精霊と共に出来ること
水の下級精霊、セルキアが公衆の面前で突然『契約破棄』を行った。しかもその原因は『雪の精霊王』である契約者、レティシアに嫌味を言ったからだ──。
そんな噂が学園内に広まるのは、火の手が回るよりも早かった。
「針の筵アゲイン、ってか……」
『なんじゃ? それは』
「いや、独り言だ。気にすんな」
そう呟くレティシアは、現在学園内の中庭に出ていた。午後からは『契約精霊』との連携を行う実技の授業があり、契約していない人間は『精霊がどういう存在で、何が出来るのか』を学ぶために参加する。大事な授業だ。
だというのに、その直前で事件を起こしてしまった本人はというと、かなり遠巻きにされていた。
「まあ、こればっかりはなぁ。俺が言ってもしょうがないことではあるし、精霊たちにも『契約の意思』はあるから、どうにもならんよなぁ」
『なんじゃ。主よ、あの無礼な女子を庇うのかえ?』
雪からすれば『我らの創造主に嫌味を言ったのだから、当然の報いであろう』という考えがある。だがレティシアは「自分が社交に参加しなかったのは事実である」という認識があるため、どうにもすっきりしない気持ちであった。
「庇うってほどじゃねえよ。むしろセルキアが契約破棄したからこそ、お姉様の怒りは静まった。我が家も侯爵家相手に喧嘩せずに済む。けどなあ、一人の『貴族女性』としてあの子が辿る人生が、これから心配にはなるよ」
同じ女性として、というより、一人の『大人』として、この仕打ちはあまりにも大きいと思ってしまう。
何せ『精霊と契約出来る』ことは貴族にとって誉れだ。名誉あることで、一家の名声となるほど大きな出来事なのだ。だが精霊側から契約破棄されたのであれば、その名声も裏返る。
「向こうは今まで顔も出さなかった奴にちょっと挨拶したようなもんなんだよ。それが自分の人生をどん底に落とすなんて、誰も思わないだろ」
『フン。そなたが誰であるかを知らなかったとはいえ、無礼な行いには相応の報いがあって当然よ』
「ま、お前らとしてはそうなんだろうな」
レティシアは、精霊を『一方的に使役される存在』として生み出してはいない。だからこそ契約は双方の意見の合致が必要であり、なおかつ『精霊側』に意思決定があるよう定めている。
でなければ人間は簡単に力に溺れてしまうと、数々の経験で知っているからだ。
「彼女が自分で命を絶たなきゃいいと、心から思うよ」
そう言ってフッ、と手のひらに集めた『雪の結晶』を吐いた息で飛ばせば、途端にその結晶はキラキラと光を反射させながら空中に飛び、辺りの空気を急激に冷やしていく。そうして結晶が落ちた地面は一瞬にして霜が降り、か細い芝生はパリパリと凍り付いた。
「おお……! 素晴らしい……! これが『雪の精霊王』の実力……!」「力を抑えているのに、こんなにも一瞬で環境を変えられるのか……」「こちらにも冷気が漂ってくるわ。本当にすごいわ」「雪の精霊は特に珍しいから、研究も進んでいないしな。これはいいサンプルになるぞ」
感極まった声を上げているのは、わざわざ神殿から足を運んできた大司祭だ。聖堂での契約を目にしてからというもの、彼はすっかり『雪の精霊王』とレティシアに心酔していた。
また、今回は『初めて雪の精霊王の実力が見れる』ということで、特例として各教師が集まり、生徒たちも教室から見下ろしている状況だった。
「しっかし、どこまでやるかねえ」
『派手にやるのはまずいのであろう?』
「ああ。それに、この授業はひよっこ達に『精霊は何が出来るのか』を教えるためのものだ。あまり派手なことをして自分の契約精霊が『ダメな奴』と思わせるのもよくない」
レティシアは『生みの親』だ。階級に関係なく精霊たちを大事にしている。だからこそ『雪』と比較されたくはなかった。
レティシアは数秒悩んだ後、後ろに立っていた雪に指示を出す。
「しょうがねえ。『雪』は怖いもんじゃねえパフォーマンスするか」
『ほう。何をするのか楽しみじゃの』
「うっせ。いいからその辺適当に凍らせてくれ。飛んだり跳ねたりしても問題ない程度にだ」
『承知した』
雪は指示を受けると、すぐさま中庭の一部を凍らせる。そして小声で他の指示を受けると、楽しそうに笑みを浮かべた。
『流石は妾の主じゃ! そのような面白いことを考えるとは!』
「いいから頼む、ぜ!」
『任せるがよい!』
元々派手なパフォーマンスが好きな雪だ。レティシアに指示された通り、その靴に氷のブレードを纏わせると、氷上に立った主人にわくわくとした顔を向ける。
「それでは、今から『氷のパフォーマンス』をお見せします」
兄から借りていたズボンを履いたレティシアが、男性用の一礼をする。それだけでも周囲はざわついたが、その声はすぐさま驚きに変わった。
「氷の上を滑ってる……!」「いや、踊っているのか?!」「すごい、あんなことが出来るなんて……」「なんて綺麗なんでしょう……」
レティシアは氷で作ったブレードを駆使し、分厚い氷の上で『アイススケート』を行う。そして一通り、軽やかなステップや、回転しながらのジャンプ、緩急をつけたスピンを行い、周囲の視線を奪うと、雪に目線を向けて合図する。
途端に雪は『待っていたぞ!』と言わんばかりに淡い瞳を輝かせ、腕を振った。
「うわあ!」「何あれ!」「すごい! 氷で出来た塔だ!」「しかも次々出てくるぞ!」
教師も生徒も、性別も関係ない。スケートリンクの周りに次々と創り上げられる『氷の建物』に周囲は沸き立ち、寒さも忘れて見入る。
「よし、仕上げだ!」
『うむ! 妾の力を見るがよい!』
すっかりテンションの上がっている雪が、相応の力とは裏腹に、繊細な制御をしながら建物の間を縫うように滑るレティシアの背後に『氷の城』を創り上げる。同時に空から白い雪を降らせ、まるで『スノードーム』のような幻想的な風景を周囲に見せた。
「フッ……。これが『地球』で学んだ技術だぜ。ありがとよ、雪の女王」
鼓膜が破けそうな喝采と拍手、大司祭のむせび泣く声を全身に浴びながら、レティシアはそう呟く。同時に、どうかこの世に地球から来た転生者がいませんように。特に利権者。と手を合わせるしかなかった。
レティシアは「やるからには成功させる」でやり切ってますが、最後は各種関係者の転生者がいないことを祈って遠い目をしております。笑




