勇斗の魔法適性がバグっている
これはもう設定ミスとしか思えないほどのチート魔法です。
※これは辞典【諦観】:入念によく見ること。くわしく見ること。
文官区画に隣接する庭園に囲まれた、古代精霊様式を模した石造りの講堂。
その円形天井には、精緻な魔方陣が淡く輝いている。
ここは、魔法の理と意志が交わる学び舎――ルミナ魔導学舎。
講堂の中央に立つクラウスは、魔導黒板に浮かび上がる紋様を指し示し、熱のこもった講義を展開していた。
「魔法は、大きく二つに分類されます。一つは、精霊と盟約を結び、その力を借りて行使する“精霊魔法”。もう一つは、数式・紋章・詠唱によって魔力を制御・発動させる“理力魔法”です」
彼の説明に呼応するように、魔導黒板の魔方陣がゆるやかに形を変える。
「ルミナ王国では、この理力魔法の体系を古くから研究・発展させてきました。他国には真似できぬ技術を有し、それによって対等な外交関係を維持しているのです。……他にも――」
講義は淀みなく続く。
だが、その言葉の一つひとつが、まるで重力魔法のように勇斗の頭を押し下げていた。
(ダメだ…全然、頭に入ってこねぇ……)
眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべる彼の姿は、まるで難解な呪いに苛まれているかのようだった。
一方で、隣に座る真理は、一語一句を逃すまいと身を乗り出している。
その瞳は爛々と輝き、知識への渇望が燃え盛っていた。
「――ここまでで、何かご質問は?」
クラウスが穏やかに問いかけると、勇斗はすでに死んだ魚のような目で虚空を見つめ、机に突っ伏していた。
その気配は、まるで現実から逃避する術式でも発動しているかのように希薄だった。
真理はお構いなしに次々と質問を浴びせ、その熱意にクラウスが一歩後ずさる。
クラウスは勇斗の様子に深いため息を漏らし、せめてもの救いとばかりに真理へと視線を向けた。
その視線に気づいた真理は、沈みきった勇斗の姿にハッとする。
彼女はそっと手を伸ばし、心配そうに彼の頭を撫でると、何かを閃いたようにポンと手を打った。
場所は移り、訓練場の一角――魔法障壁練習場。
焦げ臭い匂いと、兵士たちの気合いのこもった叫びが木霊する。
魔力が焼いた空気が肌を刺し、戦場さながらの熱気が満ちていた。
「実地で体験するのが一番です!」
真理の提案に、クラウスは「基礎を知らぬ者が魔法を発動させるなど、不可能です」と苦言を呈した。
だが、彼女はなぜか「大丈夫です」と自信満々に胸を張った。
兵士たちが石柱や敵に見立てた標的に向かって、次々と基礎魔法を放っている。
火球が弾け、風刃が唸り、魔力の波が地面を揺らす。
その光景を見つめる勇斗の目に、ようやく光が戻った。
「クラウスさん、あの火球、どうやるんですか? 見せてください!」
真理の唐突なリクエストに、クラウスはいぶかしげな視線を向けたが、勇斗の期待に満ちた目を見て小さく頷いた。
訓練用の標的石柱の前へと歩み出ると、外套の裾を払い、静かに構える。
「魔法とは、意志の形。感情に流されず、研ぎ澄ませることが第一です」
彼は目を閉じ、深く息を吸う。
その瞬間、周囲の空気がわずかに震え、風が止み、音が遠のいた。
世界が彼の集中に呼応しているかのようだ。
「詠唱は、意志を言葉に変える術式。我が意志に応じて、空間を裂き、熱を集え――“ファイア・スフィア”」
言葉と同時に、彼の掌に赤い光が集まり始める。
それは暴れることなく、意志を持った生き物のように彼の指先に静かに従う。
「手足の動きは、魔力の流れを導く“導線”。指先の角度ひとつで、性質は変わります」
クラウスが火球をそっと放つと、それは一直線に飛び、標的に命中した瞬間、赤い光を残して静かに消えた。
