第9話 将来の夢
雪がちらつく冬の日だった。
施設の窓から見える空は灰色。
冷たい風が木々を揺らしている。
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美咲は小学六年生になっていた。
そして悠真は中学三年生。
もうすぐ高校受験を迎える。
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ある日の夕方。
面会時間。
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いつもの中庭のベンチに二人は座っていた。
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「寒いな。」
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「うん。」
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白い息が空へ消えていく。
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その時。
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美咲がランドセルから一枚の紙を取り出した。
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「お兄ちゃん。」
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「ん?」
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「これ。」
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差し出された紙を見る。
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将来の夢。
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学校の課題だった。
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子供たちが将来なりたい職業を書く紙。
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悠真は微笑んだ。
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「何になりたいんだ?」
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美咲は少し恥ずかしそうに俯いた。
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「笑わない?」
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「笑わない。」
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「絶対?」
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「絶対。」
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しばらく黙る。
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そして。
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小さな声で言った。
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「看護師。」
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悠真は目を丸くした。
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「看護師?」
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「うん。」
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意外だった。
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先生。
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保育士。
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そういう答えを想像していた。
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「どうして?」
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その質問に。
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美咲は少しだけ空を見上げた。
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まるで遠い記憶を探すように。
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そして静かに話し始めた。
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「私ね。」
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「うん。」
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「お母さんが入院してた時。」
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悠真の胸が少しだけ痛む。
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母の話だった。
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「怖かった。」
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「……。」
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「何もできなかった。」
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病院の白い天井。
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消毒液の匂い。
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弱っていく母。
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幼い美咲はただ見ていることしかできなかった。
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「でもね。」
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「うん。」
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「優しい看護師さんがいたの。」
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いつも笑っていた女性だった。
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母にも。
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美咲にも。
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優しくしてくれた。
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「大丈夫だよ。」
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そう言ってくれた。
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本当は大丈夫じゃなかったのに。
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それでも救われた。
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「だから。」
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「うん。」
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「私もなりたい。」
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美咲は笑った。
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少し照れながら。
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「誰かを助けられる人。」
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「誰かを安心させられる人。」
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悠真は何も言えなかった。
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母が亡くなった時。
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泣いてばかりだった小さな妹。
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夜になると手を握って眠っていた妹。
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その妹が。
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今。
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誰かを助けたいと言っている。
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成長したんだ。
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本当に。
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立派に。
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すると。
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美咲が続けた。
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「それにね。」
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「ん?」
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「お兄ちゃんみたいになりたい。」
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悠真は固まった。
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「え?」
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「お兄ちゃん、いつも助けてくれたから。」
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「……。」
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「私もそうなりたい。」
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その瞬間。
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悠真は顔を背けた。
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「お兄ちゃん?」
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「なんでもない。」
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でも。
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涙が出ていた。
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誰にも見せない涙だった。
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自分は特別な人間じゃない。
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強くもない。
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立派でもない。
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怖かった夜もある。
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泣いた夜もある。
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逃げ出したくなったこともある。
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それでも。
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ただ必死だった。
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その必死な姿を。
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妹は見ていたのだ。
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そして。
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憧れてくれていた。
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胸がいっぱいになった。
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帰る時間になった。
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立ち上がる。
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その時。
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美咲が突然言った。
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「お兄ちゃん。」
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「ん?」
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「高校行きたいでしょ?」
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悠真は少し驚いた。
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「なんで?」
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「分かるもん。」
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実は。
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悠真は勉強が得意だった。
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先生たちも大学進学を勧めている。
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だけど。
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お金がない。
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施設を出た後のこともある。
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だから。
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夢を語ることをやめていた。
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すると美咲は真っ直ぐ言った。
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「行ってほしい。」
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「……。」
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「お兄ちゃんの夢も叶えてほしい。」
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その言葉は。
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胸の奥に深く残った。
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夕暮れの空。
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赤く染まる雲。
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二人は並んで歩く。
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まだ知らない。
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数年後。
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悠真は自分の夢を諦めることになる。
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そして。
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その事実を知った美咲が。
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人生で一番泣く日が来ることを。




