レティシアの決意
精霊王の中でも真っ先に創造した光に『現在の人口比率は人類種と魔界で八対二だ』と教えられ、レティシアは今度こそ頭を抱えて蹲る。
「チクショウ……そういうことかよ……」
『まあ、蹲るほど驚くなんて……』
『創造主よ、一体何が問題なのだ』
「あ~、もう、最悪だ。俺の予想が正しけりゃ、マジでとんでもねえことになってるぞ、この世界」
ガリガリと後頭部を乱雑に掻いてから、レティシアは各精霊王に言い聞かせるように説明する。
「お前たちは知らないかもしれないがな、各世界にはそれぞれ決められた『生物の理想比率』というものが存在する。この世界で言うと、人類種と魔界の生き物の理想比率は“六対四”だ」
『あら。それじゃあ今は大幅に崩れているのね』
『六対四か……。思ったより魔界の生物も必要なのだな』
「そうだな。そしてこの比率を保つことが『世界の均衡』に繋がる」
『では、その比率が崩れた時、何が起きるのだ?』
土の精霊王に促され、レティシアは一度瞼を伏せた後、そっと息を吐きだした。
「……世界があらかじめ設定していた『浄化装置』が作動する。これは世界の“比率”を守り、バランスを戻すために生まれる存在だ。現状魔界の生物が足りていないってことなら、浄化装置は人類を減らすために、魔物たちの数を増やそうと、無限にその体から魔界の生物を生み出す」
『なんですって?!』
『そんなものがこの世界に備わっているのか?!』
流石に初耳だったのだろう。精霊王たちはざわつき、互いに顔を見合わせる。だがそれ以上に厄介なことが、この『浄化装置』にはあった。
「『浄化装置』が一度発動したら、本来の創造神は死ぬか降格となる。その後、後任の神が新たな創造神として降臨する。だが──」
レティシアは知っている。かつて『浄化装置』が作動した後の世界がどうなったのかを。
「一度『浄化装置』が発動した以上、その世界は『失敗作』とみなされるんだ。だから新たな神が降臨すると同時に、惑星そのものが一度『まっさらにリセット』される可能性が高いんだよ」
『!!』
精霊王たちも想像以上の『弊害』に、思わず息をのむ。そしてレティシアも、この装置を発動させるわけにはいかない、という強い思いがある。
「創造神が変われば世界そのもののあり方が変わる。元々の構造で失敗した、って判断されるからな。ガラッと世界の内容が変わるんだ。中には引き続き使う神もいるが、確率は低い。だから、そうなった時はお前たちも無事ではいられない。俺が生み出したすべての生物が『なかったこと』にされるんだ」
人も、エルフも、ドワーフも、精霊も、魔界の生き物も、すべてが消され、存在した過去すら抹消される。
誰の記憶にも残らない。どこの記録にも残らない。残るとすれば『失敗した世界の一例』としてだけだ。
「俺は、お前たちを死なせるわけにはいかない。だから教えてくれ。何故ここまで人類が増えたのか。何故魔界の生き物が減ったのか。お前たちなら、何か知っているんじゃないのか?」
自らの創造主が嘘を吐くはずがない。だからこそ双子の精霊王は口を開く。
『人類種が増えたのは、おそらく文明が栄えたからよ』
『そして、ドワーフの技術向上も大きい。被害を減らそうと技術を磨いた結果、魔獣は徐々に数を減らしている』
実際、ドワーフと親和性の高い火の精霊王は深く頷いている。ここに異議を申し立てたのは、意外にも冷静な水の精霊王だった。
『魔獣はおバカさんだから罠にかかって殺されてもしょうがないけど、魔物はもっと賢いでしょ? 創造主がそう創ったんだから、人間を出し抜くことぐらい出来るんじゃないの?』
『もちろん、そういう個体もいる。だが……』
『“賢者”の存在か』
「賢者?」
土の精霊王がもたらした名前にレティシアが反応すれば、巨大な老人はしかと頷く。
