第4話 運動会
春になった。
桜が咲き始め、暖かい風が吹く季節。
美咲は小学一年生になった。
新品ではないけれど、施設からもらったランドセルを背負い、毎日元気に学校へ通っていた。
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「お兄ちゃん!」
面会の日。
美咲は嬉しそうに駆け寄ってきた。
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「どうした?」
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「運動会があるの!」
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「おー、そうか。」
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「かけっこ出る!」
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「頑張れ。」
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「見に来てね!」
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その言葉に。
悠真の表情が少しだけ曇った。
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運動会の日。
施設の子供たちには職員が付き添う。
けれど、男子棟と女子棟は別行動。
しかもその日は悠真の学校の行事と重なっていた。
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「行ける?」
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期待に満ちた目。
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悠真は少し考えてから笑った。
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「頑張って行く。」
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「約束?」
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「約束。」
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美咲は満面の笑顔になった。
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しかし。
運動会当日。
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朝から問題が起きた。
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悠真の学校で大切なテストがあったのだ。
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先生に呼び止められる。
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「今日は絶対に休むなよ。」
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「はい。」
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悠真は返事をした。
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だが心は別の場所にあった。
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美咲との約束。
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たった一つの約束。
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「見に来てね。」
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その言葉が頭から離れなかった。
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一方その頃。
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小学校の運動会。
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校庭にはたくさんの家族が集まっていた。
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父親。
母親。
祖父母。
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みんなカメラを持っている。
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子供たちは嬉しそうだった。
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しかし。
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美咲は観覧席を何度も見回していた。
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いない。
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どこにもいない。
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もちろん職員は来ている。
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でも。
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違う。
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探しているのは。
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たった一人。
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「お兄ちゃん……」
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競技が始まる。
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徒競走。
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玉入れ。
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応援合戦。
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時間だけが過ぎていく。
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そして昼前。
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美咲は少しずつ諦め始めていた。
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「忙しいんだよね。」
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「仕方ないよね。」
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自分に言い聞かせる。
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だけど。
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やっぱり寂しかった。
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涙が出そうになる。
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その時だった。
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校門の方から誰かが走ってくる。
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全力で。
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息を切らしながら。
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汗だくで。
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「はぁ……はぁ……」
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美咲は目を見開いた。
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「お兄ちゃん!」
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悠真だった。
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制服のまま。
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髪は乱れ。
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顔は真っ赤。
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それでも笑っていた。
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「ごめん!」
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「遅れた!」
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美咲は走った。
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全力で走った。
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そして悠真に抱きついた。
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「来てくれたぁ……!」
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泣いていた。
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嬉しくて。
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嬉しくて。
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涙が止まらない。
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悠真は頭を撫でた。
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「約束したからな。」
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「テストは?」
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「なんとかなる。」
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本当はなんとかならないかもしれない。
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先生にも怒られるだろう。
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でも。
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それでも。
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来たかった。
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たった一人の妹のために。
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そして。
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いよいよ最後の競技。
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徒競走。
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美咲の出番だった。
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スタートラインに立つ。
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緊張している。
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すると。
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観覧席から声が聞こえた。
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「美咲ー!」
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悠真だった。
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「頑張れー!」
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美咲は振り返る。
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そして笑った。
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満開の桜みたいな笑顔だった。
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ピストルが鳴る。
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一斉に走り出す。
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美咲は必死に走った。
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足がもつれそうになる。
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転びそうになる。
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それでも走る。
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お兄ちゃんが見ているから。
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結果は二位だった。
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一位じゃなかった。
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だけど。
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美咲は誇らしそうだった。
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閉会式の後。
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メダル代わりの参加賞を握りしめながら言った。
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「お兄ちゃん。」
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「ん?」
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「今日、一番楽しかった。」
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悠真は笑う。
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「そうか。」
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すると美咲は少し照れながら言った。
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「だって。」
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「お兄ちゃんが来てくれたから。」
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その言葉を聞いた瞬間。
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悠真の胸が熱くなった。
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どんな賞よりも。
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どんな褒め言葉よりも。
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嬉しかった。
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帰り道。
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夕焼けが空を染めていた。
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二人の影が長く伸びる。
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その時。
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美咲がそっと手を繋いだ。
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昔みたいに。
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母と歩いていた頃みたいに。
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「お兄ちゃん。」
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「ん?」
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「ずっと一緒だよね?」
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悠真は迷わず答えた。
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「もちろん。」
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そして笑った。
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「僕がお兄ちゃんだからな。」
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美咲も笑った。
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その笑顔は。
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少しずつ失った家族の温もりを取り戻し始めていた。




