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謁見


 レティシアの父、メンティスが必死に「十五になった娘を死地に送れと仰るのですか!」と抗議したが、結果は覆らなかった。それどころか、むしろレティシアに『王宮に来るように』という追加の通達まで行われたほどだ。


 レティシアは意気消沈する父親の背に手を当てながら、揺れる馬車の中で微笑む。


「そんなに気に病まないでくださいませ。私は大丈夫ですわ」

「何が大丈夫なものか! いいかい、レティ。精霊というのは、決して我々を傷つけない相手ではない。むしろ“諸刃の剣”なんだ」


 そう言ってレティシアの手を握る手には、火傷の痕がいくつも残っている。大きなものであれば皮膚が引きつっていることも分かり、レティシアは「努力した人間の手だ」と目を細める。


「分かっておりますわ。でも、ここで逃げたら、今なお魔獣におびえている人たちを見捨てることになります。私は、貴族としても、精霊王の契約者としても、目を背けるわけにはいきません」


 勿論、創造神の代わりに『人類』と『魔物』を作った人間としても責任を放棄するわけにはいかない。

 どちらも大切な『我が子』だからこそ、レティシアは被害を最小限にする義務がある。


 だがそんなこと知る由もないメンティスは、父親として心配する心をどうしても捨てきれなかった。


「分かっているとも。私だって火の精霊との契約者だ。必要があれば討伐にも行く。だがね、討伐に参加した経験があるからこそ、魔獣は危険だと知っているんだ。あんな危険な場所に、やっと元気になったお前を送り込むなど……火に巻かれるより恐ろしいよ」

「お父様……」


 実際に火に巻かれた経験があるだろう。メンティスが契約している火の上級精霊は、火の中でもかなり力の強い『サラマンダー』だ。彼らは二足歩行をするトカゲの姿をしているが、その背びれは燃え盛る炎で出来ており、武器を使って戦う根っからの戦士だ。勿論、武器以外にも口から火を吐いたり、尾を振って火の粉を飛ばし、辺り一面を燃やすことも出来る。


 力が強いサラマンダーと契約出来る人間は少なく、意思疎通し、連携を取ることは更に難しい。

 だからこそメンティスも苦労したし、相応の努力もした。結果として今があるのだ。

 そんな父親を、レティシアは心から尊敬する。


「ありがとうございます。お父様。実を言うと、お父様に『行ってこい』と背中を押されたらどうしようかと思っていたのです」

「レティ……」

「お母様たちは精霊と契約しておりませんから、討伐隊が実際にどんな場所に行き、どんなことをするのか、お父様よりは詳しくないはずですから。だからこそ、内情を知るお父様から『喜んで行くべきだ』と言われたら、きっと……少し、寂しかったですわ」


 王家からの依頼は願ってもない提案ではあるが、それでも、“あたたかな家族を持つ者”として抱く思いは別だ。


「愛しているから守りたい──。そう思ってくださるお父様がいるからこそ、私は勇気をもって外に行けるのです。だって、あたたかく受け入れてくれる家族が待っていると思えたら、生きる希望も生まれるでしょう?」


 この言葉に嘘はない。今の家族が『大切だ』と思うからこそ、レティシアは外に出向く必要がある。実際の状況を確認する必要がある。

 だが一方で、疲れて帰ってきた体を受け入れてくれる人たちが待っているというのは、確かな『希望』になることも知っているのだ。


「……すまない。レティ。ふがいない父親を許しておくれ」

「何を仰いますの? お父様ほど素敵な男性はおりませんわ。本当ですわよ?」

「──ありがとう、レティ。愛しているよ」


 優しく抱きしめてくる父親は、実際学園の男子に比べて遥かにいい男である。レティシアも「こういう父親だったらなんぼでも好きになる」と思いながら背中に腕を回し、十五歳の少女として「私もですわ」と返す。


 そして辿り着いた王宮の、更に玉座が鎮座する広間では、様々な役職を持つ大臣や精霊士、各貴族家の当主が並んで待っていた。


「レティシア・モロー伯爵令嬢と、メンティス・モロー伯爵が到着いたしました」

「うむ。通せ」


 本来であれば最後に入ってくるのは王だが、今回は『精霊王』の契約者を迎え入れるのだ。相応の礼儀として先に入場していた王は、レティシア達が登城したと知ると深く頷き、広間に連れてくるよう促す。

 そして案内に従い、初めて王宮に足を踏み入れ、玉座の間へと進んだレティシアは、静かに一礼する。


「眩い太陽にご挨拶申し上げます。レティシア・モローと申します」

「そなたが『雪の精霊王』と契約したレティシア・モロー伯爵令嬢か。顔を上げなさい」

「はい」


 玉座に座っていたのは、父親よりも年上に見える男だった。厳めしい表情と、がっしりとした体格は『民を引っ張る者』としての威厳があり、内心で「へえ~」と感嘆の声を上げる。同時に、脇に並ぶ面々の中に学園の教師陣を見つけ、僅かに口角を上げた。


(ガキに指揮任せた能無しかと思っていたが、まさか逆にこっちを観察して王家に奏上するとはね。やるじゃねえか)


 先日は「ろくな教師じゃねえ」と判断したが、今回の件を教師陣が奏上したと知り、面白い、とその評価を覆す。おかげで『外に出る口実』を合法的に得られるきっかけになったのだ。だからこそ怒りはなかったが、教師陣は『十五歳の子供』を危険な場所に投入させることに罪悪感があるのだろう。一向に目を合わせようとはしなかった。


「モロー伯爵令嬢。そなたには『雪の精霊王』の契約者として、この国の平穏のために働いてもらいたい」

「謹んで拝命いたしますわ」


 一切の躊躇なく、また恐れることもなく微笑んで受け入れたレティシアに、一瞬広間はざわつく。それでも国王が咳払いすれば静まり返り、口を閉ざした。


「よくぞ受け入れてくれた。その勇気と志に感謝する」

「とんでもございません。伯爵家の人間として、そして『王』の契約者として当然のことですわ。ですが──」


 そう続けたレティシアの背後で、突然吹雪のような雪が乱れ飛ぶ。結果的にまた広間には驚きの声が広まったが、無理のないことだった。何せ数秒で止んだ雪の中から現れたのは、息を飲むほどに美しい『白い女』こと『雪の精霊王』だったのだから。


『そなたが人の国を統べる王かえ?』

「こ、れは……雪の精霊王とお見受けする。いかにも。私がこの国を統べる王であり──」

『ああ、よい。そなたの名前など興味はない。じゃが、一つ言うておくべきことがある』


 そう言って雪は、日頃レティシアに叱られ、時に甘えている時とは異なり、相手の心臓を凍り付かせるほどの冷たい瞳を国王へと向けた。


『我が主に、緊急時以外での命令を下すことは王の名において固く禁ず。妾が従うのは、主のみ。年齢や立場を利用し、我が契約者を動かそうなどと考えた暁には──この建物ごと永遠に凍り付かせてやるでな。ゆめゆめ忘れるでないぞ』

「……約束しよう」


 青い顔で頷いた国王に、雪は「フン」とつまらなそうに鼻を鳴らすと静かに姿を消す。

 そしてシンと静まり返った広間で、レティシアは「我が王が失礼いたしました」と一礼し、メンティスは内心で精霊王に感謝したのだった。



なお、国王がいつも通り遅く入っていたら雪は切れて「主より偉いと? わけたことを。早く来なければここにおる者全員が凍え死んでいくぞ」って部屋極寒にしてたので、国王はガチのファインプレーしています。


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