第3話 世界に一つの星
施設での生活が始まって半年が過ぎた。
冬だった。
吐く息は白く、朝の廊下は冷たかった。
美咲も少しずつ施設の生活に慣れてきていた。
笑うことも増えた。
友達もできた。
だけど――。
母の話になると、まだ目を伏せてしまう。
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十二月。
施設の子供たちが一番楽しみにしている季節がやってきた。
クリスマスだった。
食堂には大きなツリーが飾られ、壁には色とりどりの飾り付け。
子供たちは毎日楽しそうに話していた。
「サンタさんにゲームお願いした!」
「私はぬいぐるみ!」
「うちはお母さんも来るんだ!」
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その言葉を聞くたび。
美咲は少しだけ笑顔を失った。
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夜。
女子棟の談話室。
他の子供たちが家族の話で盛り上がっている。
「お父さんがね!」
「お母さんがね!」
そんな声が聞こえる。
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美咲は窓の外を見ていた。
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「どうしたの?」
職員が聞く。
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美咲は小さく答えた。
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「ううん。」
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だけど本当は寂しかった。
羨ましかった。
自分にも母がいたから。
温かい家があったから。
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その夜。
悠真と会える時間になった。
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施設の中庭。
二人はベンチに並んで座っていた。
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「元気ないな。」
悠真が言う。
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美咲は俯いた。
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「みんな、お母さん来るんだって。」
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悠真は何も言わない。
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「いいなぁ。」
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沈黙。
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「ママに会いたいな。」
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その言葉は風に消えていった。
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悠真も会いたかった。
今でも夢に見る。
母が笑っている夢を。
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だけど。
ここで一緒に泣いたら駄目だと思った。
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「なぁ。」
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「ん?」
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「クリスマス楽しみだな。」
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美咲は首を傾げた。
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「楽しみじゃない。」
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「なんで?」
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「だってプレゼントないもん。」
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悠真は少し笑った。
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「あるかもしれないぞ。」
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「ないよ。」
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「ある。」
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「ない。」
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「ある。」
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久しぶりに二人で少し笑った。
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その夜。
消灯後。
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悠真は布団の中でこっそり起きていた。
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机の上には色紙が一枚。
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職員から余った折り紙をもらっていた。
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何度も失敗する。
何度も折り直す。
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ぐしゃぐしゃになる。
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それでも諦めなかった。
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指先が痛くなる頃。
ようやく完成した。
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小さな星だった。
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上手ではない。
売り物みたいに綺麗でもない。
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だけど。
世界で一つしかない星だった。
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「よし。」
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悠真は少しだけ笑った。
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クリスマス当日。
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施設では大きなパーティーが開かれた。
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ご馳走が並ぶ。
ケーキもある。
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子供たちは大喜びだった。
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そして午後。
面会の時間。
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たくさんの家族がやって来た。
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父親。
母親。
祖父母。
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抱きしめ合う子供たち。
笑顔。
笑い声。
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その光景を見ながら。
美咲は窓際に座っていた。
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誰も来ない。
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分かっている。
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分かっているけど。
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少しだけ期待してしまう。
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もしかしたら。
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もしかしたら。
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そんなことを考えてしまう。
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夕方。
パーティーが終わる。
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美咲は一人で部屋へ戻ろうとした。
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その時だった。
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「美咲。」
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振り返る。
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そこには悠真が立っていた。
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「はい。」
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「メリークリスマス。」
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そう言って差し出したのは。
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小さな箱。
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「え?」
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開ける。
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中には折り紙の星。
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少し歪んでいる。
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だけど。
とても綺麗だった。
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「これ……。」
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「プレゼント。」
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美咲の目が大きくなる。
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「私に?」
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「うん。」
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「買ったの?」
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悠真は笑った。
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「作った。」
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「お兄ちゃんが?」
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「昨日の夜な。」
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美咲は星を両手で包み込んだ。
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宝石みたいに。
壊れ物みたいに。
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そして。
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ぽろり。
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涙が落ちた。
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「ありがとう……。」
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「うん。」
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「ありがとう……。」
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何度も何度も言った。
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悠真は照れくさそうに頭を掻く。
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その時。
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美咲が言った。
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「これ、一生大事にする。」
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悠真は笑った。
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「そんな大げさな。」
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しかし。
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美咲は本気だった。
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その星は。
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母を失ってから初めて貰ったプレゼントだった。
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そして。
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世界で一番大好きなお兄ちゃんからの贈り物だった。
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何年経っても。
何十年経っても。
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この星が二人を繋ぎ続けることを。
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まだ誰も知らなかった。
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その夜。
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美咲は星を抱きしめて眠った。
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久しぶりに泣かずに眠れた夜だった。
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そして悠真は窓の外の星空を見上げながら、小さく呟いた。
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「母さん。」
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「美咲、笑ったよ。」
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冬の夜空には。
まるで見守るように一つの星が輝いていた。




