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みんな我が子


 人間たちの間では『闇の精霊』とは得体のしれない、謎に包まれた存在だ。


 どこに現れるかも、どんな素質を持っていれば契約出来るかも分からない。その姿も、能力も、知らない人ばかりなのだ。


 だがレティシアは知っている。『闇の精霊ほど人類に寄り添っている精霊はいない』と。


『ナーン』

『こやつは……闇の下級精霊じゃな』

「ああ。どうした? お前、こんなところに来る理由でもあるのか?」


 よく人は誤解するが、闇の精霊は決して『人を害する精霊』ではない。むしろ『人々を癒す』ために生まれた存在だ。


 人はどうしたって『眩い光』に惹かれる。恩恵を感じやすいこともあり、崇める傾向にある。

 だが目を焼くような光の中で安心して目を閉じれる者はいない。


 むしろ眩すぎる光から守るように手を翳し、ベールをかけて安寧を与えるのが『闇の精霊』達の存在意義だ。


 だからこそ闇の精霊達は世界を徘徊する。


 苦しんでいる者がいないか、悲しんでいる者がいないか、眠れずに膝を抱えている者がいないか、何かに腹を立てている者はいないか。

 平常心を保っていられない相手であるほど闇の精霊は近づき、その手を差し伸べる。体を寄せ、同じ部屋で息をする。


 それだけで『安寧』を与えられるからこそ、オッドアイの黒猫もレティシアに近づき、そっと体を寄せた。


「はは……。闇の精霊が来るほど、俺はメンタルやられてた、ってことか」

『ナン』


 小さく返事をする黒猫を抱き上げると、膝に載せる。


「俺がしんどい思いをしてるから、来てくれたのか?」

『ナン!』

「そっか……。お前がそう判断するぐらい、俺は参ってたのか」


 力のない声でそう呟くと、レティシアは黒猫を胸に抱く。そのまま顔を寄せて体を撫でれば、黒猫精霊はゴロゴロと喉を鳴らし始める。


(闇の精霊は『癒し』の専門家だ。姿形はそれぞれ違えど、持っている能力は変わらない。──傷ついた心を癒す。ただそれだけだ。我ながらよく作ったもんだぜ)


 創造した時のことを考えながら撫で続け、それから顔を上げて話し出す。


「さっきさ、手前が生み出したクラッグボアを倒してきたんだ。俺自身の力じゃないけどな。……後悔してるわけじゃねえんだ。ただ、本来なら高山地帯で棲息しているあいつが降りてきたのは、きっとそれだけ生息地が狭まってるってことだ。あるいは冒険者たちに追い回されて、人を憎んでいたか。……どちらにせよ、あいつにとってはロクな一生じゃなかっただろうな」


 雪が生み出した氷柱が分厚い体を貫いた時、聞こえた断末魔は親に助けを求める子供のようだった。

 周りの冒険者や雪にはそう聞こえなかったかもしれないが、創造したレティシアにとっては子供の悲鳴と相違なかった。


「でもな、また同じ場面に遭遇したら、俺は人間の子供を助ける。そうじゃねえと『精霊王』と契約した人間として、俺だけじゃなく家族も非難されてしまうからな。家族の名誉を守るのも、俺の仕事だ」

『ンルル。ン~』


 黒猫は閉じていた目を開けると、首を巡らせて頭を擦りつけてくる。その仕草に笑みを零した後、レティシアは黒猫を地面に下した。


「そろそろ行くか。日が暮れる前に帰る、って門番の人たちにも言っちまったしな。遅いと家族が心配する」

『あい分かった。ところで、あのボアはどうするつもりじゃ? あのままでいいのかえ?』


 立ち上がったレティシアに問いかけた雪に、背中を伸ばしていた動きを止めて問い返す。


「……あの子供たちはもう行ったか?」

『ふむ……。大人を呼びに行ったようじゃの。近くにはおらぬ』

「そうか。じゃあ、あの氷柱だけでも解除していかないとな」


 レティシアが歩き出すと、彼女が心配だったのだろう。集っていた土の精霊たちもついて行く。地面に下された黒猫も去ることなく、同様に後を追いかけてくる。

 思わず苦笑いしたレティシアだったが、巨大な氷柱に貫かれたクラッグボアを見上げると目を細めた。


「雪。氷柱を壊してくれ」

『承知した』


 雪が腕を軽く振ると同時に、巨大な氷柱が砕け散る。同時にボアは落下してくるが、レティシアが「風よ──」と囁いたことで落下速度が落ち、ゆっくりと地面に横たえられた。


「ありがとな」

『いいよ~。創造主のことだから、オレのことにも気づいてたんでしょ?』

「まあな」


 ボアを受け止めたのは、意外にも『風の精霊王』だった。手の平サイズの風の王は己の何百倍もある体を簡単に受け止め、地面に横たえた。そしてレティシアの頭上を飛びながら着いて行き、そっとボアの鼻先に触れる創造主の姿を見下ろす。


「悪かったな。お前も今まで大変だっただろ。今は、安らかに眠ってくれ。──可愛い我が子よ」


 謝罪と、創造主としての労わり。そして、生みの親としての愛情。

 すべてを詰め込んだ言葉を手向けとし、レティシアは踵を返す。


『創造主にとっては、魔獣も“我が子”なんだね』

「そりゃあな。最初に生み出した子供じゃない、その末裔だってことは分かってる。増えたうちの個体の一体だってな。それでも……人間に好き勝手弄ばせるために生み出したわけじゃない」

『ふぅん。そっか』


 分かったのか、分かっていないのか。分からないまま風の精霊王は姿を消し、レティシアも足を止めずに歩き続ける。

 そうしてレティシアの姿にほっとした門番に「お帰りなさいませ!」と敬礼され、疲れたように苦笑いを返した。


 その足元には、もう土の精霊達も闇の黒猫精霊もいなかった。



次回10/17更新予定です。

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