第8話 誕生日
冬が近づいていた。
冷たい風が吹き始める季節。
悠真は中学三年生になっていた。
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毎日忙しかった。
学校。
新聞配達。
勉強。
施設の手伝い。
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自分のことで精一杯だった。
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だから。
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自分の誕生日が近いことすら忘れていた。
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昔は母がお祝いしてくれた。
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小さなケーキ。
手作りの料理。
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豪華じゃなかった。
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でも幸せだった。
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母が亡くなってからは。
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誕生日はただの一日になった。
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だから今年もそうだと思っていた。
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その頃。
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美咲はこっそりあることをしていた。
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施設のお手伝い。
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洗濯物を畳む。
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食堂の片付け。
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庭の掃除。
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職員たちは感心していた。
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「偉いね。」
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「頑張るね。」
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美咲は笑うだけだった。
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本当の理由は誰にも言わない。
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お礼にもらう少しのお小遣い。
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それを一年近く貯めていたのだ。
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すべて。
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悠真のために。
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そして誕生日当日。
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悠真は朝四時に起きた。
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新聞配達。
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学校。
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施設。
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いつもと同じ一日。
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「今日は誕生日だね。」
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職員に言われても。
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「あ、そうでしたね。」
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と笑うだけだった。
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期待なんてしていない。
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夜。
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夕食も終わる。
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消灯時間が近づいていた。
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その時。
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職員が男子棟へやってきた。
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「悠真くん。」
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「はい?」
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「ちょっと来て。」
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不思議に思いながらついていく。
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案内されたのは小さな会議室だった。
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ドアを開ける。
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真っ暗。
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「?」
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次の瞬間。
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パッ!
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灯りがついた。
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「お誕生日おめでとう!!」
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驚いた。
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そこには。
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職員たち。
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施設の子供たち。
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そして。
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満面の笑顔の美咲。
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机の上には小さなケーキがあった。
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決して高価ではない。
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でも。
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とても綺麗だった。
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「な……」
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言葉が出ない。
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本当に出なかった。
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美咲が前へ出る。
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少し緊張していた。
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そして。
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「お兄ちゃん。」
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「……。」
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「お誕生日おめでとう。」
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そう言って差し出した。
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小さな箱。
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悠真は受け取る。
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開ける。
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中には腕時計が入っていた。
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安物だった。
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けれど。
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とても大切に選ばれたことが分かる。
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「これ……」
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「配達の時。」
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「時間見れるように。」
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笑いながら言った。
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「いつも携帯ないし。」
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悠真は固まった。
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腕時計。
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人生で初めてもらった。
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「お金……」
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「貯めた。」
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「え?」
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「ずっと。」
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「ずっと?」
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職員が笑う。
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「一年くらい前からね。」
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悠真は言葉を失った。
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一年。
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一年も。
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自分のために。
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その瞬間だった。
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ぽろっ。
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涙が落ちた。
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「お兄ちゃん?」
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美咲が驚く。
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悠真は慌てて顔を背けた。
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でも無理だった。
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涙が止まらない。
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今まで。
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ずっと守る側だった。
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ずっと我慢する側だった。
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ずっと支える側だった。
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だから。
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誰かが自分のために頑張ってくれたことが。
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こんなにも嬉しいなんて。
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知らなかった。
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「ありがとう……」
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やっと出た言葉だった。
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美咲は笑った。
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昔よりずっと大人っぽい笑顔。
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「いつも守ってくれるから。」
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「……。」
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「たまには私も守りたい。」
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その言葉に。
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悠真はまた泣いた。
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会議室にいた職員たちも。
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何人か目を潤ませていた。
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ケーキを食べる。
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みんなで笑う。
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本当に久しぶりだった。
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心から幸せだと思えたのは。
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夜。
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部屋へ戻る。
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悠真は腕時計を見つめていた。
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何度も。
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何度も。
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そして静かに呟く。
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「母さん。」
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窓の外の星空を見る。
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「美咲、すごく優しい子になったよ。」
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時計の針はゆっくり進んでいた。
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その音はまるで。
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二人が歩んできた時間そのもののようだった。
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そしてこの頃から。
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悠真は少しずつ気付き始める。
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守られているのは。
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自分も同じなのだと。




