試されるレティシア
無事(?)パーティー名が決まったレティシアはというと、受付嬢のエルフに心底残念な目で見られながら掲示板の元へと向かっていた。
「まだ最低ランクの仕事しか受けられねえから、用紙に『F』の文字が刻まれてるやつしか出来ねえのか」
『そのような説明をされておったの』
普段から雪は姿を消しているが、精霊とはそういうものだ。だから独り言を言っているように見えても実際は会話が出来ている。冒険者たちも『精霊士』とはそういうものだと理解しているため、「何一人でくっちゃべってんだあ?」と絡まれることはなかった。
それでも、やはり冒険者というのは好奇心旺盛らしい。レティシアの前に背の高い男が立ちはだかる。
「あ? 何だお前」
「あんたが噂の『お嬢様』かい?」
「はあ? 何の話だ?」
モヒカンにしてはやけに長い髪を天に向かって伸ばし、ロックスターを気取ったような格好をした男に、レティシアは顔を顰める。身長が伸びたとはいえ、やはり自分より高い人間が前に立つと前が見えないからだ。
シンプルに「邪魔だから退けよ」と口にすると、揶揄うように口笛を吹かれる。
「可愛い顔して言うじゃねえか。格好いい『お嬢様』だな」
「はあ~……。パーティー名合戦でこっちは精神的に疲れてんだ。冷やかしなら他所でやってくれ」
シッシッ、と手を振ったレティシアに、受付嬢だけが内心で「遊んでいたから長引いたんでしょう」と突っ込みを入れる。そしてギルド内にいる人間の殆どが止める気がないらしい。もしくは雪の精霊王が怖いのか、前に出てくる気配はない。
レティシアは「自分で解決できるか品定めされてんのか?」と訝ったが、よそ見をしたのが気に食わなかったらしい。遂に男が「こっち見ろよ」と手を伸ばしてくる。
だがその手が触れる前に、男の手と口元が氷で覆われた。
「んぐ?!」
「あ! コラ! 雪! 勝手なことすんな!」
『何を悠長なことを言うておる。妾は許さぬぞ、この無礼者めが。汚い手で触れようとするなど、許しがたき狼藉じゃ』
周囲一帯を一瞬で真冬の室温へと変えながら姿を現した雪は、青い顔で震えだす男に向かって氷点下の視線を向ける。
『本来なら、全身を凍らせて砕いてやっていたものを。我が主が望まぬからそれで済んだと思え』
「んんー!」
手も口も氷で塞がれ、痛みを感じているのだろう。男の目に涙が浮かぶ。だがそれすらも凍っていくほど、室温は下がり続けている。流石のレティシアも「やりすぎだ!」と注意をするが、雪は『先制すべきであろう』と聞く耳を持たない。
こうなったら力業で、とレティシアが拳を握った時だった。ギルドの扉が勢いよく開き、魔女っ子のような格好をした女性が飛び込んでくる。
「ちょっと! 何よこの冷気は! 建物の壁まで氷がついてるわよ?!」
女性はざっと周囲を見渡すと、入り口近くの壁際に立っていた大男に向かって勢いよく吠え掛かる。
「ちょっと、ガレオ! あんたも見てないで止めなさいよ!」
「いやあ、噂の“お嬢様”がどう動くか見ておこうと思ってな。そしたらこの様だ」
「バカ!!」
どうやら二人は顔見知りらしい。レティシアは日焼けした肌に、いくつもの傷跡を付けた男から笑みを向けられ、顔を顰める。だが不意に女性の体から眩い光が飛び出し、一直線に駆けてきた。
「え?! ちょっと! うそでしょ?! なんであたしの精霊が……!」
魔女っ子姿の女性が慌てて名前を呼ぶが、それでも彼女の契約精霊──光の下級精霊はレティシアの周りをクルクルと飛び回り、喜びを露わにする。
「光の精霊なんて珍しいな。でもな、契約主に一言も言わずに来るのはよくないぞ。ちゃんと許可取ってこい」
生みの親として、しっかりと小さな精霊を叱るレティシアに、光の妖精は途端にしょんぼりとする。それでも言われたことは守る質らしい。飛び出してきた時の勢いが嘘のように、契約主の元へと戻る。そして呆然としている彼女に向かって『行ってきていい?』と意思表示をしたため、彼女は頷くしかなかった。
「い、いいけど……。って、そんなすぐに飛んでいくことないじゃない!」
許可が下りると同時に、流星のようなスピードでレティシアの元に飛んでいく。そうしてクルクルと再度周り始めた精霊に、レティシアは思わず笑い声をあげた。
「ははは。分かった、分かった。俺も会えて嬉しいよ。ほら、雪。言うことを聞く精霊っていうのはこういうことだ」
『ぬ。じゃがこの無礼者は、』
「人間同士の争いにホイホイ精霊王が出てくんな。むしろこういうのは本人の実力で片づけないと、冒険者としてやっていけないんだよ」
『ぬう……。人間社会は複雑じゃのう……』
ふてくされるように顔を逸らした雪だったが、下級精霊と比べられては王の名が廃る。結局『命拾いしたの』という一言と共に、男の氷を粉雪に変えてから姿を消した。
「はあ……。悪かったな、うちの王様は気難しくてよ」
「いえ……こちらこそすみませんでした……」
「気にしてねえよ。むしろ、あんたら全員こっちの実力を試したかったんだろ? 護衛もつけずに来た十代のガキが、本当に冒険者なんて危険な仕事やれんのか、ってな」
レティシアの発言に、周りにいた大人たちは顔を合わせて苦笑いをしたり、頭を下げてくる。そして壁際に立っていた大男も、高みの見物を止めて近づいてきた。
「黙っていて悪かったな。俺は《アイアンハート》のリーダー、ガレオンだ。周りからは『ガレオ』か『ガレン』と呼ばれている。好きなように呼んでくれ」
「生憎と、出会ってすぐのおっさんを愛称で呼ぶほど愛想はよくねえよ」
「だははは! 気の強え嬢ちゃんだ!」
差し出した手もぺしっ、と弾かれるが、ガレオンは楽し気に笑う。一方のレティシアはというと、光の精霊の契約主──重力により先端が折れた三角帽子に、黒いローブを纏った女性に目を向けた。
「悪いな。俺のせいで驚かせた」
「それはそうだけど……。ていうか、この惨状どうする気なのよ」
天井の隅や柱の一部が凍り付いた惨状を見たレティシアは「あー……」と一瞬考える。だがすぐに火のついていない暖炉に近づくと、パンパンと手を打ち鳴らした。
「悪い。誰か来てくれ。出来れば“カマダイン”がいい」
『カマダイン』とは、火の下級精霊だ。見た目は火の玉だが、暖炉や焚火を絶やさず燃やし続けられる。そのため、大きな屋敷で契約者が現れると重宝される。平民の間でも有名な精霊だ。
だが契約していない精霊を呼び出すなど、普通は出来ることではない。誰もが「いや、無理だろ」という顔をする中、突如暖炉に勢いよく火がついた。
「お。ありがとな。三人も来てくれたのか。悪いが、この建物と部屋の中を元の状態に戻してくれねえか? 雪が凍らせちまってよ」
燃え盛る炎は、暖炉ではなく鍛冶場の炉のように勢いよく燃え盛っている。それでもレティシアは恐怖するどころか楽し気に話しかけ、炎は頷くように揺らめいた。
そしてものの数分で凍り付いていた建物は元の状態を取り戻し、レティシアは「仕事が早くて助かるぜ」と喜ぶ精霊たちに向かって笑いかけたのだった。
次回10/11更新予定です。




