アイアンハート
──クラッグボアが平地に現れた。
これは市民を慄かせるには十分な情報であったが、すでに討伐が済んでいること、また近辺を調査したが他に同様の個体は発見されなかったことにより、町民は恐怖を抱き続けずに済んだ。
一方で、クラッグボアを討伐したレティシアはというと、
「おめでとうございます。Cランクに昇級です」
「ん。ありがとさん」
いつもの丸眼鏡をかけたエルフから証明書を返却され、受け取っている最中であった。
「それにしても、一気にCランクになるとはなぁ」
「当然です。Aランクの危険な魔獣を討伐したのですから。むしろCランクまでしか上げられなかったことを、ギルド長は申し訳なく思っておりますよ」
子供たちには「黙っていてくれ」と頼んだレティシアだったが、当然ばれないはずがない。むしろ慌てて駆け付けた大人たちは、横たわるクラッグボアの死体を見て随分と驚いたものだった。
「腹部に空いた大穴以外、これといった外傷もなく、魔力を帯びた血が大地に染み込んで穢れにもなっておらず、あまつさえ体毛に霜がついていたんです。これであなたでなければ誰がやったと言うのです?」
「ははは……。あ。そういやこの国で雪の精霊ってあんまり見ないのか?」
話を変えようとしたわけではないが、以前から気になっていたことを尋ねてきたレティシアに、丸眼鏡をかけたエルフ受付嬢こと『エレノア』が頷くことで応える。
「元々雪の精霊は冬、もしくは寒冷地にしか現れない限定的な精霊と言われています。比較的温暖な国であり、雪もそれほど降らないこの国での目撃情報は多くありません。ましてやクラッグボアの体に大穴を開けられる存在など、もっと限られます」
「だよなぁ。でも、そうか。雪の精霊はやっぱりこの国では珍しいんだな」
もっと北に行けば雪の精霊も増えるだろうが、現状国内での目撃数は多くない。そう考えると教会の者達があれほどまでに熱心に見に来たのも頷けるというものだ。
「ま、とにかくCランクの依頼書がねえか見てくるか」
カウンターを離れたレティシアが掲示板へと近づくが、今は誰もちょっかいを掛けようとはしない。むしろ複数のパーティーが手を組まなければ討伐出来ないクラッグボアを単身で倒したのだ。その実力は疑いようもなく、むしろ道を開ける側になっている。
例の助けた子供パーティーにも感謝されたが、レティシアは「今度からは森の深くまで入らないようにな」と注意するだけだった。
「と言っても、Cランクって微妙な任務ばっかりなんだよなぁ」
誰かの護衛であったり、少し離れた土地での討伐依頼であったりと、学生がホイホイ受けられる内容ではない。
かといって何もしないのではギルドに所属した意味がない。「どうすっかなぁ」と後頭部に手を当てていたレティシアに、背後から「なあ」と野太い声がかけられる。
「お嬢、今暇か?」
「あ? おっさんか。何の用だ?」
振り返った先にいたのは、レティシアより頭一つ分背の高いガレオンだった。
「お前さんに紹介したい奴らがいるんだがよ、忙しいなら今度でも構わねえ。どうだ?」
「いいぜ。今すぐ受けられそうな依頼もないしな」
実際掲示板に貼られた依頼はそう多くない。ガレオンも頷くと、隣接している食堂へと歩いていく。そのうちの一席に座っていたのは、以前挨拶をしたことがあるエミリアだ。その隣と向かいの席に座っていたのは、耳長族のエルフと、ずんぐりむっくりとした髭面のドワーフだった。
「紹介するぜ。こいつらが俺のパーティーメンバーだ」
「はぁ~い。噂のお嬢様ね? アタシは斥候役のシエルよ。よろしくね」
「俺は盾役のバルドだ。よろしくな」
低い声の割に女性らしい言葉遣いで挨拶したのが、エルフのシエル、手短に挨拶をしたのがドワーフのバルドだ。
レティシアも「レティシア・モローだ」と簡潔に返すと、ガレオンを見上げる。
「で? 何でわざわざおっさんのパーティーを紹介したんだ?」
これでもガレオンがリーダーを務める《アイアンハート》はこの国でも数少ないAランクの冒険者パーティーだ。メンツを見れば分かることだが、攻守のバランスが非常にいい。何せ打たれ強いドワーフが盾役を担っているのだ。加えてバッファー兼回復役の光属性の精霊士もいる。
これでBランク止まりならレティシアの方が「舐めてんのか!」と切れていたところだった。
「お嬢は学生だが、助力を願えないかと思ってよ」
「あ? どういう意味だ?」
椅子に腰かけながら話し始めたガレオンに、詳細を話せと伝える。どうやら今回に依頼を掛けたのは貴族らしく、その内容がどうにも手に負えそうにないものであったため、レティシアに声をかけたということであった。
「海獣が貿易船の邪魔をしているだけでなく、密輸や人身売買が行われている可能性がある、と……。どこのバカだあ? こんな大事な内容を国に奏上せず、個人で冒険者に頼みやがったのは」
依頼書を受け取ったレティシアは即座に顔を顰め、署名部分を確かめる。そこには見覚えのある貴族の名前が書かれており、端正な顔が更に歪むことになった。
何せそこに記載されていたのは、モロー家を目の敵にしている当主の名前であったからだ。
次回10/19更新予定です。




