武力の「ノルディア帝国」と情報網の「イーストバロニア連邦」
中継都市グレイフォード、ルミオールは一身上の都合により飛ばします。
運命の歯車が、異なる場所で同時に軋みを上げる。北の帝国では冷たい鋼の音が、東の連邦では喧騒に紛れた剣戟の音が、やがて来る混沌の序曲を奏で始めていた。
勇斗たちがグレイフォードから大河を渡り、ルミオールを経てイーストバロニア連邦へ向かっている頃、ノルディア帝国へ向けて、ルミナ王国から一人の特使が派遣されていた。
分厚い石壁と鉄鋼の門に閉ざされた城塞都市は、要塞そのものの威容を誇る。だが近づくにつれ、所々に組まれた足場が目に入った。補修工事の槌音が響き、砲撃による黒い焦げ跡や崩落した壁面が、戦いの惨禍を生々しく物語っていた。
雪に覆われた屋根の下、鍛冶場からは絶えず煙が立ち上り、街全体が鉄と火の匂いに包まれている。兵士たちは重い鎧を纏い、槌や斧を肩に担いで城門を警備していた。彼らの眼差しは鋭く、外部の者を容易には信用しないという決意が滲んでいた。
アルヴェリオは深紅の外套を翻し、王国の紋章を刻んだ書状を胸に抱えながら城門をくぐる。冷たい風が背を押し、彼の足取りは重くも揺るぎなかった。これから始まる交渉が、王国と帝国双方の未来を左右すると理解していたからだ。
土色の機能性を追求した強固な要塞。その厚い扉が軋みを上げて開かれると、冷気が客室へと流れ込んだ。
形ばかりの暖炉が備え付けられた部屋は、飾り気のない石壁に囲まれ、戦の砦であることを強く印象づける。
暖炉の炎に照らされた三つの影――宰相ドルガン、軍務卿バルグリム、鍛冶卿トルヴィンが静かに座していた。彼らの視線は冷徹で、苛立ちを押し殺した硬さを帯びている。それは同盟国の特使を迎える温かさではなく、戦場に立つ者の緊張と警戒そのものだった。
アルヴェリオは静かに一礼すると、王国の紋章が刻まれた羊皮紙を広げ、抑揚のない声で淡々と要請状を読み上げる。
「……以上の理由により、軍事協定第三項に基づき、ノルディア帝国との兵站支援を要請する。貴国の叡智と武力に期待し、陛下のご裁可を賜りたく、ここに謹んで書状を奉る。ルミナ王国国王、御名において。特使、アルヴェリオ・カーディナル」
言い終えると、アルヴェリオは懐から布に包んだ金属片を取り出し、書状と並べて机上に置いた。欠片は淡い光を放ち、焦げた符文が浮かび上がる。室内の空気はさらに張り詰め、三人の視線がその破片に注がれた。
「こんな符文は見たことがない……。これが森の洞窟に?」
トルヴィンは拡大鏡を手に、欠片を様々な角度から観察する。
「はい。実際は三十センチほどの筒状で、発見時には重低音を響かせ地面に打ち込まれていたと。魔導矢で破壊した後、残りの破片は国内で継続調査中ですが……」
アルヴェリオは、その欠片の調査も帝国に依頼したいと付け加えた。トルヴィンは低く唸り、欠片を手元に寄せて頷く。
「我が国でも魔族と疑わしき事案が起きている。つい先日のことだ。これが事実なら明らかな停戦協定違反……。しかし、なぜ今になって? ルミナ王国に心当たりは?」
「御座いません」
ドルガンの問いに、アルヴェリオは即座に否定した。
その瞬間、軍務卿バルグリムが傍らの戦斧に手を掛け、吠えるように声を響かせた。
「意は決した! こちらから叩くしかあるまい!」
「待て、バルグリム! 相手は魔族だ、軽率な行動は慎め!」
「何だと、ドルガン! いつから貴様は臆病風に吹かれるようになった!」
「そうではない、冷静になれ! これは大陸全体の存亡がかかっているのだぞ!」
二人が激しく言い争う傍らで、トルヴィンは欠片から目を離さず呟いた。
「……古代文字やもしれん」
