第6話 初めてのアルバイト
月日は流れた。
悠真は中学二年生になった。
美咲は小学四年生。
施設に来たばかりの頃の泣き虫な女の子ではなくなっていた。
友達もいる。
よく笑う。
勉強も頑張っている。
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ある日のこと。
施設へ帰ってきた美咲が少し元気がなかった。
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「どうした?」
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夕食の時間。
悠真が聞く。
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「なんでもない。」
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そう言ったが、顔を見れば分かる。
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何かあった。
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「本当に?」
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「本当に。」
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美咲は無理に笑った。
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しかし。
その夜。
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女子棟の職員が男子棟へやって来た。
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「悠真くん。」
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「はい?」
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「美咲ちゃんのことなんだけど。」
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職員は少し困った顔をしていた。
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話を聞いて。
悠真は理由を知る。
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美咲の運動靴がボロボロだったのだ。
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つま先は剥がれ。
底も擦り減っている。
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同級生から笑われたらしい。
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「新しい靴欲しいって言わないんです。」
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職員が言った。
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「施設にも予算があるからすぐには難しくて……」
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悠真は黙って聞いていた。
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その日の夜。
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ベッドに横になっても眠れなかった。
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美咲の笑顔が浮かぶ。
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「なんでもない。」
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そう言っていた顔。
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本当は悲しかったはずだ。
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悔しかったはずだ。
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なのに。
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自分に心配を掛けまいとしていた。
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そのことが余計につらかった。
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翌朝。
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悠真は学校へ行く前に近所の新聞販売店へ向かった。
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「アルバイトしたいんです。」
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店主は驚いた。
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「中学生か?」
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「はい。」
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「親は?」
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その質問に悠真は少しだけ俯いた。
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事情を聞いた店主は黙った。
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そして。
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「朝だけだぞ。」
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と言った。
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こうして。
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悠真の初めての仕事が始まった。
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朝四時。
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まだ真っ暗な時間。
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眠い目を擦りながら自転車を漕ぐ。
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冬は寒い。
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夏は暑い。
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雨の日もある。
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それでも休まなかった。
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学校が終われば勉強。
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施設の手伝い。
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そして翌朝また配達。
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正直。
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きつかった。
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何度も倒れそうになった。
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それでも。
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美咲のためだった。
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ある日。
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配達中に転んだ。
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膝から血が流れる。
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自転車も壊れた。
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店主が心配して言う。
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「今日は帰れ。」
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しかし悠真は首を振った。
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「大丈夫です。」
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「無理するな。」
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「大丈夫です。」
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その言葉は誰かに言っているようで。
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本当は自分自身に言い聞かせていた。
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そして。
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一か月後。
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ようやくお金が貯まった。
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決して高価ではない。
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でも。
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美咲に似合いそうな運動靴。
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白地に青いライン。
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元気な美咲にぴったりだった。
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悠真は何度も眺めた。
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そして笑った。
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「喜ぶかな。」
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数日後。
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美咲の誕生日。
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小さな箱を渡した。
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「え?」
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「開けてみ。」
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恐る恐る開ける。
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中を見た瞬間。
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美咲の目が大きくなった。
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「靴……。」
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「うん。」
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「新しい靴……。」
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言葉が出ない。
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ただ見つめる。
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何度も見つめる。
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そして。
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涙がぽろりと落ちた。
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「どうした?」
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「だって……」
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声が震える。
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「高かったでしょ……」
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「そんなことない。」
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嘘だった。
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悠真にとっては大金だった。
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でも言わない。
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絶対に言わない。
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すると美咲が泣きながら言った。
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「ありがとう……」
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「うん。」
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「お兄ちゃん……ありがとう……」
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何度も。
何度も。
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まるで宝物を抱くように靴を胸に抱きしめた。
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その姿を見て。
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悠真は心から思った。
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頑張ってよかった。
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本当に。
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頑張ってよかった。
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その夜。
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職員が気付いた。
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男子棟の洗面所で。
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悠真が壁にもたれ掛かっていた。
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顔色が真っ青だった。
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熱もある。
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疲労が限界だった。
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「悠真くん!」
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慌てて支える。
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意識が遠のく中。
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悠真は小さく笑った。
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「靴……喜んでましたか?」
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職員の目に涙が浮かぶ。
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「うん。」
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「すごく喜んでたよ。」
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その答えを聞いて。
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悠真は安心したように目を閉じた。
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眠る直前。
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頭に浮かんだのは。
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新しい靴を抱きしめて泣いていた妹の姿だった。
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そして。
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母との約束。
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「美咲を守る。」
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その約束だけは。
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どんなに苦しくても。
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絶対に守るつもりだった。




