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第2話 施設への道

母が亡くなってから一週間。


悠真と美咲は、小さなワゴン車に乗っていた。


行き先は児童養護施設。


これから二人が暮らす場所だった。



窓の外には見慣れた景色が流れていく。


よく買い物に行ったスーパー。


母と手を繋いで歩いた公園。


誕生日にケーキを買ったお店。


全部が遠ざかっていく。


もう戻れない。


そんな気がした。



美咲は窓に顔を押し付けていた。


「お兄ちゃん。」


「なに?」


「ママ帰ってきたらどうするの?」


悠真の胸が痛む。


「……。」


「帰ってきたらお家に誰もいないよ?」


美咲は本気で心配していた。


まだ理解できていない。


母が帰ってこないことを。



職員の女性が優しく言った。


「美咲ちゃん。」


「うん?」


「お母さんはね……」


そこまで言いかけて言葉を止めた。


何を言っても傷つけてしまう気がしたのだろう。



車内は静かになった。


すると突然。


美咲が窓を叩き始めた。


「止めて!」


職員が驚く。


「え?」


「止めて!」


「どうしたの?」



美咲は泣きながら叫んだ。


「お家に帰る!」


「ママ待ってるもん!」


「帰る!」



車内の空気が凍りつく。


職員も運転手も何も言えない。



美咲は泣き続けた。


「帰る!」


「帰るぅ!」


「ママぁ!」



悠真は唇を噛んだ。


血が出そうなくらい強く。


苦しかった。


どうしてこんな目に遭うんだろう。


母は何も悪いことをしていない。


自分たちも何も悪いことをしていない。


それなのに。



「美咲。」


悠真は妹の手を握った。


「帰れない。」


「やだ!」


「聞いて。」


「やだ!」



美咲は泣きじゃくる。


その姿を見ているだけで胸が裂けそうだった。



悠真は震える声で言った。


「僕も帰りたい。」



美咲が泣きながら顔を上げる。



「僕だって帰りたい。」


「ママに会いたい。」


「会いたいよ……」



言葉の途中で涙が溢れた。


初めてだった。


人前で泣いたのは。



美咲は驚いた顔をした。


お兄ちゃんが泣いている。


いつも強いお兄ちゃんが。



悠真は急いで涙を拭いた。


そして無理やり笑った。



「でもさ。」


「……」


「二人で頑張ろう。」



美咲は何も言わなかった。


ただ小さくうなずいた。



しばらくして車は施設へ到着した。


大きな建物だった。


綺麗だった。


けれど。


二人には知らない世界に見えた。



玄関には職員たちが並んでいた。


笑顔で迎えてくれる。



「ようこそ。」


「これからよろしくね。」



優しい人たちだった。


本当に優しかった。


だけど。


母じゃなかった。



その日の夜。


美咲は新しい部屋で眠れなかった。


何度も泣いた。


何度も母を呼んだ。



夜中。


職員が気付いた。


ベッドに美咲がいない。



慌てて探す。


廊下。


食堂。


庭。



そして見つけた。



玄関だった。



小さな靴を履いて。


小さなリュックを背負って。



「どこ行くの?」


職員が聞いた。



美咲は泣きながら答えた。



「ママを迎えに行くの。」



その言葉に職員は思わず涙をこぼした。



結局。


美咲は部屋へ戻された。



しかし眠れない。


泣いてばかりだった。



すると数分後。


ドアが少し開いた。



そこには悠真がいた。


本来なら男子棟と女子棟で会ってはいけない時間だった。



それでも来た。


妹が泣いていると思ったから。



「お兄ちゃん……」



美咲は飛びついた。



「怖い。」



悠真は頭を撫でる。



本当は自分も怖かった。


施設の生活も。


未来も。


全部。



だけど。



「大丈夫。」



そう言った。



「本当に?」



悠真は少しだけ笑った。



「うん。」



そして。


母がいなくなってから何度目かの言葉を口にする。



「僕がお兄ちゃんだから。」



美咲はその言葉を聞くと安心したように目を閉じた。



小さな手が悠真の服を掴む。



離れたくない。


そんな気持ちが伝わってくる。



悠真はその手を優しく握った。



その夜。


美咲は眠った。



だが。


男子棟へ戻った悠真は眠れなかった。



布団を頭から被り。


誰にも聞こえないように。



朝まで一人で泣き続けた。

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