爆発も衝撃もない。
だが、石柱の表面には焦げ跡がくっきりと残っていた。
「これが、制御された魔法です。力ではなく、意志で導くのです」
真理はクラウスに拍手を送ると、今度は勇斗の腕を引いて入れ替わるように石柱の前へと進ませた。
そして、クラウスに下がるよう促すと、勇斗の前で大げさなジェスチャーを始める。
両手を下から持ち上げ、胸を叩き、お団子をこねるような仕草。
最後に、それを石柱に向かって放り投げるような動作で締めくくる。
「?」
勇斗が首を傾げるも、真理は満面の笑みで彼の肩をポンと叩き、くるりと踵を返してクラウスの元へ駆け寄った。
「真理様? 今のは一体……」
クラウスの問いに、真理は答えず、ただ笑顔で勇斗を指差す。
勇斗はひとつ息を吐くと、気合いを込めて両手で頬を叩いた。
そして、空手の正拳突きのような構えを取る。
静かに深呼吸し、目を閉じる。
その瞬間、クラウスの表情が強張った。
周囲の兵士たちも動きを止める。
場の空気が凍りつくような、張り詰めた緊張感。
先ほどクラウスが起こしたものとはまるで異なる、荒々しくも深淵な魔力の波長が、その場を支配した。
風が巻き起こり、土埃を舞い上げる。
兵士たちは悲鳴を上げて退避を始め、クラウスも真理を庇いながら大きく距離を取った。
圧倒的な魔力の奔流――。
勇斗の頭上で雲が裂けて渦を巻き、稲妻が空を引き裂いた。
勇斗はゆっくりと目を開き、標的を見据える。
そして、静かに拳を突き出した。
その動作はクラウスのそれとは似ても似つかない。
だが、放たれた風の渦は咆哮を上げ、石柱を瞬時に粉砕した。
残骸は空中で爆ぜ、光の粒となって霧散する。
勇斗が手を下ろすと、すべてが嘘のように静まり返り、空からは燦々と日差しが降り注いだ。
クラウスは唖然としたまま言葉を失い、真理は歓喜の声を上げて勇斗に駆け寄り、勢いよく抱きついた。
勇斗は頭をかきながら、照れくさそうに笑みを浮かべる。
数日後、ヴェルト・ミルザンは粉々になった魔鋼石柱の破片を拾い上げた。
「……なんて破壊力だ。これをあの勇者殿が?」
指先でつまむと、それは脆く崩れ、灰となって風に散った。
高密度・高硬度を誇り、中級魔法の直撃にも耐える黒曜魔鋼が、だ。
「あれは、私が知る限りの魔法とはまるで異なるものでした。詠唱もなく、所作も支離滅裂で……それでも、間違いなくユウト様が」
クラウスは、未だ信じられないという戸惑いを滲ませながら報告する。
ヴェルトは鼻を鳴らし、不機嫌そうに舌打ちした。
その苛立ちは、歴史的瞬間を見逃したことへの悔しさの表れだった。
「それで、その勇者殿は今日はいないのか?」
「本日は、依頼していた魔道具の件で、職人街のエルディア工房へ向かっております」
「ほう、あそこか。なかなか見る目がある」
ヴェルトは口元をわずかに緩めると、不敵な笑みを浮かべた。
その頃、勇斗たちは再びエルディア工房を訪れていた。
石と魔力の香りが漂う静謐な空間で、主のゼルヴァが棚から一振りの刀を取り出す。
「試作品だ。試してみてくれ」
元のナイフから抽出した魔力波形を元に、A級魔鋼の刀身に安定型の青い魔光石を埋め込んだ、五十センチほどの片刃の剣。
刃には風の流れを模した“清風紋”が波打つように刻まれている。
「これが……あのナイフから?」
勇斗は驚きに目を輝かせるが、ゼルヴァは静かに首を横に振った。
「残念だが、あのナイフは完全に死んでいた。これはもう別物だ。期待に応えられず、申し訳ない」
神妙に頭を下げるゼルヴァとカリナに、勇斗は慌てて両手を振る。
「とんでもないです! こんな……まるで芸術品じゃないですか!」
嬉しそうに刀を握り、竹刀のように軽く振る。
