秤と匙の章
レシピの話を始める前に、秤と匙の話をさせてもらう。退屈は承知の上だ。だが、この章を飛ばした読者が作る皿は、私のレシピの皿ではない。似た別の何かである。
先に言っておくと、私は適量という言葉を信用していない。適量と書く者は、嘘つきか名人のどちらかで、名人は書物を書かない。だから本書に適量の二文字は、いま書いたこの箇所を最後に、二度と出てこない。代わりに働くのが、この章で決める物差しである。覚える名前は四つ。グランと、クルーグと、ディトと、クレド。それに窯の火の三段だけだ。
重さはグランで書く。グランは古い言葉で、麦の粒のことだ。監理局が標準の量り麦を定めていて、国じゅうの検印秤の目盛りはこれに合わせてある。一グランは、その検印秤のいちばん小さい目盛りひとつぶん。塩三グランと書けば、王都でも北の砦街でも、同じ重さの塩になる。うちの台所の秤にも監理局の検印がある。秤場の大秤とうちの塩匙は、同じ役所を親に持つ兄弟というわけだ。秤を持たない読者は、この機会にひとつ求めてほしい。鍋より先に、秤である。
かさはクルーグで書く。古い言葉でエールの小杯のことで、じっさい、原器はうちの店で使っているエールの杯である。一クルーグは、水にしてちょうど二百グラン。五クルーグで一カンネ、水差し一本ぶんになる。うちの杯を持たない読者は、水二百グランを量って手近な器に注ぎ、水面の高さに印を付けるといい。それがあなたの家のクルーグになる。この本で読者に作ってもらう道具は、これひとつきりだ。
匙は、小匙と大匙を使う。大匙は小匙三杯ぶん。どちらも、すり切りで使う。山盛り、という書き方を私はしない。山の高さは人の欲と同じで、家ごとに違うからだ。それから、ひとつまみ。親指と二本の指で摘んだ量で、およそ一グランにあたる。ふたつまみと書いたら二グランのことだと思ってもらっていい。
長さはディトで書く。古い言葉で指のことだ。一ディトは私の小指の幅、十ディトで一スパン、指を張った手の幅になる。厚さ二ディトに切る、鍋は差し渡し三スパンのもの、というふうに使う。あなたの小指が私の小指より太くても案じることはない。巻末に実寸の物差しを刷っておいたから、切り取って竈の脇に貼ってほしい。
時間はクレドで書く。祈りの文句をひとつ、急がずに唱え終わるほどの間のことだ。祈りを知らない読者は、ゆっくり六十数えるといい。それでおおよそ一クレドになる。茹でること三クレド、休ませること二十クレド、というふうに使う。それより長い時間は、世間の言い方のまま、小半刻、半刻、一刻、半日と書く。ここだけは新しい名前を作らなかった。誰でも知っている言葉に、上書きは要らない。
鍋の火も、とろ火、中火、強火のままでよい。どの台所でも通じる言葉だからだ。厄介なのは窯のほうだ。窯の熱には顔がなく、覗いても手を入れても、人によって言うことが違う。そこで名前を三つ決める。弱窯、中窯、強窯。見分けには紙を使う。白い紙切れを窯に入れて、ゆっくり数える。十で薄い狐色に色づくなら強窯。二十で狐色なら中窯。四十数えても白いままなら、弱窯である。うちでは量り終えた紙片の裏をこれに使うのが習いだが、そこは真似しなくていい。
以上である。長々と書いたが、要は、あなたの台所と私の台所を、同じ台所にするための取り決めだ。この先の頁には、同じ名前の煮込みが、土地ごとにどう化けるかが並んでいる。その違いは、材料と、水と、作る人の手に宿るものであって、秤の狂いに宿らせるものではない。秤が揃って、はじめて土地の違いが見えてくる。では、台所へ。
※現実の読者のための換算表
一グラン=1グラム
一クルーグ=200ミリリットル(水なら二百グラン)
一カンネ=1リットル(五クルーグ)
小匙=5ミリリットル、大匙=15ミリリットル
ひとつまみ=約1グラム
一ディト=1センチ、一スパン=10センチ
一クレド=1分
小半刻=30分、半刻=1時間、一刻=2時間
弱窯=約160度、中窯=約180度、強窯=約220度