アルヴェリオは小声で反芻する。古代文字――遥か昔、魔族と精霊の国エル=ノアで用いられたという伝説の象形文字。
「解読は可能でしょうか?」
アルヴェリオが問うと、トルヴィンは首を振り、思い出したように顔を上げた。
「精霊信仰が盛んなエルダリア公国ならば、何か分かるやもしれん」
いつしか喧騒は収まり、ドルガンは掴みかかるバルグリムを制しながら、重々しく口を開いた。
「……五国会談を開くべきだ」
◇
勇斗はついにイーストバロニア連邦へと足を踏み入れていた。獣人、エルフ、ドワーフ、そして人間が肩を並べて行き交う街路は、まるで大陸全体の縮図のような賑わいを見せている。
クラウスに導かれ石造りの大ギルドへ入ると、冒険者たちが情報を交換し、依頼の張り紙に群がっていた。
カウンターの獣人女性に用件を伝えると、一行は二階の応接室へと案内される。壁にはアストラル大陸の航海図が飾られ、中央のテーブルを囲むソファに腰を下ろすと、間もなく扉が開いた。
「よく来てくれた! ルミナ王国からの動きは耳にしている。こちらでも魔族の情報は掴めるはずだ。情報を提供してくれれば、滞在中の便宜を図ろう。どうだ?」
現れたギルドマスターのゼファンは、息つく間もなく一行を言葉の激流で飲み込もうとする。クラウスは汗を滲ませながらも、秘匿すべき情報を巧みに避け、冷静に言葉を返していく。それはもはや討論会さながらの応酬だった。
(うへぇ、話が速すぎてついていけない……)
早々に項垂れる勇斗の隣で、真理は目を輝かせ、知識欲を満たすように会話に聞き入っている。
「……なるほど。こちらの情報と概ね一致するな。裏取り完了だ。総督には俺から話を通しておこう。何かあればまた俺を訪ねてくれ。情報、感謝する!」
ゼファンは嵐のように現れ、そして去っていった。残されたのは、ぐったりと項垂れるクラウスと勇斗だった。
「クラウス様! しっかりなさって! 私がついておりますから!」
イザベルがクラウスの腕にしがみつく。
「ユウト、何もしてない」
ミュリエルの冷たい視線が勇斗に突き刺さった。リアナが慌てて肩を揺する。
「ユウト様、気をしっかり!」
「生体反応、異常なし」
エリスは淡々と告げると、静かにテーブルの下へ手を伸ばした。その掌には、微かに光る小さな魔道具が握られている。彼女がそれを握り潰すと、乾いた音と共に光は消えた。
「今のはなんです?」
真理が目を丸くする。
「盗聴用の魔道具と思われます。既に無力化しました」
エリスの説明に、クラウスは眉をひそめて立ち上がると、ゼファンに抗議すべく部屋を出て行った。
結果として、ゼファンは身に覚えがないと釈明しつつも、非礼を詫びて宿泊施設の提供と護衛を約束した。
案内された旅館“ホシカゲ”は、木の香りが漂う和風の建物で、どこか懐かしい落ち着きがあった。だが、護衛の冒険者――ドワーフのムスカと獣人のミレーヌの鋭い気配が、その穏やかな雰囲気を打ち消してしまう。
さらにその夜、酔ったイザベルが男部屋に乱入したことで枕投げが勃発。翌朝、一行は惨状と化した部屋を前に呆然とする店主から、丁重に退去を言い渡された。
結局、護衛には遠慮してもらい、一行は二手に分かれることに。クラウスとイザベルは魔族の情報収集へ。勇斗たちは幻鋼の手がかりを探しつつ、新たな宿を探すことになった。
「やっぱり、幻鋼なんて見つからないんでしょうか……」
中心街の定食屋“潮風亭”で、真理が海鮮丼を頬張りながら呟く。
「そうだな」
勇斗も焼き魚定食をかき込みながら相槌を打った。成果のないまま、気づけば昼食の時間になっていたのだ。
新鮮な魚介が人気の店内は活気に満ちている。そんな喧騒を突き破るように、聞き覚えのある声が響いた。
「見つけたぞ、ボウズ! あの時の恨み、今こそ晴らしてやる!」
(……誰だっけ?)
