地の脈動を肌で感じさせた。
街の建物は全て赤土を固めたレンガ造りで、窓や扉は厚い布や木板で覆われている。
住民たちは顔を布で隠し、よそ者である勇斗たちに警戒の視線を向けるだけで、誰も近づこうとはしない。
排他的な雰囲気は聞いていた以上だった。
街の中央にある「冷泉広場」だけは例外で、地下から湧き出す清水を求める人々で活気に満ちていた。
灼熱の街の唯一のオアシスで喉を潤し、一行はギルドらしき建物へと向かう。
「採掘許可を頂きたいのですが……」
勇斗が受付の男にギルドカードを差し出すと、男はカードを一瞥しただけで、眉間に深い皺を刻んだ。
「精霊〈カグツチ〉様の寝床を荒らす者は災いを招く。余所者には許可できん」
けんもほろろな態度に、勇斗は仕方なくギルガメッシュ総督の名を出す。
男は露骨に顔を歪め、
「……待ってろ」
とだけ言い残し、奥へと引っ込んでいった。
あくびが出るほど待たされていると、一際大きな地鳴りと共に、足元が激しく揺れた。
「なっ……!」
勇斗が外へ飛び出すと、紅蓮火山の方角から黒煙が濛々と立ち上っている。
人々の悲鳴と、「落盤だ!」という叫びが街に響き渡った。
「行くぞ、師匠!」
レジーヌの言葉に頷き、勇斗たちも現場へと駆け出す。
採掘場の入口は、魔道具や鉱石が散乱し、パニックに陥った人々でごった返していた。
地下へ続く坑道からは黒煙が噴き出し、肌を焼く熱気が満ちている。
勇斗は煤にまみれて地面にしゃがみ込む男に駆け寄った。
「中に人は!?」
「奥に……まだ数人が……閉じ込められて……」
男の言葉は途切れ途切れだった。
勇斗は黒煙の渦巻く坑道を見据える。
「ミュリエル、あの煙、何とかできるか?」
「ん、簡単」
ミュリエルは両手を胸の前で合わせ、二つの異なる魔方陣を同時に描く。
青と緑の光が渦を巻き、一つの力へと収束した。
「――《清風水渦》!」
放たれた冷たい水流と風の渦が、激しい音を立てて坑内へと吸い込まれる。
熱気を帯びた水蒸気が噴き上がり、黒煙を押し返して道を切り開いた。
「俺が行きます!」
レジーヌが返事を待たずに飛び込み、勇斗たちも慌てて後を追う。
自然に出来た洞窟は複雑に入り組んでいて、早くもレジーヌの姿は見えなくなっていた。
「はぐれるなよ! 俺たちは固まって動くぞ」
「レジーヌ、遭難」
「せめてもっと明かるければ……」
真理の呟きに、勇斗が拳を打った。
「それだ! ミュリエル、光る魔法はないか? 人を見つけられるような」
「……人、見つける、光?」
ミュリエルが小首を傾げる。
真理が苦笑した。
「そんな都合の良い魔法、あるはずが……」
しかし、ミュリエルはこくりと頷くと、地面にしゃがみ込んで指先で素早く魔方陣を描き始めた。
「こういう……感じ?」
淡い光が魔方陣から立ち上り、いくつもの光球となってふわりと浮かぶ。
それらは意志を持つかのように四方へ散り、洞窟の闇を照らしながら奥へと消えていった。
「なんですか?……今の」
目を丸くする真理に、ミュリエルは淡々と答える。
「作った、……《導光珠》」
「え? 人を探す光を?」
呆然とする真理をよそに、勇斗は「すごいぞ!」と拍手を送る。
ミュリエルは腰に手を当て、無表情のまま少しだけ胸を張った。
光を頼りに進むと、光に包まれた坑夫たちを次々と発見できた。
どうやら《導光珠》は、発見した人を光で包んで知らせる仕組みらしい。
そしてついに、一際まばゆい光の中で腕を組むレジーヌを見つけた。
「お前……勝手に先行するなよ」
「いやはや、途中からこの光に導かれまして。この奥へスーッと消えていきやした」
レジーヌは悪びれる様子もなく、神々しく輝くスキンヘッドで笑う。
ミュリエルの魔法だと説明すると、彼は彼女を大げさに褒め称えた。
「……ふつう」
ミュリエルが胸を張る中、光に吸い寄せられるように他の坑夫たちも集まり、救助作業は一気に進んだ。
レジーヌの怪力、ミュリエルの土魔法、勇斗の風魔法、そして真理の的確な応急処置。
それぞれの力が噛み合い、全員を無事に救出することができた。
一行が採掘場を出る頃には陽は落ち、噴き上がるマグマの光が空を紅蓮に染めていた。
救助を祝して、ギルドはいつしか酒場と化していた。
勇斗たちも席に招かれ、砂風エールが注がれる。
(俺、まだ未成年なんだけど……こっちの世界じゃ成人扱いか?)