その瞬間、刀身から風が吹き抜け、机の図面がふわりと宙に舞った。
「随分と容易く魔導を操るものだな」
背後から響いた低い声に振り返ると、そこにはいつの間にかヴェルトが立っていた。
「久しいな、ゼルヴァよ」
「ヴェルト殿。これはこれは」
旧知の仲らしい二人の挨拶を、勇斗たちは緊張した面持ちで見守る。
「おお、勇者殿。奇遇ですな」
ヴェルトは勇斗に向き直り、値踏みするような視線を刀に注ぐ。
「ヴェルト殿、それはまだ試作品でして……それに、こちらは“ボウズ様”と伺っておりますが」
ゼルヴァが困惑したように言うと、エリスが一歩前に出た。
「こちらは王都にご訪問中のボウズ様です。我々はボウズ様のお世話人として旅をしております」
「あ、ああ……そうだったな。失礼した、ボウズ殿」
しどろもどろになるヴェルトを、ゼルヴァはじっと見つめる。
その視線には、疑念と長年の付き合いからくる諦観が入り混じっていた。
「……もうよい、ヴェルト。一体、何を隠している? この御仁は、何者なのだ?」
観念したヴェルトは、勇斗の素性と練習場での出来事を語り始めた。
「……これは国の最重要機密なんだ! 頼む、ここだけの話にしてくれ!」
拝み倒すように懇願するヴェルトに、ゼルヴァは呆れたように肩をすくめる。
「お前はいくつ俺に貸しを作る気だ。この国を何度滅ぼせば気が済む」
その言葉にヴェルトは胸を押さえてうなだれた。
(この人、意外と面白いな)
勇斗の中でヴェルトの印象が大きく変わった瞬間だ。
「この剣では話にならん。もっと強い武器が必要だ」
ゼルヴァは静かに、しかし断固とした口調で告げ、設計方針を覆した。
素材は、幻の金属とされるS級幻鋼。
魔光石は、共鳴型の紫――ランク四という未知の高位石。
「ファンタズマイトですって!? そんな素材、どこにあるっていうんですか! それにランク四の魔光石なんて……!」
カリナは設計図を握りしめ、机に突っ伏した。
結局その日、耐久性に問題があるとして試作品は没収された。
勇斗が残念そうに肩を落とすると、ヴェルトは笑いながらその背中を叩いた。
城内と通じる魔導転移装置で一瞬にして帰還した勇斗に、ヴェルトは得意げに笑う。
「俺クラスになると、こういうのも使えるようになるのさ」
「ヴェルトさんって、やっぱり凄いんですね」
「おうとも! 困ったことがあれば俺に聞け! ガッハッハッハ!」
その背後から、ミュリエルとエリスの冷たい視線が突き刺さる。
「さっき……全部バラした」
ミュリエルの無知な指摘に、ヴェルトは胸を押さえて崩れ落ちた。
「ユ、ユウトには俺が直々に指導してやる! さあ、行くぞ!」
ヴェルトは逃げるように勇斗の腕を引き、灰燼演習地へと向かった。
円形闘技場の中央で、ヴェルトは仁王立ちで薄ら笑いを浮かべていた。
「さあ、ユウト。あの魔法、俺に向けて撃ってみろ」
勇斗は一瞬躊躇したが、意を決して正拳突きの構えを取る。
大気が震え、彼の周囲に風が渦巻いた。
そして――拳を突き出す。
「“断界”!」
ヴェルトの叫びと同時に、二人の間に薄黒い重力の壁が現れる。
だが、勇斗の一撃はそれを霧散させ、なおもヴェルトへと突き進む。
「“断重界”!」
より濃く、重々しい黒壁が出現する。
しかし勇斗の魔力は衰えるどころか加速し、壁を突き破ってヴェルトに迫った。
ヴェルトは舌打ちし、懐から引き抜いた杖を掲げて叫ぶ。
「“重界崩壊”!」
地鳴りが響き、空間そのものがブラックホールのように収縮する。
風の渦は黒壁に吸い込まれ、壁もまた収束して消滅した。
「はぁ…はぁ…」
どっと息を吐き、その場にしゃがみ込むヴェルト。
勇斗は自分の力が引き起こした現象に、ただ唖然と立ち尽くしていた。
(俺の力は…一体なんなんだ……?)
