天秤に乗せられた命
城壁を出れば、目の前は隣町へと続く街道が続き、脇には森林が広がっている。
レティシアは早速森に向かって歩き出し、周囲を見渡す。
「えーっと、低級のポーションの元になる薬草は、っと……」
手にした依頼書には、依頼者が特徴を細かに記載したスケッチが載っている。それなりにうまい絵に感心していると、足元の草木が微かに動き、レティシアは視線を下げた。
「お。野生のノームじゃねえか。お前、こんなところで何やってんだ?」
揺れた草木の根元にいたのは、小人型の土精霊である『ノーム』であった。まるでサンタのような帽子を被った小人精霊は、レティシアがしゃがむと同時に近づいてくる。そして伸ばされた人差し指に両手で触れると、そのままグイグイと頭を寄せ始めた。
「ははは。撫でて欲しいのか? 可愛いやつめ」
『ぬぅ……妾のことは斯様に撫でてはくれぬのに……』
「小さい子と王を同列に語るんじゃねえよ。なあ、お前さ、この薬草この辺で見たことないか?」
レティシアが依頼書をノームに見せると、ノームは「あっち」と言わんばかりに遠くを指さす。そして案内するように先行し始めた為、素直について行くことにする。
ノームは小さいが精霊だ。そのためどれだけ歩幅が違えど追いつくことは出来ず、一定の距離が開いている。それでも見失わないのは、ノームが調整しているからだ。
本当に精霊ってのは器用だなぁ。と感心しつつ、辿り着いた群生地に目を丸くした。
「おお! すげえな! わんさか生えてるじゃねえか! やるな、お前。助かったよ。ありがとな」
『♪』
レティシアが再びしゃがんで頭を撫でれば、ノームは嬉しそうに表情を綻ばせる。かと思えば他の草木の間からも土の下級精霊たちが顔を出し、わらわらと近づいてくる。
「何だよ、お前らこんなところで暮らしてたのか? 何か不便はねえか? 困ったことは? 大丈夫か?」
一体ずつに確認するように声をかけ、指を伸ばしては触れ、撫でていく。そんなレティシアに精霊たちも表情を綻ばせ、自分から頭や体を摺り寄せる。
中には頭が花そのものになっている異形型の精霊もいたが、こういう個体は花畑や庭園でよく見られ、農作物より草木の成長を促す傾向にある。
そのため「近くに花畑でもあるのかね」と考えながらも薬草を摘み、依頼枚数より若干多く採ったところで腰を上げた。
「よし。初めてならこんなもんでいいだろ。採りすぎてもよくねえしな」
『ぬ? もう帰るのかえ?』
「ああ。初めてだからってあれこれこなす必要もねえだろ。さっさと納品しちまった方が依頼者も助かって──」
「うわああああ! 誰か、誰か助けてくれー!」
薬草を詰めた籠を持ち上げた時だった。レティシアの耳に悲鳴が飛び込み、思わず振り返る。
「次から次へと問題だらけだなあ! 冒険者ってのは初日から忙しいもんなのかあ?!」
オロオロと顔を見合わせる土の下級精霊たちを飛び越え、レティシアは森を駆け抜ける。そうして声が聞こえた方向へと飛び出せば、巨大なイノシシ型の魔獣が三人の子供を追いかけていた。
「こんなところで死にたくないのにー!」
「もう、もうむりだよー!」
「バカ! 諦めんな! 走れ! 走れってば!」
「あうっ!」
「ニア!」
一人の少女が石に躓き、盛大に転ぶ。途端に前を走っていた二人の少年は足を止めたが──背後から迫る巨大なイノシシ型の魔獣に顔を青くさせる。
「ニ、ニア! 立って! 立つんだ!」
「チクショウ! こんなところで終われるかってんだ!」
一人は少女に手を添え、一人は震える手で剣を構える。とはいえ、安物の剣だ。少年たちの中では『立派な剣』でも、Aランクに匹敵する危険な魔獣を切れるほどの代物ではない。
それでもパーティーを守るために立ちはだかった少年に向かい、イノシシ型の魔獣──クラッグボアが大地を蹴る。
だがその太い牙が少年たちを貫く前に、自身が大地から生えてきた巨大な氷柱に串刺しにされた。
『ギィイイイイイ!!』
「うわああ!?」
「な、なに?! なにが起きたの?!」
思わず尻餅をついた少年の後ろから歩いてきたのは、砂色のローブを纏った一人の女だった。
「雪、こいつの血が地面に広がる前に凍らせてくれ」
『あい分かった』
その更に後ろから現れたのは、全身が凍りそうなほどの冷気を纏う白い女──雪の精霊王だった。
『まさかこのような平地で見ることになろうとは……。これも“異常”が起きているという証左かの』
「認めたくはねえがな」
悲鳴のような声を上げて手足をばたつかせていたクラッグボアも、次第に動きが鈍くなる。そして内臓から徐々に体温を奪われ、流れる血さえ凍り付いていく中、静かに息を引き取った。
「おい。お前ら、大丈夫か?」
クラッグボアの死を確認した後、レティシアは振り返る。そして自分より年齢が低そうな彼らを見下ろすと、怪我がないかだけを目視で確認した。
「あ、あんたは……」
「新しく冒険者になった者だ。ってわけで、今回のことは見なかったことにしてくれ。まだFランクでな。魔獣を相手にするのは規則違反になるんだよ。じゃあな」
「え?! あ、ちょっと!」
怪我がないなら自分の足で帰れるだろう。そう判断したレティシアは、放置してきた籠を取りに戻るべく森の中に戻る。だがすぐそばまでノーム達が籠を運んできており、苦笑いした。
「気ぃ遣わせちまったな。ありがとう」
籠を受け取ったレティシアだったが、すぐにギルドには戻らず、そのまま道なき道を進む。そうして辿り着いた川辺に腰を落ち着けると、深く息を吐きだした。
「はー……。殺っちまったなぁ……」
幾ら人を襲っていたとはいえ、魔獣もレティシアが生み出した存在だ。そして今は『増やさなければいけない』側である。それでも、子供が襲われていたのなら見て見ぬ振りも出来ない。
結局レティシアは『クラッグボアを殺す』ことを決め、雪に指示を出した。
だが決意をしたからと言って、悲しくないわけではない。
むしろ『どんな風に生み出したか』を覚えているからこそ、去来した虚しさは途方もなく大きかった。
『主よ。何故そこまで落ち込むのじゃ? あやつらを助けたことを後悔しておるのか?』
「違ぇよ。ただ……どっちも俺が生み出した子供たちの子孫であることに変わりはない。それをこの手で殺さなきゃいけなかったってのが……なんというか……思ったよりしんどかっただけだよ」
どちらか一方に肩入れしているわけではない。むしろ人類側として立つならば、魔獣はいない方がいい。
だが『世界』の成り立ちを知っている身だからこそ素直に喜ぶことも出来ず、ここで人知れず嘆くことしか出来ない。
「キッツイわー……」
討伐隊は大変だと聞いていた。だがそこに『我が子を殺す悲しみ』は誰も感じない。あるのは肉体と、精神的な疲労と恐怖だけだ。
だがレティシアは『創造した側』である。襲い掛かってくる悲しみと虚しさを受け入れていると、草木の影からニョキっと黒猫が顔を出してきた。
『ナーン』
「あ? お前……闇の精霊か」
レティシアが声をかけたのは、右目が水色、左目が黄色の、オッドアイの黒猫──闇の猫型精霊だった。
次回10/15更新予定です。




