冒険者としての第一歩
ギルドの建物が元通りになったところで、レティシアは改めて今回の事態を収めるに至った女性冒険者に向き直った。
「建物はこれでいいだろ。さっきは悪かったな。あんたが来てくれて助かったぜ」
「噂は聞いていたけど、あんたが『精霊王との契約者』でいいのね?」
やはり噂になっていたらしい。レティシアは苦笑いしながら「レティシア・モローだ」と挨拶をする。
「そう。私はエミリアよ。分かっていると思うけど、光の精霊士よ。精霊士としては先輩だけど……。精霊王なんて比較できる存在じゃないから、あれこれ言わないようにするわ」
エミリアはレティシアが差し出してきた手を握り返す。だが『モロー伯爵家』の子とは知っているのだろう。声を落として話しかけてくる。
「それより、伯爵家のお嬢様がこんなところに一人でいるなんて、大丈夫なの?」
「ああ。問題ない。むしろ雪を止められる奴がいるなら見てみてえぐらいだ」
「あー……。まあ、そうね」
一瞬でギルドの壁を凍り付かせた精霊王だ。その実力に人間が敵うとは思えない。
納得したエミリアに対し、レティシアも「だろ?」と返す。ついでに何か情報収集出来ないかと考え、空いた席に誘った。
「身辺警護に関しちゃ問題ないが、生憎箱入り娘でな。外の世界やギルドのルールなんかがあれば教えてくれないか?」
「それならガレオに聞くといいわよ。こいつ、こんなんでもギルド長に頼まれて新人教育やランクアップの試験官もしてるから」
「これから長い付き合いになりそうだなあ、嬢ちゃん」
「あんた、そんなに偉かったんかよ……」
人は見た目で判断出来ないとは言うが、この男もそうだったか。と自分のことは棚に上げて考えるレティシアだ。
また、パーティー名があるということは冒険にも出るということだ。何も知らないわけではないだろう。改めて外の世界について尋ねる。
「外の世界、ねえ……。そうだなぁ。精霊王との契約者となりゃ『討伐隊』にも参加するんだろうが、この国周辺ではあまり魔獣や魔物の遭遇率は高くない」
「いない、ってことか?」
「いや、いないわけじゃない。ホーンラビットやスライム、マンドラゴラやゴブリン、キラービーを始めとした虫型の魔獣、あとは毒を持った奴らは棲息している」
ガレオンが述べた種類はどれも魔獣としては弱い部類だ。数は多いが知能が低く、繁殖力が高い。だが狩り続けられると当然数は減る。ここ数年でも目撃数は減少傾向にあると、人類として当然の喜びを表す。
だが世界の均衡を保たなければならないレティシアからすれば、大変面倒な内容であった。
(繁殖力が高く、環境適応能力も高いこいつらが減少傾向にあるだと? これは想像していたよりもずっと魔獣の数は少ないかもしれないな)
特に虫型の魔獣は一度に卵を産む量が多く、個体によっては一つの卵から二つの個体が産まれてくることもある。非常に繁殖力が高いのが特徴だ。だがそんな魔物も減少傾向にあるということは、卵を産む前に殺されている可能性が高い。あるいは、卵そのものが育てられない環境という可能性もある。
(何にせよ、一度外に出る必要があるな)
レティシアは改めて判断を下すと、木製の椅子から立ち上がる。
「ありがとよ。おかげでやる気が出たわ」
「あ? おい、もう行くのか?」
「日が暮れる前に簡単な仕事こなしてくるよ。サポートはいらねえから、おっさんは自分の仕事でもするんだな」
「生意気言いやがって」
ヒラヒラと片手を振り、薬草の採取を受けたレティシアはギルドを出る。そして城門を抜けた先にある森に向かうため、城門前へと辿り着いたのだが。即座に門番たちに止められた。
「お待ちください。外に出る際は身分証明の確認が必要になります」
「お戻りの際も必要になりますので、必ず身分証明書をお持ちください」
「ああ、悪い。これでいいか?」
レティシアは先ほどギルドから発行してもらった『証明書』を見せる。冒険者はこれにより入場料が免除される。商人であれば商人用の証明書があり、それらを持たない一般人は金銭を払っての入場となる。
そのため一発で通ると思ったのだが、何故か証明書を受け取った門番たちは何度も証明書とレティシアを交互に見ている。
「十五歳……? まだ子供じゃないか」
「その、君、一人なのか? 他のパーティーメンバーは?」
「あー……私一人です」
ギルドが発行する証明書に家名は印字されていない。基本的に平民が就く職業であるため、登録するよう出来ていないのだ。だからこそモロー伯爵家の娘だと知らない彼らは心配し、通すか通さないかを判断できずにいるようだった。
加えてそれらしい武器も持たず、防具もない軽装だ。護衛すらいない。これでパーティーメンバーがいれば話は変わっただろうが、ソロとなると門番達が不安視するのも当然だ。
困ったレティシアが「さて、どうしたものか」と考えていると、不意に雪が姿を現す。
『妾の主を実力不足とみなすか。それとも、妾とその契約者についての話を耳にしたことがないのかえ?』
「せ、精霊様……!」
「し、失礼いたしました! 精霊王様のご契約者様だと知らず……! どうぞ、お通りくださいませ!」
腰を直角に折った状態で証明書を返され、レティシアの頬は引きつる。だが雪は悪びれもせず『フン』と鼻を鳴らすと同時に消え、レティシアは「やれやれ」と息を吐いてから証明書を受け取った。
「夕方には戻ります」
「かしこまりました!」
「お気をつけて、行ってらっしゃいませ!」
「はいはい。どーも」
敬礼する彼らに適当に言葉を返し、レティシアはこの人生で初めて城門の向こう側──広大な大地の上に降り立ったのだった。
次回10/11更新予定です。