その夜、ヴェルトは自室にクラウスを呼び出し、静かに宣言した。
「勇斗の魔法教育は、俺が引き受ける」
グラスを傾けながら、彼は続ける。
「……あいつは直感で魔力を動かしている。恐らく“感応魔法”だ。文献でしか見たことがない、勇者のためだけに造られた幻の魔法……」
「今の時点でアークメイジ級。コツを掴めば、すぐにマギ・ジェネラルになれるだろう。それに加えて努力家と来たら、魔王討伐だろうが、世界征服だろうが造作もない」
クラウスはその言葉に青ざめる。
「なあに、心配はいらん。ユウトが操れるのは風属性だけのようだ。それが唯一の弱点にもなる。もし暴走したら、俺が死ぬ気で止めてやるさ。ガッハッハッハ!」
それから数日、勇斗はヴェルトの指導のもと、戦闘技術を徹底的に叩き込まれた。
ヴェルトから魔法を、カイルから剣術を、セレスから弓術を教わり、彼の戦闘力は短期間で飛躍的に成長を遂げた。
一方で真理は、魔法適性ゼロと診断された。
その反動か、彼女はミーナから偵察兵の技術を貪欲に吸収し、魔法の道が閉ざされた代わりに、“アサシン”としての道を切り開き始めていた。
そんな仲間たちを労うため、勇斗は皆を連れて再び職人と商人の街へと足を運んだ。
目的は、露天商グレイヴの店だ。
「おやまあ、これはこれは! 本当に来てくださったんですねぇ」
グレイヴは満面の笑みで勇斗たちを迎える。
「みんな、いつも頑張ってくれてるからご褒美だ。好きなのを選んでくれ」
言い終える前に、真理、リアナ、ミュリエルは競うように露店へ駆け寄り、色とりどりのアクセサリーに目を輝かせた。
長時間悩んだ末に決められず、勇斗に選択権が委ねられた。
リアナにオレンジ・トパーズの耳飾りを、ミュリエルにディープブルー・サファイアの指輪を贈った。
さらにエリスにラベンダー・アメジストの腕輪を、そして真理にはクリア・クォーツのネックレスをそれぞれ贈った。
「リアナ、赤い耳飾り、あるのに…」
ミュリエルがじっと見つめる中、リアナは「これは別物よ!」と主張。
結局、勇斗はミュリエルに同じ色の腕輪も追加で購入する羽目になった。
満足げに決めポーズをとるミュリエル。
その隣で、エリスは腕輪をじっと観察し、静かに呟いていた。
「この魔力反応…位置情報を外部に…? いいえ、これはただの…微弱な共鳴誘導…?」
「勇斗さん、今日はエルディア工房には寄らないんですか?」
真理の問いに、勇斗は苦笑しながら答える。
「ああ、工房はまだ素材を探してるところみたいで。当分先になりそうだよ」
その会話に、グレイヴが細長い耳を立てて割って入った。
「旦那、何か素材をお探しで? それでしたら、イーストバロニア連邦に行けば、情報が手に入るかもしれませんぜ」
イーストバロニア連邦――大陸一の情報網を誇る国。
「私もちょくちょく行くんでね。なんなら、お供いたしましょうか?」
胡散臭いほど人の良い笑みを浮かべるグレイヴ。
勇斗はその提案に礼を言うと、まずはゼルヴァに相談してみることにした。
グレイヴというのはあのグレイヴです。どのグレイヴか分からない人はep.4の終わり辺りを探してみてください。




