精霊という生き物
様々な視線と噂話が全身を刺す中、どうにか午前の授業を終えたレティシアは、現在学食に来ていた。
「貴族は大体座る席が決まっているのよ。二階やテラス席は上流階級である公爵家や侯爵家、あとは生徒会のメンバーが座るわ。伯爵家も一応入れるけど、社交が嫌なら一般生徒のいる一階でも構わないわ。こちらには平民もいるから、少しうるさいかもしれないけど。レティは大丈夫かしら」
「はい。問題ございませんわ、お姉様」
学食の前で待ち合わせをしていたのは、実の姉である『イーラ・モロー』だ。
彼女は母親譲りのブラウンの髪と赤い瞳を持つ、見た目は上品だが中身は情熱的な女性だ。そして大変面倒見がよく、明るい性格をしている。
実際、レティシアは数日前まで雪の精霊王が宿っていたために全身が冷たく、眠りがちであった。そんな妹を常に気にかけ、様子を見ていたのがイーラだ。
だからこそ姿形が以前と異なっても、姉として面倒を見てしまうのだろう。レティシアにあれやこれやと説明して回る。
「食事は自分で取っていくスタイルよ。慣れないかもしれないけど、食べ残しを減らすための政策なんですって。だから我慢して頂戴ね」
「いえ、大丈夫ですわ」
むしろこの手のスタイルには慣れっこである。少し前まで『地球』で働いていたレティシアだ。「バイキング方式とか懐かしい~」という感じである。
おかげで不慣れどころか慣れた手つきで皿に盛っていき、イーラから驚かれてしまう。
「まあ、レティったら器用ね。普通は驚いて戸惑うものなのに」
「あ。お、おほほほ! だってお姉様や、他の生徒の皆様がそうしていらっしゃいますから!」
「それもそうね。レティったら、相変わらず周りをよく見ているのね。すごいわ」
純粋に褒めてくれる姉には悪いことをした。内心反省するレティシアである。
それでも姉が『いつも座る』席の向かい側の椅子を引けば、横から「あら」と声がかかる。
「誰かと思ったら、モロー伯爵家の『引きこもり姫』じゃない」
「引きこもり姫……?」
何だそりゃ。とレティシアが訝しんでいると、即座にイーラが立ち上がる。
「ごきげんよう、エイダ様。いつもは二階にいらっしゃいますから、こちらでお会いするとは思ってもいませんでしたわ。侯爵家のご令嬢ですのに、テラス席でなくてよろしいの?」
「ごきげんよう、イーラ様。たまには平民の声に耳を傾けてみようかと思ったのよ。それで、そちらの方は?」
自分の名前を聞かれていると察したレティシアは、すぐにスカートをつまんで挨拶をする。
「お初にお目にかかります。レティシア・モローと申します」
「ああ、そう。レティシア様ね。ようやく思い出したわ。ごめんなさいね、パーティーでもお茶会でもお会いしたことがなかったものですから。すぐに思い出せませんでしたわ」
流石のレティシアでも「これは嫌味だな」と分かる。現にイーラはスカートの前で重ねている手を必死に握りしめ、怒りを耐えていた。相手の家格が上であるため、姉も言い返すのが難しいのだ。
それに、レティシア自身『そう言われる理由』については察している。
何せレティシアは『雪の精霊王』が体内に宿っていたため、常に氷のように冷たく、体力を温存するために眠り続けていたからだ。
そのため数々の誘いが来ても断るしかなく、今までお茶会にも誕生日パーティーにも参加したことがない。精々家族が身内用に開いたものぐらいだ。
それでも長くは起きていられず、一時間ほどで電池切れしていた身である。縦横の繋がりを重視する貴族令嬢が刺々しくなるのは当然だった。
だが納得しているレティシアと違い、姉のイーラは内心怒り心頭である。
レティシアが好きで引きこもっていたわけではないと、誰よりも知っているからだ。
生まれた時から「いつ死んでもおかしくない」と医者に言われ、あたたかな熱を持つことが一度もなかった妹をずっと見守ってきた。
姉として、家族として、とてもではないが許せる発言ではない。
そんなイーラの気持ちに呼応するかのように──あるいは、レティシアの『創造主』としての気に惹かれたかのように、ポンと水の下級精霊が現れる。
「あら。セルキア。一体どうし──」
エイダの契約精霊なのだろう。金魚のような姿をした精霊が現れた瞬間、彼女の表情が和らぐ。
だがそんな『契約主』の反応とは真逆に、下級精霊であるセルキアは彼女との『契約』を表す契約書を目の前に出すと、そのままジワリとインクを滲ませ、契約書そのものをバラバラに空中分解させた。
これにはエイダだけでなく、周囲にいた取り巻き──というより、食堂にいたすべての人間が驚き、悲鳴や息を飲む音が響き渡る。
「な、なぜ?! どうして、セルキア?! どうしていきなり『契約破棄』を……!」
エイダは必死に『契約精霊』に向かって手を伸ばすが、怒った様子のセルキアはプイッ、と尾を翻すように背を向け、レティシアに向かって飛んでいく。
「何だ、お前。俺が嫌味言われたと思って怒ったのか?」
『ほほ。見る目があるやつではないか』
ざわつく周囲の声に紛れさせ、小声で呟いたレティシアは傍に来たセルキアにそっと手を伸ばす。そうしてウリウリと人差し指で触ってやれば、セルキアは尾を振って喜びを露わにした。
「ど、どうして……セルキアが、レティシア様に……」
「まさか、精霊王の契約者だから?」「レティシア様に暴言を吐いたからあんなことになったのよ」「精霊から『契約破棄』されることなんてあるんだ……」「可哀想……これから家でどんな立場になるんだろう……」
ひそひそと聞こえてくる声にエイダは周囲を見回し、取り巻き達からも一歩ずつ距離を置かれていることに気づいて顔を青くさせる。
「違うわ! 何かの誤解よ! 私はレティシア様を貶めるつもりなど──キャア!」
必死に言いつくろうエイダに向かい、数秒前まで契約していた精霊、セルキアが水を掛ける。エイダはあまりのショックに声を出すことも出来ず、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……哀れね」
言葉なく立ち尽くす彼女に声をかける者はおらず、イーラはそう呟くとレティシアの背に手を当てた。
「場所を変えましょう。折角の食事が冷たくなってしまうわ」
「そうですわね」
レティシアは精霊界に消えたセルキアを見送ってから、内心で「彼女は二度と精霊とは契約出来ないだろうな」と『精霊の怒り』をよく知るからこそ考え、そっと息を吐きだした。