勇斗が首を傾げると、エリスが補足する。
「エルディア工房で不正を働き解雇された、レオン・バルステッドです」
(ああ、あの嫌な奴か)
レオンの傍らには、大剣を背負ったスキンヘッドの大男が卑屈な笑みを浮かべて立っていた。男は勇斗を見下ろし、鼻を鳴らす。
「俺の名はレジーヌ。ノルディア帝国の勇者だ。お前に恨みはねぇが、仕事なんでな。手合わせ願おうか」
立ち上がろうとするミュリエルたちを制し、勇斗は静かに口を開いた。
「ここで騒ぎは起こしたくない。場所を変えよう」
「ああ、いいだろう」
レジーヌが踵を返す。勇斗も立ち上がり、仲間たちに笑みを見せた。
「ちょっと行ってくる。皆は先に食べててくれ」
◇
露天が立ち並ぶ広場は、瞬く間に野次馬で埋め尽くされ、闘技場のような熱気に包まれた。
「兄貴! コテンパンにしちゃって下さい!」
「どっちも頑張れー!」
群衆の声援に、レジーヌは「馬鹿な連中だ」と吐き捨てて大剣を抜く。勇斗も無言でヴェイル・リフォージに手を掛けた。
レジーヌが巨体とは思えぬ速さで突貫し、大剣を振り下ろす。轟音と共に石畳が砕け散るが、勇斗は軽やかにそれをかわしていた。
「なかなかすばしっこいじゃねぇか!」
戦いを楽しむように歯を見せるレジーヌに対し、勇斗も微かに口角を上げる。
(ちょうどいい。カイルさんとの特訓の成果、試させてもらおう)
迫る大剣を弾き返すと、甲高い金属音が響き、レジーヌの巨体がのけぞる。勇斗はその隙を突き、斜め上へ剣を突き上げた。
「地隆壁!」
レジーヌの腕輪が光り、地面が盛り上がって勇斗との間に壁を形成する。
彼はその壁を驚異的な跳躍で飛び越え、空中から大剣を振り下ろした。
勇斗も壁を駆け上がり、頂上から飛翔する。二つの刃が激突し、衝撃波が周囲の空気を震わせた。
「おい、コイツ一体何なんだ! こんなに強いなんて聞いてねぇぞ!」
レジーヌが怒鳴るが、群衆の中にいたはずのレオンの姿はもうない。
「勇者の名折れになることだけはごめんだぜ!」
覚悟を決めたレジーヌは、切っ先を勇斗に向け叫んだ。
「破城槍!」
大剣が魔力を纏い、空を裂いて迫る。勇斗は静かに剣を構えた。剣に嵌め込まれた魔光石が青白く輝き、風がその刃に収束していく。
――一閃。
大剣は音もなく二つに裂け、折れた剣先が回転しながら地面に突き刺さった。レジーヌは膝から崩れ落ち、呆然と呟く。
「……参りました」
勇斗は短く息を吐き、剣を納めるとレジーヌに手を差し伸べた。
「ありがとうございました」
静まり返った広場に、やがて割れんばかりの歓声が響き渡る。
「すげぇ! 見事な演舞だったぞ!」
勇斗は照れ笑いを浮かべ、群衆に手を振りながら食堂へ戻った。
店内でも歓迎され、見知らぬ客から握手を求められる。訳も分からぬまま愛想笑いを返して店を出ると、そこには正座したレジーヌが待っていた。
彼は勇斗の姿を見るなり、深々と土下座する。
「ボウズ様、どうか私を弟子にして下さい!」
「え? 嫌ですけど」
勇斗の即答に、レジーヌは雷に打たれたように固まり、やがて力なくその場を去っていった。
「……あのまま返してよかったんですか? また因縁をつけられたりして」
真理が不安げに問う。
「ああ……まあ、自業自得だろ。次はないって釘を刺すべきだったかな」
勇斗は軽く頭を掻いた。
「返り討ち」