「勇斗さん、全然飲んでないじゃらいれすか! ほら、グイッと! ほらほら」
頬を赤らめ、呂律の怪しい真理が絡んでくる。
すっかり出来上がっているようだ。
一方、レジーヌは坑夫たちに囲まれ、熔岩酒を一気飲みして喝采を浴びていた。
すっかり街の人気者だ。
そんな喧騒の中、勇斗の隣に一人の少女がちょこんと座った。
小麦色の肌に、赤茶の三つ編みをした少女は琥珀色の瞳を輝かせながら教えてくれた。
「お兄ちゃんたち、ありがとう。今日の宴はね、〈カグツチ〉様の怒りを鎮めるための宴でもあるんだ。〈カグツチ〉様が怒ると火山が噴火しちゃうから、みんなでお祈りしないとね」
無邪気な笑顔で語られる言葉に、勇斗は街の信仰の根深さを知る。
採掘は仕事ではなく、精霊と共存するための儀式。
外部者を拒むのは、その神聖な営みを守るためだったのだ。
翌朝、勇斗たちが再びギルドを訪れると、昨日とは打って変わって重苦しい空気が漂っていた。
出迎えたのは、昨日の少女メイベルの父親であり、街の長でもあるペペロだった。
彼は虚ろな目で、信じられない言葉を告げた。
「……生け贄を捧げねば、精霊の怒りは鎮まらぬ。メイベルは……自らの意志で、その道を選んだ」
苦悶に歪むその顔は、長としての責務と、父としての愛情の間で引き裂かれていた。
「信仰のために命を捨てるなんて間違ってる! 考え直してください!」
勇斗の叫びは、この場にいる誰の心にも響かない。
向けられるのは、冷たい軽蔑の視線のみ。
この街では、それが当たり前のことなのだと驚愕する。
メイベルは既に祭壇へ向かった後だという。
勇斗は憔悴しきったペペロの肩を掴み、半ば強引に場所を聞き出した。
「行くぞ!」
理不尽な伝統が、汚れなき少女の命を奪う。
勇斗にそれを見過ごすことなど、到底できなかった。
祭壇は、頑丈な岩扉で閉ざされた人工の洞窟にあった。
今は開け放たれ、むせ返る熱気と硫黄の匂いが噴き出している。
一行は怯むことなく奥へ進んだ。
緩やかに下っていくと、やがて視界が開け、溶岩流が巡る広大な空間に出る。
その中央、黒曜石の石碑の前に置かれた石棺に、メイベルは縄で縛られ横たわっていた。
「止めろ! その子を解放するんだ!」
勇斗の叫びを無視し、男たちは祈りを続ける。
だが、その時。
ドンッ!と、溶岩溜まりが巨大な心臓のように脈打った。
「熔獄獣だ! 〈カグツチ〉様がお使いを成された!」
男たちは叫び声を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「真理! メイベルを連れて先に避難を!」
真理は頷き、縄を断ち切ると気を失ったメイベルを抱えて出口へ走る。
「何か来やすぜ、師匠!」
レジーヌが大剣を構えた直後、溶岩溜まりから紅蓮の巨体が姿を現した。
マグマを血液のように巡らせ、胸の赤黒い核が不気味に脈動している。
ミュリエルが薄い水の膜を展開し、灼熱の空気を和らげた。
「うおおおおっ!」
レジーヌが吠え、大剣を叩きつけるが、鈍い音と共に弾かれる。
熔獄獣は地響きを立てながら石碑を踏み砕き、出口へ向かって前進を始めた。
「外に出すな、レジーヌ!」
「おうよ! ≪地隆壁≫!」
レジーヌの腕輪が輝くと、巨大な土壁がせり上がり、出口を塞ぐ。
進路を阻まれた熔獄獣は、向きを変える。
