愛と過保護と針の筵
精霊王たちとの対面と会議を終えて戻ってきたレティシアだったが、その翌日からは神殿の人間が来たり、王家の人間が来たりとまったくもって休む暇がなかった。
そんな中、超特急で仕上げられた制服が届けられ、母親のドレスから卒業する。
「入学早々聖堂を凍らせた生徒が登校してくるなんて、学校側も可哀想だよなぁ」
『何じゃ。まだ怒っておるのか? あの後そなたのお父上殿が氷を溶かしてくれたではないか』
「あのなあ! テメエの尻拭いを他人にさせるんじゃねえよ! そもそもやるだけやって片づけねえなんて最悪だからな?! 自分の行動には責任を持ちやがれ!」
『う、うぬう……。そこまで怒らなくてもよいではないか……』
むすっとする雪の王に、レティシアは大きくため息を零す。今まではレティシアの世話をする侍女たちがいたが、雪の精霊王が恐ろしくて近づけないと訴えられ、現在一人で着替えている最中である。
とはいえ、周りに人がいない方が堅苦しい『貴族令嬢』の話し方をせずに済むので、レティシアとしては棚からぼた餅状態であった。
「とにかく、学校では呼び出すまで顔を出すな。力を使うな。いいな?」
『そう何度も言わずとも分かっておる』
「拗ねた顔してるから念押ししてるんだよ。もし勝手に力使ったら、しばらくの間口利いてやんねえからな」
『ぬ! なんと酷いことを言うのじゃ!』
ピーピーと文句を言う雪に肩を落としつつ、適当に梳かした髪をなびかせながら部屋を出る。そして階下で待っていた両親と兄妹を見つけると、困ったように笑みを浮かべた。
「そんな顔で見られると、まるで幽霊にでもなった気分になりますわ」
「あ、ごめんなさいね。でも、この間まで見ていた姿と違うから、まだ慣れなくて……」
「すまないね、レティ。我が子を傷つけるなど、親失格だ」
「そのようなことを仰らないでくださいませ、お父様。むしろお父様がいてくださらなければ、今頃学園の聖堂は氷漬けのままでしたもの」
事実、レティシアの父親は火の上級精霊と契約している稀有な存在だ。伯爵家当主として、レティシアの父親として、娘が関わった件の後処理をするのは当然である。それでも、やはり我が子の身に起きたことを考えると素直に喜べないのだろう。
かつて小さかった、そして『雪の精霊王』が体内にいたせいで氷のように冷たかった手を取り、優しく微笑む。
その顔にも手にも大小様々な火傷の痕があり、決して楽な人生を送ってきたわけではないと伝わってくる。
「気をつけて行ってくるんだよ、レティ」
「困ったことがあったら、いつでも相談するのよ」
「はい。行ってまいりますわ、お父様。お母様」
入学時には百二十センチしかなかった、白銀の髪を持っていた小さな娘。
それが今では百六十センチまで身長は伸び、金髪に赤い瞳をしている。
本来のモロー家を考えれば今の姿こそが当然であるというのに、十五年間正反対の姿を見てきた家族はまだ慣れずにいる。
それでも両親はレティシアを優しく抱きしめ、笑みを向けた。レティシアも抱擁と笑みを返し、共に学園にまで付き添ってくれる兄姉にも目を向ける。
「お兄様とお姉様にも、申し訳なく思いますわ」
「何を言っているんだ、レティ。大丈夫だよ。お前のことは僕たちが守るから、何も心配しなくていい」
「そうよ。あなたは私たちの大事な家族なんだから。露払いは任せなさい」
「はい。ありがとうございます。お兄様、お姉様」
微笑みながら二人に礼を言ったレティシアの足元には、年の離れた妹がいる。その妹はレティシアの足に抱き着くと、寂しそうな顔で見上げた。
「おねえたま、だいじょうぶ?」
「ええ。大丈夫よ。必ず帰ってくるから、家で待っていてね」
「うん」
頷く幼い妹に、レティシアは「この子も、家族も、死なせるわけにはいかない」と鞄を持つ手に力を籠める。
それでも表向きは『普通の令嬢』を装い、兄姉と共に馬車に乗り込んだ。
「それでは、行ってまいりますわ」
「ええ。気を付けて行くのよ」
「もし学校に問題を感じた時は、遠慮なく言いなさい」
「はい」
心配する両親に令嬢らしい笑みを返した後、馬車は動き出す。
兄は既に学園を卒業しているが、姉はまだ通っている身だ。また、最上級生であるため、いざという時は自分が妹を守る気でいた。
「大丈夫よ、レティ。何も不安に思わなくていいからね。困ったことがあればすぐに言いなさい。お姉様がすべて片づけてあげるわ」
「心配しすぎですわ、お姉様。それに私も十五ですもの。自分のことは自分で出来ますわ」
レティシアはそう言って笑い飛ばしたのだが。
「………………針の筵かよ」
思わずそう呟いてしまうほど、初めて足を踏み入れた教室の中は居心地が悪かった。
「あれがモロー伯爵令嬢?」「本当に見た目が変わっているのね」「別人じゃないの?」「ずっと白銀の髪だったのに、ちゃんとモロー家の血が流れていたのね」「しっ! 聞こえるわよ!」
女性特有の陰湿な噂話に、頭の中で雪が『口を凍らせるかえ?』と囁くが、即座に『却下だ』と念じ返す。
一方で男性陣は「美しい……」「美しいな」「憂いに満ちた横顔が実に麗しい……」「ああ、あの涙を拭ってやれたら……」と大変気持ち悪くてやかましい。
レティシアは「鬱陶しいなあ! マジのガチで鬱陶しいなあ! あと誰も泣いてねえよ!」と心から叫びたい衝動をぐっとこらえながら、どうにか拳を握ることで暴れまわりたい気持ちを抑える。
そんな中ようやく登場した担任は、きっちりとした、隙のない格好をした女性教師だった。
「皆さん、おはようございます。そして、本日から出席することとなったモロー伯爵令嬢。もうお体はよろしくて?」
「ええ。ご心配おかけいたしましたこと、改めてお詫びいたしますわ」
レティシアは必死に令嬢の仮面を被り、周囲にも「ごめんあそばせ」と微笑む。途端に男子生徒の数人は頬を染めたり顔を逸らしたが、女子生徒は未だに信じられない者を見るような目を向けてくる。
「それでは、本日の授業はモロー伯爵令嬢への説明を兼ね、復習をしていきます。皆さん、教科書を開いてください」
こうして始まった授業に、レティシアは「創造神だからって何でも分かるわけじゃねえんだよなぁ」と改めて実感しながら、必死にペンと頭を動かすのだった。
10話までは毎日19時更新予定です。11話以降からは更新日アナウンスを入れます。
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