ミュリエルが無表情に呟き、リアナは真理をなだめるように力なく笑う。エリスはただ静かにその様子を見守っていた。
◇
その頃、クラウスとイザベルは情報屋から魔族の動向を探っていた。礼節を重んじるクラウスと、高圧的なイザベル。正反対の二人の手法は、意外にも順調に成果を上げていた。
「なら、とっておきの情報がありますよ。ちょっとこちらへ」
無邪気な笑みを浮かべ、金色の瞳を輝かせる灰褐色の女性が、クラウスを路地裏へと誘う。魔族と人族の間に生まれた混血魔族――ミリカは柔らかく微笑んだ。
クラウスは先の見えない薄暗い路地を睨み、しばし思案して後を追う。痩せた亜人たちが寝転がる脇を抜け、地下へ続く階段の前でミリカは足を止めた。
「この下に闇市がありまして。近々、暗黒の森で捕らえられた魔人が競売に出されると聞いています」
「……奴隷か」
クラウスが渋い顔で呟く。
「さあ? 私が売るのは、この会場へ入るための紹介屋の情報です。ご興味は?」
ミリカがクラウスの耳元に顔を寄せ、囁いたその刹那――殺気を帯びた風が二人の間を切り裂いた。
「クラウス様にその汚い顔を近づけるな、下衆が」
暗がりから現れたイザベルの瞳は、嫉妬の炎で深紅に燃えている。その背後には小悪魔ピクシス・マルカが漂い、冷たい笑い声を響かせていた。
「イザベル、落ち着きなさい。相手に失礼です」
「で、でも、こんな暗がりで二人きりなんて……」
クラウスの言葉に逆に火が付いたイザベルが彼の腕に絡みつく。
クラウスは真顔で彼女を引き剥がし、何事もなかったかのようにミリカへ向き直った。
「……検討しよう」
その様子を見ていたミリカは苦笑し、連絡先を交換する際、宿がないならと親が経営する民宿を勧めた。
こうして一行は合流し、ミリカの親族が営む民宿『風灯庵』に腰を落ち着けることになった。
その晩、畳敷きの大部屋で互いの情報を持ち寄り、話し合いが始まる。
「魔人の売買? それって違法じゃないのか?」
勇斗の問いに、クラウスは言葉を濁す。そこで真理が助け舟を出した。
「ここは異世界です、勇斗さん。でも闇市となると、相当違法性が高い案件ですね」
真理は腕を組み、なにがし探偵のように額に手を当てながら唸る。
「それは見過ごせないな……。クラウスさん、なんとかならないか?」
勇斗の真剣な眼差しを受け、クラウスは金貨の袋を取り出した。
「これだけあれば買い取ることは可能でしょう。あとはユウト様のご判断に従います」
「わぁ、すごい量。これなら海鮮丼が一生食べられますね」
「考えたら、お腹すいた」
「もう、ミュリエルったら。さっきあんなに卵焼きを食べてたのに」
真理の言葉にミュリエルのお腹が鳴り、リアナが優しく諭す。
夕食の大皿料理を皆で囲む光景は、どこか宴のようだった。
「晩酌があれば最高でしたのに」
イザベルが口を尖らせると、クラウスが冷ややかに言った。
「初日にそれで羽目を外し、宿を追い出されたことを、もうお忘れですか?」
「……お休みなさい」
イザベルはそう言い残し、逃げるように布団へ潜り込んだ。
第二、第三の勇者もアイデアが出ています。そのうち登場させるかもしれませんが、勇斗ほどの能力ではありません。勇斗は加護を受けているので、人並み外れているだけです。他国の勇者も自称ではなく、国公認の勇者たちなので能力値は高いです。