「≪覇断突撃≫ッ!」
正面から迎え撃つレジーヌ。
凄まじい衝撃波が広がり、両者は拮抗する。
「レジーヌ! そいつを持ち上げろ!」
勇斗の叫びに、レジーヌは歯を食いしばった。
「――ぬおおぉぉぉ! ≪地脈昇竜壁≫ッ!!」
足元の地面が竜のように隆起し、熔獄獣の巨体を激しく突き上げる。
バランスを崩し、胸の核ががら空きになった。
「ミュリエル!」
「……《清雨の環》」
頭上に現れた魔方陣から滝のような雨が降り注ぎ、爆発的な水蒸気が視界を奪う。
「熱ちーーっ!!」
レジーヌの悲鳴が響く中、勇斗は圧縮した風の塊を撃ち放った。
「――砕けろッ!」
白煙を裂いた一撃が、核を正確に貫く。
砕けた核から赤黒い光が消え、巨体は動きを止め、やがてただの岩石へと還った。
岩石の一部は黒曜石のように輝き、核は赤い宝石のような石で出来ていた。
持ち帰ってペペロに見せると高純度の魔鋼と魔光石だと判明した。
だが、安堵も束の間、戻ってきた住民たちに囲まれた勇斗たちは「守護神殺し」の罪人として罵られ、ペペロの必死の説得も虚しく、牢獄へと押し込められた。
◇
――その夜。
牢獄に現れたのは、ペペロと、彼に手を引かれたメイベルだった。
二人に導かれ、一行は静かに街を脱出する。
街外れには、勇斗たちの荷物と熔獄獣の残骸――魔鋼と魔光石を積んだ荷馬車が用意されていた。
「精霊の怒りは鎮まった。だが、村人たちの心はまだ縛られたままだ。どうか……この街を恨まないでくれ」
震える声で頭を下げるペペロに、勇斗は静かに礼を述べた。
託された魔鋼と、救った命の重みを胸に、一行はイーストバロニア連邦へと静かに馬車を走らせた。
◇
その頃――五国会談へ向かうギルガメッシュ総督の旅団は、魔獣の襲撃を受け、乗っていた船が操舵不能となり激流に呑まれていた。
鳥型亜人の総督たちは自らの翼で避難できたものの、リアナやマジョルカを含む従者たちは、船と共に消息を絶った。
勇斗がその凶報に触れたのは、ムアールたちへ魔鋼を届けた直後だった。
大ギルドの応接室で待っていたゼファンは、やつれた顔で深々と頭を下げた。
「報告では、襲撃で舵が損傷し、船はそのまま下流へ……。現在、サウスヴェントル共和国行きの交易船に捜索を依頼している。大切な仲間を危険に晒してしまい……本当に、面目ない」
胸の奥から湧き上がる焦りと怒りを、勇斗は息を吐くことで必死に押し殺した。
レジーヌにムアールたちの作業を託し、勇斗は真理、ミュリエルと共に港街へ向かう。
そこで、ミュリエルに魔光石を預けた。
「これを錬金術師オルフェンの工房へ。ランク四の素材として使えるか確かめてほしい。頼めるか?」
ミュリエルは、こくりと小さく頷いた。
やがて出航の時が来る。
勇斗と真理はタラップを上り、見送るミュリエルに手を振った。
「ルミナ王国で会おう!」
勇斗の声に、ミュリエルも控えめに手を振り返す。
その小さな背中が見えなくなるまで見送ると、勇斗は固い決意を胸に前を向いた。
次の目的地は、サウスヴェントル共和国。
この時、勇斗たちはまだ知らなかった。
リアナとマジョルカが、悪名高い海賊団の手に落ちていることを。
ルミナ王国へ向かうはずだったリアナとマジョルカはどうなってしまうのか。次週は五国会談について進めていけたらと考えています。