『魔界には、その明晰な頭脳を称えて“賢者”と呼ばれている者がいる。その者が実質魔界の動向を決めていると言っても過言ではない』
『賢者が魔界で王をやってるの? ハッ、生意気ね。でも、そんな切れ者がいるなら、どうして数が減っているのよ』
創造主に『王』として創られた自分たちならまだしも、勝手に『王』と名乗る存在が気に食わないらしい。水の王は不満気に顔を顰め、土の王に質問をぶつける。だが老人の姿をした土の王は静かに首を横に振った。
『そこまでは儂も分からぬ。賢者が生まれるよりも前に減少が進んでいたのであれば、その者の責ではあるまいよ』
「なるほどな……。魔界の現状だけでも分かったのはありがたい。ありがとな」
『構わん。そなたも巻き込まれた身であろう。すべての責はそなたにあらず。故に、そこまで自責の念に駆られる必要もあるまい』
「そうは言ってもなあ……」
土の王はレティシアに責任はないと言うが、彼らを作ったのはレティシアだ。だからこそ、思うことはある。
「はあ……。何にせよ、世界の均衡が崩れていることは間違いない。それに、お前たちにも、長い間苦労をかけたな。大変だっただろ」
心からの労わりを込めて声をかけたレティシアに、光の王は柔らかく微笑む。
『そうね。“大変ではなかった”と言ったら嘘になるわ。でもね──』
『我らは、創造神の代わりに寝る間も惜しんで働いていたそなたをずっと見てきた。苦しくとも、辛くとも、そなたは一度だって投げ出さなかった。何も知らぬ、生まれたばかりの我らを邪険にしなかった。ならば我らも、そなたに恥じぬ存在になろうと思えたのだ』
「お前ら……」
我が子同然の存在に誇られ、レティシアの視界がぼやける。それでもグッと堪えるように奥歯を噛み締め、一度両手で顔を覆ってから、我が子を誇る親の顔で笑った。
「──ありがとな。お前たちがいたから、まだ世界は頑張れてる。本当に、ありがとう」
『お礼を言われることではないわ。あなたと違って、私たちは最初から“守ること”を課せられた存在だもの』
『その通りだ。むしろ再び戻されたそなたの方が心配だ。しかも、此度は只人による顕現であろう? 大丈夫なのか?』
心配する闇の王に、レティシアは「さあな」とだけ答える。
「現状、ただの人間になった俺に何が出来るかは分からん。だが世界のバランスを戻すために呼ばれた可能性が高いなら、それをどうにかするまでだ。もしそれ以外の理由があれば、それを解決するだけさ」
『昔から働いてばかりね、あなた』
「本当にな」
光の王に笑われ、レティシアも諦めたように笑う。その後も彼女たちがどんな風に世界を守ってきたのか。どんなことに迷い、戸惑い、失敗し、成功したのか。
それらを聞きながら、レティシアは『絶対にこの子たちを死なせてなるものか』と強く誓った。
一方その頃魔界では、一人の魔物が赤く染まった空を見上げていた。
「おかしいですねえ……。たった数十時間前とはいえ、あれほど大きな『存在』を感じたというのに、今は何の痕跡もない……」
バサバサと蝙蝠のような翼を広げ、魔界中を飛び回る姿はいつになく忙しない。その姿に魔物たちは「何かあったのか?」と囁きあい、魔獣たちはうなり声をあげては縄張りをうろつき始める。
まるで“昨日感じた存在感”そのものを忘れてしまったかのように、いつも通りの生活を繰り広げる同胞たちに、男──現在魔界を取り仕切っていると謳われる“賢者”は、呆れたように目を細めた。
「はあ。まったく、役に立たないどころか脳みそまで空っぽだとは……。呆れて物も言えませんね。ああ……。私は知りたい……。この身を貫いた、あの雷のような衝撃と、地獄に落ちるような歓びの正体を……」
そう言って細い指を空に向け、男は顔も知らない誰かを恋しがるように熱い吐息をこぼす。血のような赤黒い瞳は恍惚に潤み、ただ一人の『創造主』を掴もうとあがき始めていた。




